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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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誰かによる極秘な政策

 アウルスは悩んだ。


 クリスが言っていることが事実であれば魔法は解除されているはずだ。だが、この短時間でどうやって魔法を解除したのか分からない。

 本当に茶で解除されたとしても、飲み物で魔法が解除できるなど聞いたことがないし、信じられない。


 そんな状況で、次に言葉にした時は命がない、と言われていることを簡単に話そうとは思えない。

 そもそも、こんな魔法をかけられた時点で関わるなと言われているようなものだ。それなのに命を賭してまで確認する必要があるのか? 失敗すれば確認する前に命がなくなるようなことを。どう考えても、自分に分が悪すぎる。


 アウルスの葛藤に気付いたルドが声を出そうとしたが、クリスが止めた。


「私はアウルスおまえからの問いにしか答えないし、他の者が同じ問いをしても答えないからな」


 顔は意地悪く笑っているが深緑の瞳は真剣だ。それだけ重要な話だからこそ、こちらの意志を試そうとしているのが分かる。


 アウルスの中でゴクリと唾を飲む音が響いた。額に冷や汗が流れる。

 次に声を出したら、死ぬかもしれない。しかし、それはアウルスにとって、あまり問題ではなかった。死よりもアウルスを悩ませる問題があるからだ。


 アウルスは職業柄、死への覚悟はできていた。騎士になった時に腹は括り、いつ死んでも大丈夫なように身辺は整えている。だが、今回の場合は状況が問題だった。

 ここは普通の屋敷であり、敵地でも戦場でも城でもない。騎士である自分が(いくさ)でもなく、誰かを守るためでもなく、情報を手に入れるために命を懸けるのは果たして騎士道に沿っているのか。


 悩むアウルスを前にクリスは悠然と足を組み、背中を背もたれに預けた。


「無理にとは言わない。ただし後日同じことを尋ねてきても、私は一切答えないからな」


 長い前髪の隙間から見えた深緑の瞳からは何を考えているか読み取ることはできない。底が見えない瞳は濁っているのではなく、風がない湖畔のように澄んでいる。

 職業柄さまざまな人と出会ってきたが、こんな瞳を持つ人間はそうそういない。良くも悪くも強い信念と自信を持っている。


 覚悟を決めたアウルスは、膝の上にある両手に力を入れて訊ねた。


「この国では女と奴隷は魔法が使えない。だが先日の事件で貴殿の奴隷は魔法を使っていたが、何故魔法が使えたのだ? しかも女の奴隷まで魔法を使っていた」


 言い切ったところでアウルスが深く息を吐いた。自身の体調に変化がないことに一安心する。


 一方のクリスは軽く頷くと逆に問いかけた。


「では、何故この国では女と奴隷は魔法が使えないんだ? 女だから、奴隷だから、とかいう間抜けな答えは言うなよ。女はもちろん、奴隷も連れて来られるまでは普通に暮らしていた他国の人間だ。私達となんの変わりもない、同じ人だからな」


 クリスの言葉にウルバヌスの肩がピクリと上下に動く。その動作を見逃さなかったクリスがウルバヌスを睨んだ。


「この国の人間はその意識が欠落しすぎなんだ」


 考えたことすらなかったことにアウルスが俯いて呟く。


「確かに、この国に連れてこられるまでは魔法が使えた奴隷もいるし、他国では魔法が使える女もいる……」


 クリスば組んでいた足をほどき、姿勢を正した。


「もう少し根拠、理由を考えるようになれ。カリスト」


「はい」


 後ろで控えていたカリストがクリスの隣に立つ。


「屈んで首を見せろ」


「はい」


 カリストは屈むと、ボタンを外して首元を広げた。女好きのウルバヌスでさえ見惚れるほどの綺麗な白い肌と鎖骨が現れる。だが、そこには奴隷が装着していなければいけない首輪がなかった。


「首輪を付けていないのか? 何かあった時はどうするんだ?」


「屋敷の外に出る時は付けるようにしている。そもそも、どうして首輪をしなければならないんだ?」


「それは奴隷の持ち主が誰か分かるようにするためだ」


「確かにそれもあるが、本当の狙いは別にある。見てもほとんど分からないだろうが、ここに魔法印の痕があるだろ?」


 クリスがカリストの首の右側を指さす。しかし、そこには陶磁器のような滑らかな白い肌があるだけで、印のようなものは見えない。


「奴隷はこの国に入る前に奴隷の証として印を押されるが、それがこの魔法印だ。魔法印の効能は印を押された者が持つ魔力を集める作用がある。そして、奴隷に付けられる首輪はその魔力を吸収する作用がある」


