魔法騎士団一番隊副隊長による不安な予見
あれから三日。
地方都市とはいえ街の中心部で悪魔召喚がされるという前代未聞の事件の当事者であり、解決させた功労者でもあるルドは自宅謹慎を強制されていた。
あの日、ルドがクリスを抱えて屋敷の外に出ると、ルドの祖父であるマルティ将軍とセルシティの近衛騎士団が悪魔退治のため突入寸前の状態だった。
現役を引退したが伝説級の将軍と、実力者しかいない近衛騎士団が出揃っているという時点で、どれだけ重大で極秘に扱わなければならない事件かよくわかる。
しかし面倒事は避けて一刻も早くクリスを治療師に診せたかったルドは、マルティ将軍に後処理の全て引き受けると言われ、喜んでその場を引き渡した。
そのまま急いでクリスを連れて行こうとしたところで、闇夜からカリストが現れた。そして有無を言わさずにクリスをルドから奪うと、いつの間にか控えていた馬車に乗せて連れ帰っていった。
それ以後はクリスの姿を見るどころか連絡さえない。
クリスのことを心配しながらも、初日は報告書の作成で時間が潰れ、忙しく過ごした。
だが翌日からは時間が余った。仕方なく毎日の日課である筋トレや基礎訓練をこなし、クリスから課せられていた魔法の練習と、借りていた本を読んで勉強をしながら過ごす。
治療院研究所に入るために勉強した時は、一度勉強を始めると声をかけられるまで集中力が途切れることはなかった。
しかし今回は、その自慢の集中力も長続きしない。気が付くと空を眺めてため息を吐いている。
「師匠はご無事だろうか……」
今は何も付いていない左耳に自然と手が伸びていく。
悪魔の覇気と魔法から少しでもクリスを守るために自分の魔力が籠っているピアスを渡した。ピアスに使われている魔宝石は自身の魔力と繋がっているため、ルドから離れていてもピアスを持っている人を守る。
そのため、今誰がピアスを持っているか、持っている人の状態が良いのか悪いのか、ということぐらいなら、なんとなく分かる。
ピアスからは、ずっとクリスの気配を感じるため、あれから肌身離さず持っているのだろう。それに悪い状態も感じない。
それでも直接姿を見ていないためかルドの心配が募る。
「……師匠」
「腑抜けているな」
予想外の声にルドが目を丸くして振り返る。
「ふっ、副隊長!」
部屋の入り口にアウルスがいる。
ルドは慌てて椅子から立ち上がりアウルスの前へ移動した。そのまま反射的に上がりそうになった右手を左手で押さえる。
敬礼をしそうになったルドに対してアウルスが薄く笑った。
「そう簡単に抜けるものではないからな。特におまえの場合は骨の髄までしみ込んでいるだろ」
ルドはどこか気まずそうに言った。
「なにか御用ですか?」
「いや、ちょっと暇だから顔を見に来たんだ」
「帝都へお帰りにならないのですか?」
「思ったより後処理が面倒みたいでな。しばらく滞在するように指令が出た」
「そうですか。どうぞ」
ルドが椅子を勧める。アウルスが椅子に座ると向かい合うようにルドも椅子に座った。
「お一人ですか?」
個人的な自由時間とはいえ出張中は基本二人一組で行動することが決められている。ここにいなければならないウルバヌスの姿がない。
アウルスは呆れたように軽くため息を吐きながら説明した。
「あいつはこの屋敷に入るなり、掃除をしていたメイドをお茶に誘ったんだ。そこに、ちょうどマルティ将軍が通りかかってな。そのまま連行されて説教中だ」
その光景が簡単に浮かぶ。その場面に居合わせたアウルスの心境を察しながらルドは同意した。
「あぁ……大変でしたね」
「まったくだ。治療魔法が使える騎士は貴重だが、あの性格はいただけん」
かける言葉がみつからないルドは苦笑いをしただけで黙った。
「あいつのことはいい。説教が終わればここに来るだろう。それより、この前の悪魔退治で気になったことがあったのだが」
「なんでしょうか?」
「おまえに聞くのは筋違いかもしれんのだが……我々が現場に到着するより先に治療師がいたな?あの治療師のことを、おまえは知っているか?」
ルドが言いにくそうに話す。
「申し訳ありませんが、治療院研究所でのことは副隊長でも話すわけにはいきません」
「……そうだったな。セルシティ第三皇子に報告した時もあの治療師については深入りするな、と言われた」
ルドは内心で驚きつつも顔には無表情を貼り付けた。何も言えないことを知っていながら、それでも聞いてくるということは相当なことがあるはずだ。
気を引き締めるルドにアウルスが話を進める。
「まあ、あの治療師もいろいろありそうだが、それよりもその側にいた奴隷の方が問題だ」
「何かありましたか?」
