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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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クリスによる単純な推理

 ウエイトレスがキッチンから前菜のスープを運んできた。見た目は具たくさんのトマトスープだ。

 ルドは一口食べて琥珀の目を丸くした。


「普通のトマトスープだと思ったら少しピリ辛で新しい味ですね」


「美味しくない?」


「いえ。これはこれで美味しいと思います」


 ルドの感想にウエイトレスがほっとする。一方のクリスは何も言わずに食べている。


「次の料理を持ってくるわね」


 ウエイトレスは宣言通り次々と料理を運んできた。


 たっぷりのバジルとバターが練り込まれたパン。生姜が効いた煮魚に、カリカリのニンニクと一緒に焼かれた肉。最後に洋酒に付け込んだケーキが出てきて料理は終わった。


「どうだった?」


 どこか不安そうに訊ねるウエイトレスに、全てを綺麗に食べ終えたルドは満足そうに答えた。


「どれも美味しかったです。今までと水が違うとは思えませんでした」


「そうよね。問題ないわよね」


 ウエイトレスが嬉しそうに頷く。一方のクリスはずっと黙ったままだ。

 そんなクリスにルドが話を振った。


「師匠はどうでしたか?」


「私は前回食べた料理のほうが良い。水の臭みを消すためにワザと濃い香辛料を使っているから素材の味がわからなくなっている」


 クリスの率直な意見にシェフが落胆しながら歩いてきた。


「やっぱりそう思うかい。あの水が手に入らないと……店をたたむしかないか」


「兄さん! 何言ってるの!? 母さんが苦労して残した店なのよ!」


 ウエイトレスがシェフに迫る。クリスは二人の様子を見ながら訊ねた。


「二人は兄妹か?」


 クリスの言葉にウエイトレスが我に返る。


「あ……そうよ。取り乱して、ごめんなさい。このお店は祖父が始めたんだけど、跡を継いだ父が急死して……兄が一人前のシェフになるまで母がなんとか繋いで、兄が継いだの」


