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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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副隊長による孤独な苦悩と葛藤

 カップから口を離した三人がそれぞれ感想を漏らす。


「な、なんだ! この苦さは!?」


「濃いとかじゃなくて、味が不味い!」


「め、珍しい味と言えば珍しいですよね」


 最後に言ったルドのフォローが虚しく響く。


 そこにクリスが現れた。サロンに入るなり漂ってきた独特の紅茶の匂いに軽く口角を上げる。


「茶の味はどうだ?」


「えっと……独創的な味ですね。初めて飲みました」


 ルドが言いながら、もう一口飲んだ。そのことにウルバヌスが顔をひきつらせる。もう二度と飲みたくないと雄弁に語っていた。


 そんなウルバヌスを気にすることなくクリスが説明をする。


「これは体の中にある不要なものを出す茶だ。体に良いぞ」


「これが?」


 ウルバヌスが目を細めていぶかしむ。とてもそんな作用があるように思えないのだ。

 同じように紅茶を睨んでいるアウルスにクリスは視線を向けた。


「不要な詮索は止めておけ。あと、腹にためておくのは体に悪いぞ」


 眉間にシワを寄せたアウルスは鼻の息を止めると、一気に紅茶を飲んだ。そしてクリスの方を見ることなく立ち上がり言った。


「失礼した」


「あ、ちょっ、副隊長!」


 サロンから出て行ったアウルスをウルバヌスが慌てて追いかける。


「すみません」


 ルドも追いかけようと立ち上がるが、クリスは気にする様子なく独り言のように呟いた。


「どうせセルティが余計なことをしたのだろう。正面から話せば解除してやっても良かったのに」


「……師匠?」


 ルドの走りかけた足が止まる。クリスは悠然と椅子に座って茶菓子に手を伸ばした。


「カリストは魔法の解除が得意だからな。あれぐらいの魔法なら解除できるだろう」


「……どこまで知っているのですか?」


 ルドの慎重な声にクリスが深緑の瞳を向ける。


「何も知らないぞ。ただ、あの男を見て感想を言っただけだ」


「少し待ってて下さい!」


 ルドが走ってサロンから出て行った。





 クリスがぼんやりと庭を眺めていると、花瓶を持ったカリストがサロンに入ってきた。


「生けるだけで、よろしかったのですか? せっかくですから、長期保存の処置をして飾られては?」


「そのままでいい。だが、ここに持ってこなくても良かっただろ」


 ゆったりとした螺旋状の形をした白磁の花瓶の上に紫のカーネーションが誇らしげに咲いている。


「この部屋が一番日当たりが良いですから」


 カリストが微笑みながらテーブルの上に花瓶を置く。その姿は黙っていれば中性的で麗しく絵画のようでもあった。


「花が似合うな」


 クリスの嫌味もカリストは気にする様子なく言葉を返した。


「紫のカーネーションの花言葉は誇り、気品だそうです」


「私には無縁のものだな」


「ご謙遜を」


 そう言いながらカリストは紅茶セットを片付けるとサロンから出て行った。





「待って下さい! 副隊長!」


 ルドが呼び止めるがアウルスの足は止まらない。このままでは屋敷から出てしまうため、ルドは仕方なくアウルスの肩を掴んだ。


「待って下さい!」


「なんだ?」


 アウルスの低い声に斜め後ろを歩いていたウルバヌスが思わず固まる。戦闘で緊張している時とは違う、明らかに不機嫌な様子のアウルスにルドは躊躇うことなく言った。


「先ほど自分に話した疑問に思っていることを師匠に話して下さい」


「何故だ? 口にしたらどうなるか教えたのはお前だぞ」


「大丈夫です。師匠を信じて下さい!」


「私はその師匠という人物をほとんど知らないのだぞ。しかも知っているのは胡散臭い人物だということだけだ。そんな人物を信じろというのか?」


「確かにそうですが……ですが、師匠なら大丈夫です! 悪いようにはしません!」


 必死に訴えてくる琥珀の瞳からはアウルスのことを考え、どうにか助けたいという想いが伝わってくる。


「師匠という人物は、そこまで信頼できるのか?」


「はい!」


