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ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる(タイトル詐欺)  作者:


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忠犬による真剣な花束作り

 ドアが開くと同時に機嫌が悪い声が響いた。


「あー、タイミングが悪かった」


 長い茶髪をかきながらウルバヌスが部屋に入ってきた。


「もう説教は終わったのですか?」


 思いのほか早い登場にルドが訊ねる。ウルバヌスはうんざりした様子で肩をすくめた。


「なんか用事があったらしくて、途中で従者が呼びに来たから早く終わった」


「それは良かったですね。もしかしたら夕方まで説教ではないかと思っていたところでしたので」


「やめてくれ」


 ウルバヌスがげんなりとした顔になる。


「そんな顔をしたら、せっかくの男前が台無しですよ」


 茶化すように言ったルドに対して、アウルスとウルバヌスが目を丸くした。


「どうしたんだ?」


「毒でも食ったか?」


 二人の言葉にルドが唸る。


「なんですか、二人とも」


「いや……なぁ」


 アウルスに同意を求められてウルバヌスも頷く。


「今まで冗談どころか雑談にもほとんど応じなくて、話すことといえば業務連絡ぐらいだったルドがそんなことを言うなんて、明日は槍が降ってもおかしくない」


「そうですか?」


 無自覚なルドにウルバヌスが再び大きく頷いた。


「そうだぞ。治療院研究所に行ってから、なんか変わったか?あ!ここで()い人でもできたか?よし!そこらへんの話を昼飯食いながら教えてくれ」


 そう言って部屋から出ようとするウルバヌスをルドが止める。


「いや、自分は謹慎中なんで外出できません」


「え?副隊長、言ってないんっすか?」


「あ、そういえば言っていなかったな。謹慎は今から解除だ。事件の首謀者とおまえは無関係ってことが証明されたからな」


 思わぬ言葉にルドが力を込めて反論する。


「証明されるもなにも、もともと無関係ですよ!」


「今のおまえの身分はちょっとややこしいことになっているからな。証明書を作成するのに、ちょっと時間がかかったんだ」


「と、いうことは自由に動いていいんですね?」


「ああ」


 アウルスの返事を聞くと同時にルドは机の上に広げていた本を鞄に突っ込んだ。


「では、自分は行くところがあるんで!」


 と、片手をあげて言うとルドは部屋から走り去っていった。


「……あれはなんだ?」


 見たことがないルドの姿に二人は呆然としていたが、ウルバヌスが何かを思いついたように叫んだ。


「そうか!わかった!」


「何がわかったんだ?」


「女ですよ!女!あいつ女に会いに行ったんですよ!それなら性格が変わったのも頷ける!」


「は?だがルドは女性恐怖しょ……」


「そんなのを(くつがえ)す美女と出会ったに違いありませんよ!こうしちゃいられない!副隊長!追いかけますよ!」


「いや、それこそ個人の自ゆ……おい!」


 ウルバヌスはアウルスの襟首を掴むと引きずるように走り出した。





 二人が屋敷から出たところでルドが立っていた。


「よし!いた……」


『風の精よ、我が足に空を駆け……』


「待て!」


 ウルバヌスが叫びながらルドを止めるために走り出す。


「早く会いたいのは分かるが、街中で魔法は使うな!」


「街中で魔法?」


 ルドが体の向きを変えて突進してきたウルバヌスを避ける。勢いが止まらないウルバヌスはそのまま側に植えてあった木に抱きついた。


 顔面強打の危機は避けたウルバヌスが深く息を吐いていると、アウルスがルドに声をかけた。


「人が多い場所で魔法を使うのは感心しないな」


「ここは街の外れですし、街中には行きませんよ」


「人に会いに行くのではないのか?」


「その人も街の外れに住んでいるので街中は通りません」


「そうか」


 木から離れたウルバヌスがルドに詰め寄る。


「それはいいが、久しぶりに会うのに花の一つも持って行かないのか!?」


「は、花?」


 予想外の指摘にルドが目を丸くする。


「そうだ!ただでさえ会えなくて寂しい思いをさせたのに、花の一つも持っていかないで、どうする!?」


「寂しい……思い?」


「魔法を使うぐらい早く会いたいんだろ?それなら相手もそう思ってるかもしれないぞ!それに手ぶらで行くより花を持っていったほうが、ただ会うより歓びが倍増するだろ!」


 ウルバヌスに矢継ぎ早に攻められ、ルドは気が付くと無言で頷いていた。


「よし!じゃあ花を買いに行くぞ!良い花屋を知っているんだ!」


 息をするように女性を口説くウルバヌスは、どんな街でも花屋と女性受けしそうな菓子屋は必ずチェックしている。

 そんなウルバヌスに引きずられてルドは街中の花屋へと移動した。