「明らかに魔法を使っていただろ?この国では女と奴隷は魔法が使えないはずなのに。護衛の小さいのも、執事も、果ては女であるメイドまで魔法を使っていた。これは由々しき問題だ」
「……そのことは誰かに報告しましたか?」
「事が事だからな。セルシティ第三皇子にだけ報告をした。だが、皇子はこちらで処理をするので口外するなと言って終わられたのだ」
アウルスが悔しそうに握りこぶしを作る。
「皇子は事の重大さを分かっておられるのか?女と奴隷が魔法を使えたのだぞ!これは国家転覆の危機につながる!」
国内にいる奴隷の数は年々増えている。もし、その奴隷全てが魔法を使えたら。しかも首都で奴隷たちが反乱を起こしたら。
現在、国内にいる兵だけで抑えるのは難しいだろう。たとえ抑えられたとしても兵はかなり疲弊する。そんなときに他国に攻められたら……
普通の人であればそこまでの発想には行きつかない。
アウルスはそこまでの先見の明があるからこそ、魔法騎士団一番隊副隊長を務めることが出来ている。ただ体格が良い筋肉剣士というだけではないのだ。
「口外するなと言われたことを私に話していいのですが?」
「おまえはセルシティ第三皇子と懇意にしているからな。皇子のお考えが分かるか聞いてみたんだ」
「……副隊長はこのことについて首都で誰かに報告するおつもりですか?」
「首都に帰ってからコンスタンティヌス第一皇子に報告しようと思う」
ルドはアウルスから視線を外して考えた。
コンスタンティヌス第一皇子は跡取りとして幼い頃より帝王学を叩き込まれ、無事に王位が継げるよう身を守ることを第一に大切に育てられた。そのためか慎重派で保守的になりやすい。だが、国を守るためなら大胆に攻めることもある。
その攻めを担当するのが、クラウディウス第二皇子だ。第二皇子は武人として有名であり、戦はほとんど負けなしで、何かあればすぐに武力で処理しようとする。
一方の第三皇子であるセルシティは知で相手を攻略する。策を練り、相手の裏をかいて最小限の行動で相手を制す。
もし、このことを第一皇子が知ったら奴隷狩りをする可能性がある。そうなれば国内の国民の生活が乱れるのは必死だが、そこに第二皇子が関わってきたら盛大な武力衝突が起きて大混乱になる。
しかしセルシティなら、そうなる前に手を打つだろう。
「副隊長、このことを報告することで自身に危険が及ぶ可能性は考えていますか?」
つまり報告する前に口封じされる、ということだ。
アウルスは神妙に頷いた。
「それは考えている。だが我が身より国のほうが重要だ。それに、我が身が狙われようと遅れをとるつもりはない」
報告はするが簡単にはやられない、つもりらしいのだが。
ルドは軽く頭を左右に振った。
「確かに副隊長が遅れを取るとは思いません。ですが、すでに打たれた先手を回避するのは難しいと思います」
アウルスが顔を引きつらせたまま、信じられないように訊ねた。
「……まさか、もう先手を打たれているのか?」
「残念ながら」
ルドは机の引き出しから札を取り出してアウルスに差し出した。この札は魔法をかけられているか、いないかを判別する時によく使われる。見た目では分からないが、もし何らかの魔法がかけられていれば、触れた瞬間に札が燃える。
アウルスは半信半疑で手を伸ばしたが、札に触れると炎があがり燃え尽きた。
「まさ、か……」
唖然としながらもアウルスは首を左右に振ってルドに言った。
「だが、こうして話していても何も起きないぞ」
「全て計算の上です。副隊長が第一皇子に報告する前に自分か祖父に相談すると考えて、一回だけ猶予を持たせたのでしょう」
アウルスは騎士としてはあるまじき間抜け顔で、魚のように口をパクパクさせた。
声が出ないアウルスにルドが説明を続ける。
「副隊長はご自身のことより国のことを重んじておられます。そのことを知っているからこそ、第三皇子はこの国に必要な人として一回の猶予を持たせたのだと思います。ですが、次はありません。次は口に出そうとしただけで絶命するでしょう」
「な、なぜそこまでお考えになられるのに、このことを放置されるのだ!?」
「放置はしないと思います。大事にならないよう裏で手を打つのでしょう」
「……それならお任せしよう」
アウルスが渋々納得する。
「ウルバヌスはどうでしょうか?」
「あいつには今回のことは一切口外するなと命令している。あぁいう性格だが口は堅いから大丈夫だろう」
「そうですね」
女性に対してはだらしないところがあるが、仕事に対しては堅実であることはルドも知っている。そうでなければ魔法騎士団に入隊できない。
ルドが納得しているとドアが開いた。