「つまり、その魔法印で魔力を首に集め、首輪が魔力を吸収して奴隷が魔法を使えないようにしているのか? だが、魔力を吸収するにしても魔法石もつけていない首輪では、魔法を使っていた奴隷ならすぐに魔力が上限一杯になるぞ」


「そうだな。ところで奴隷に装着する首輪の値段がバカ高いのは知っているか?」


 話が微妙にズレたがアウルスはとりあえず頷いた。


「あ、あぁ」


「それは何故だ? 首輪の素材は大したものを使っていないし、魔法石も使っていない。魔力を吸収する作用を付けても、普通はこんなに高額にはならない」


「……考えたこともなかった」


「首輪の値段がバカ高いのは高度な魔法式が組み込まれているからだ。吸収した魔力が一定量溜まったら転送されるようにな」


 淡々と説明するクリスに対してアウルスが体を乗り出す。


「魔力を転送!? そんな魔法式があるのか!? 魔力はどこに集められているんだ!?」


 クリスが肩をすくめる。


「さぁ? それは知らない。カリスト、いいぞ」


 カリストが立ち上がり首元を整える。


「そんな魔法式が組み込まれているから首輪はバカ高い。そして奴隷は魔力を常に吸い取られているから魔法が使えない」


「だが、貴殿の奴隷は魔法を使えたではないか」


「そんな馬鹿らしい仕組みに付き合う義理はないからな。魔法印と首輪の魔法式は解除してある」


「な……な、なっ!?」


 軽く言っても犯罪であり、反逆罪にもなりかねない。加えて、それをあっさりと告白するところが信じられない。


 驚愕のあまり声が出なくなったアウルスに代わって、クリスの常識外れな行動に慣れてきたルドが質問をした。


「では、この国の女性はどうして魔法が使えないのですか? 魔法印や首輪の代わりになるようなものも付けてないですよね?」


「そこはまた違う方法を使っている。簡単に言うと思い込みだ」


「思い込み?」


「そう。まあ、思い込みというより思い込ませている、と言うほうが正しいか。始めは女が魔法を使うなんて、はしたないというものだった。そこから女は人前で魔法を使うな、女が魔法を使えば罰する、と変化していった。そうなれば女は自然と魔法を使わなくなる。そしていつの間にか、女は魔法が使えない、に情報がすり替えられ、それが常識となっていった。まあ、これは誰かが意図して数百年ぐらいの時間をかけて情報操作をした結果だがな。気の長い戦略だ」


「誰か、とは誰ですか?」


「それも知らん。が、昔の権力者の誰かだろうな」


「では、女性でも魔法は使えるのですか?」


「使おうと思えばな。聞きたいことは、これで全部か?」


 クリスの確認にルドがアウルスを見る。アウルスは言葉を出そうとするが、なかなか出ずに唸るだけになっている。


 静観していたウルバヌスが質問をした。


「さっきの茶は不要なものが出たら味が変わるってことだったけど、オレから何か出たってことか?」


 騎士モードからプライベートモードになったウルバヌスが軽く自分の体を触って確認している。


「詳しいことは副隊長そいつに聞いたらいいだろ。で、いつまで牛みたいに唸っているつもりだ?」


 頭を抱えていたアウルスが顔を上げる。


「こんな話を私たちにして良かったのか? もし私が告発すれば、どうなるか分かるだろう?」


「副隊長!?」


 ルドが慌てる。だがクリスは軽く笑って言った。


「私は質問に答えただけだ。それで問題があるというのであれば好きにすればいい」


 クリスの余裕にアウルスが黙る。


 もしかしたら自分はとんでもない秘密を知ってしまったのかもしれない。奴隷の魔力を吸収して転送するなど、明らかに皇族の誰かがしていることだ。しかも知っているのは極一部しかいないだろう。

 今度こそ報告が終わると同時に自分は消されるかもしれない。いや、報告した相手がこのことを知らなければ、そこから内政が揺らぎ、場合によっては国が崩れるかもしれない。


 顔が真っ青になったアウルスにクリスが微笑む。


「さすが魔法騎士団の一番隊副隊長を務めるだけあって頭の回転は速いようだな。私はセルティのように優しくないからな。告発でも報告でもしたいなら、すればいい。だが、その後のことまでは知らないぞ。おまえのことも、この国のことも、な」


 アウルスが茶を一気に飲み干して立ち上がる。


「ウルバヌス、行くぞ」


「は、はい!」


 ウルバヌスも茶を一気に飲んで追いかける。ルドは二人の後ろ姿とクリスを交互に見た。


「ついていってもいいんだぞ」


 素っ気ないクリスの言葉にルドが動いた。

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