 生まれて初めて花屋という場所に来たルドとアウルスは店先で固まっていた。

 色とりどりの花だけでも眩しいのに、花についている水滴が太陽の光を弾き輝いている。生命力に溢れ、どの花も自分が一番であるかのように咲き誇っている。


 綺麗過ぎて眺めるだけで精一杯になっている二人の前で、ウルバヌスは楽しそうに若い女性の店員と話していた。


「へぇ。最近の流行りはオレンジ色なんだね」


「はい。南方から鮮やかな色の花が入荷するようになりまして、明るい色の花が好まれるんです」


「じゃあ、君のセンスでお勧めの花束を一つ作ってくれないかな?」


「わかりました」


 若い女性の店員が一本一本吟味しながら花を選んでいく。その仕草で花が好きなことが分かる。

 その様子をウルバヌスは眼福とばかりに目に焼き付けていた。女性が花を持っている光景だけで癒される。(ヤロー)ばかりの荒んだ職場では、まず見れない光景だ。


 そんなウルバヌスの心境など知らないルドはふと店の端にあった花に目を止めた。そのまま誰にも気づかれることなく、その花を手に取る。


「できました」


 若い女性の店員が持ってきたのは、花びらが多いオレンジ色のバラを中心にして、所々からガーベラやガザニアが顔を出している、小さいながらも明るく華やかな花束だった。


「素晴らしい。君みたいに可愛らしい花束だね。思わず君ごと持って帰りたくなるよ」


 若い女性の店員は軽く微笑むと、年齢のわりには手慣れた様子でウルバヌスをあしらった。


「そんなことを言っていたら本命さんに逃げられちゃいますよ」


「まさか。この花束を求めているのはオレじゃないんだ」


「あら、そうなんですか?」


「あぁ。実はこいつが……ルド?何しているんだ?」


 ルドが店の端で座り込んでいた。


「いや、すごくイメージに近い花を見つけたのですが、うまく花束にできなくて……」


 ルドの手の中にある花を見て、若い女性店員が嬉しそうに手を叩いた。


「まあ、素晴らしいです!送る相手の方のイメージに合った花束を自ら作られるなんて!この店に来られる男性は、花のことは分からないって丸投げにされることが多いのに!」


 若い女性店員はルドが持っている花を見てから、他の花を手にとった。


「その花を中心にされるなら、この花をアクセントにして花束を作られると良いと思いますよ」


 若い女性店員がウルバヌスと話していた時より明らかに楽しそうにルドに話しかける。だが、ルドは肩をびくつかせると素早く下がった。


「どうされました?」


「あ、い、いや。では、この花を中心に花束を作って下さい」


 ルドが冷や汗をかきながら若い女性店員に作りかけの花束を渡す。


「はい。少々お待ち下さい」


 女性が素早く花の配置を決めて手際よくまとめる。


「これでいかがですか?」


 ルドが答える前に覗き込んで来たウルバヌスが感想を言った。


「珍しい色の花だね」


「花というと赤とかオレンジとか明るい色が好まれるのですが、このように落ち着いた色も私は素敵だと思います」


 若い女性店員の手には、白に近い淡い紫から濃い紫まで様々な濃淡の違いを持つ紫色のカーネーションの花束があった。周囲を軽く囲んだ白いカスミソウと濃い緑の葉により、儚さと上品さが漂う。


 ルドは花束に見惚れながら無意識に手を伸ばして受け取った。


「ありがとうございます。イメージ通りです」


 ルドの表情を見た若い女性店員が嬉しそうに微笑む。


「その花束を贈られる相手の方は、凛とした意志と美しさを持たれているのでしょうね」


「はい!」


 ルドは返事をした時に若い女性店員と目が合い、反射的にウルバヌスの後ろに隠れた。


「あ、あの、お代はこれで」


 ルドが代金をウルバヌスに渡す。


「おまえ、自分で払えよ」


 呆れながらもウルバヌスが若い女性店員に代金を渡す。その金額を見て若い女性店員は困惑した。


「多すぎます」


「いいの、いいの。花束二つ分だから」


 ウルバヌスが軽く言うが若い女性店員は譲らない。


「いえ!これだと、この店の花を全てお渡ししないといけません!」


 若い女性店員がウルバヌスの後ろにいるルドに代金を返そうとするが、ルドはアウルスの後ろに逃げた。

 そのまま追いかける若い女性店員に、黙って見守っていたアウルスが声をかける。


「こいつは見ての通り女性が苦手なんだ。あまり追いかけまわしてくれるな。代金についてはイメージ通りの花を作ってくれた君の技術料として受け取ってくれ」


「……技術、料?」


「あぁ。君はセンスがいいみたいだからな。これからも頑張ってくれ、という応援も込めている」


 アウルスの言葉にルドが必死に頷く。その姿に若い女性店員が頬を赤らめながら嬉しそうに代金を握りしめた。


「わかりました!ありがとうございます!」


 若い女性店員は大きく頭を下げた。

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