 勢いよく返事をしたルドの頭と尻に犬耳と尻尾の幻覚が見え、アウルスは思わず自分の目をこすった。


 真面目で鉄仮面で無愛想だが自慢のエースだったルドを感情溢れる犬に変えた人物に興味はある。しかし、あまり深く関わりたくないという気持ちもある。

 そして、なによりも自分の命を預けるのに値する人物なのか。ルドの妄信しすぎている姿では逆に不安が募り、決断が出来ない。


 沈黙したアウルスにウルバヌスが恐る恐る声をかけた。


「あの、話が全然見えないのですが……」


 アウルスがウルバヌスを見た。ウルバヌスは気づいていないが、自分と同じように魔法がかけられている。口止めはしたが何かの拍子に話せば命はない。しかし、ここでうまくいけばウルバヌスの魔法も解除できる。


 アウルスは決断してルドに視線を向けた。


「話すか話さないかは自分で決める。戻るぞ」


「はい!」


 踵を返して歩き出したアウルスをルドとウルバヌスが追った。





 カリストがサロンから出てしばらくした後、険しい顔をしたアウルスと、頭に疑問符を飛ばしているウルバヌスを連れてルドが帰ってきた。


「師匠。魔法の解除をお願いします」


「なら、まずは座れ」


 ルドが何か言いたげなアウルスを座らせた。それにならってウルバヌスも椅子に座る。そこにカリストが茶器を持って現れた。


 カリストが四人の前に取っ手がないカップを並べる。そして先ほどと同じ匂いがする茶を注いだ。漂ってきた匂いだけでウルバヌスの表情が曇る。


「珍しい形のカップ? ですね」


 ルドが取っ手のないカップを持つ。円柱形でカップの表面はゴツゴツしており、それが手に馴染んで持ちやすくなっている。


「湯呑という茶器だ。ティーポットは急須と言う。もともとこの茶はこの茶器で淹れるものだ」


「初めて見ました」


「この辺では使われていないからな」


 そう言ってクリスが平然と茶を飲む。ルドも続いて飲むが味に慣れたのか表情は変わらない。


 アウルスとウルバヌスが黙って湯呑を見ているとクリスが声をかけた。


「飲まないのか?」


 ウルバヌスが横目でアウルスを伺う。アウルスは険しい表情のまま湯呑を手に取り、そのまま茶を一口飲んだ。


「ん?」


 アウルスが目を丸くして湯呑を見る。その様子にルドが訊ねた。


「どうしました?」


「これは、さっきと同じ茶か?」


「そうだと思いますけど……」


 ルドが確認するようにクリスに視線を向ける。クリスが茶菓子を食べながら頷く。


「同じだ」


「苦味がないし、味が違う」


「本当ですか?」


 ウルバヌスが茶を飲むが、すぐに口を押えた。


「これさっきと同じ茶ですよ! 苦いし不味いのも同じです!」


 そう言って横を向いてむせる。その様子を見てアウルスはクリスに訊ねた。


「どういうことだ?」


「言っただろ? この茶は体の中にある不要なものを出す、と」


 その言葉に何かを察したアウルスはウルバヌスに言った。


「その茶を一気に全部飲め」


「え?」


 明らかに嫌そうな顔をしたウルバヌスにアウルスは副隊長の顔となって言った。


「命令だ」


「はっ!」


 ウルバヌスが姿勢を正して湯呑を持つ。そして躊躇うことなく一気に茶を飲んだ。飲み終わった後も表情は一切変わらず、次の命令を待っている。


 そこにカリストが湯呑に茶を注いだ。


「もう一口飲んでみろ」


 クリスの言葉にウルバヌスが横目でアウルスに確認をする。アウルスが黙ったまま頷いたので、ウルバヌスは真剣な表情のまま一口茶を飲んだ。


「どうだ?」


 アウルスの質問にウルバヌスが表情を変えずに答える。


「苦味はありません。独特の味はありますが、先ほどのような不味さは消えています」


「どういうことだ?」


 アウルスの問いにクリスが素っ気なく答える。


「だから言っただろ? 体の中にある不要なものを出す、と。不要なものさえ出れば茶は本来の味になる」


 茶菓子を茶で飲み込んだクリスが不敵に口角を上げてアウルスに訊ねた。


「で、何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」


 アウルスが口を開きかけて、すぐに閉じる。そして、そのまま考え込んだ。

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