「では、前使っていた水をどうやって手に入れていたか知っているな?」


 クリスの質問にシェフとウエイトレスの顔が固まる。一瞬で二人が緊張したことに、話が見えないルドが首を傾げた。


「師匠?」


 クリスがルドを無視して話を続ける。


「シェフの妻の体調が悪いということだが、治療師には診せたのか?」


 突然、話題が変わったためシェフは頭がついていかず、少し間が空いてから答えた。


「……あ、あぁ。いろんな治療師に診せたが、良くならない」


「そうだろうな。シェフの妻は今、どこにいる?」


「家で寝ている」


「家はどこだ?」


「この上だが……」


「案内しろ」


「え? は? いや、なんで……」


 困惑するシェフにルドが説明する。


「師匠は治療師です。それも最高位である白のストラを持っています。もしかしたら奥さんを治せるかもしれません」


「本当か!?」


 予想外の事態にシェフの顔が輝く。だがクリスは淡々と言った。


「それは診てみないと分からない」


「ならば、ぜひ診てくれ!」


 シェフが店の奥にある階段へと二人を案内する。客席から隠れるようにある階段を上がると廊下とドアがあった。


「こっちだ」


 奥から二番目のドアをシェフが開ける。


「ウァレリア、治療師が来てくれたぞ」


 シェフの声にベッドで寝ていた婦人が上半身を起こす。

 初老の女性で亜麻色の髪に白髪が混じっていた。こげ茶色の瞳は穏やかで落ち着いた雰囲気がある。


「あら、まあ。わざわざ、ありがとうございます」


 おっとりとしていながらも緩慢に動く姿はどこか辛そうだ。クリスがルドの襟足から伸びている赤毛を無造作に掴む。


「ちょっ!?なにを!?」


 慌てるルドを無視してクリスが婦人に手を向ける。


「そのまま動かなくていい。じっとしていろ」


 クリスが婦人の全身を診ると頷いた。


「やはりな。魔力不足だ」


「魔力不足?」


 怪訝な顔をするルドの赤毛を離すと、クリスはシェフに視線を向けた。


「今までの料理に使っていた水は魔法で出したものだろ?」


「え? あ、いや……」


 視線を逸らすシェフにクリスがとどめを刺す。


「そして、その水を出していたのは、この人だ」


「いや、それは……その……」


 言葉を濁すシェフとは反対に初老の女性がおっとりと微笑む。


「あら、あら。どうして、そう思われたの? お若い治療師さん」


「前回、料理を食べた時、水の中にわずかだが魔力を感じた。微量すぎて最初は気付かなかったが、食べているうちに分かった」


「まぁ、主人の料理を召し上がって下さっていたのね。ありがとう。でも、どうしてその水を私が出したと思われたの?」


 初老の女性はとぼけたり誤魔化したりしようとしているのではなく、純粋に疑問に思って聞いている。


 それを感じ取ったクリスは軽く笑いながら答えた。


「水の中に残っていた魔力とあなたの魔力が同じだからだ」


「あら、まぁ。そんなことも分かってしまうの? お若いのにスゴイのね」


 鈴が転がるように軽やかに笑う初老の婦人につられたようにクリスも微笑む。


「不思議な人だ。普通なら魔法を使ったことを隠そうとするものなんだがな」


「そうなの? そういえば父様と母様からは人前で魔法を使わないように言われていたわね。だから、一人の時にこっそり使っていたの」


 どこかズレた初老の女性の様子にルドがシェフを見る。シェフは観念したようにため息を吐いた。


「詳しい話は下でしよう。ウァレリア、休んでいてくれ」


「えぇ。またね、お若い治療師さんと、そのお弟子さん」


 初老の女性の言葉にルドが目を丸くする。クリスと自分の関係を話していないのに、初老の女性はそれを見抜いた。


 初老の女性に声をかけようとしたルドの首をクリスが掴む。


「行くぞ」


「ちょっ、師匠、首はやめ……絞ま……」


 一行は廊下に出ると一階の店に戻った。





 ガランとした寂しい店内にルドの唸るような声が響く。


「師匠、放し……」


 窒息しかけているルドがギブアップという風にクリスの手を軽く叩く。


「まだ余裕があるな」


「勘弁し……」


「仕方ない」


 クリスから解放されたルドが大きく深呼吸する。息が整ったところでルドはシェフに訊ねた。


「あの、奥さんは何者ですか?」


「何者というほどのものではないよ。ふわふわとした性格で世間知らずだが、たまに勘が鋭いぐらいの普通の人だ」


「女で魔法を使い続けられるほどの魔力保持者は、聡明で利発な人が多い。夫人は性格が前面に出ていて、そういうところは隠れていたようだがな」


「それでも魔法を使っている時点で、世間知らずでは済まないと思うのですが」


 ルドの言葉にシェフが苦い顔をしながら頷く。


「そうかもしれないな。だが、そのおかげで私は助かった。この店を継いで料理を作っていたが、納得がいくものが作れなくて悩んでいたところに、あの水を出してくれたんだ」


「それからずっとその水を使っていたのか」


「あぁ。一週間前、突然水が出せなくなるまで」


「突然だったのですか?」


 ルドの質問にシェフが頷く。


「いつものように水を出そうとして倒れた。それからは一滴も出せなくなった」


「魔力切れだな。そのまま無理に出し続けていたら死んでいたぞ」


「死!?」


「女は男に比べて魔力量が少ないことが多い。補ったり、鍛えたりすれば増やすこともできるが、普通の人はその方法を知らんからな」


「妻はこれから、どうなる?」


「魔法を使わなければ魔力は徐々に回復する。魔力が全身に満たされれば動けるようになる」


 シェフは安堵しながら訊ねた。


「それは、どれぐらいかかる?」


「半年ぐらい安静にしていれば動けるようになるだろうが、無理は禁物だ。数年かけて元の生活に戻すぐらいに考えろ」


 思いのほか時間がかかることにルドが驚く。


「そんなにかかるのですか?」


「何十年も使い続けて枯渇させたのだぞ。それだけの魔力を再び貯めようと思うなら、使っていた時間と同じだけの時間をかけて貯めなければならない。それに体も弱くなっている。次に魔法を使えば命の保証はないぐらいにな」


「なんだって!?」


 驚くシェフにクリスがキツく注意する。


「どんなに元気になったようでも魔法だけは一生使わせるな。次は死ぬぞ」


「わ、わかった」


 シェフが神妙に頷きながらも悩む。


「だが、そうなると水をどうするか……」


 沈黙が流れる中、クリスが声を出した。

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