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執事による華麗な朝

 地平線から太陽が顔を出した頃、この屋敷の執事は若いあるじを起こすためにモーニングティーを片手にドアをノックしていた。執事と言っても二十歳そこそこの青年だ。だが執事服を着こなし、直立で立つ姿は年齢以上の熟練ぶりを感じる。


 部屋の中から返事はないが執事はいつも通りドアを開けた。机の上に積みあがった本の上にティーセットを置くと、執事はベッドの中で丸まっている主に声をかけた。


「おはようございます」


 その声で布団の一部がもぞもぞと動き、頭が出てきた。その恰好は顔だけだした亀のようだ。

 少年のようにも少女のようにも見える主は寝ぼけた声で言った。


「……リンゴの匂いがする」


「はい。アップルティーです」


 執事が慣れた手つきで紅茶をポットからカップに注ぐ。すると、湯気とともに爽やかな甘い匂いが部屋に広がった。

 主が怠そうにベッドから這い出る。長い金髪は無造作に広がり、深緑の瞳は半分も開いていない。


 執事がだらしない主に目覚めの紅茶を渡す。


「……いい匂い」


 紅茶に口をつけると、リンゴの匂いが鼻を抜け、飲み込むと体の中心が温かくなった。


 若い主がベッドの端に座って紅茶を飲んでいると、執事がべっ甲の櫛を取り出して、金髪をとかし始めた。

 不思議なことに、べっ甲の櫛が通った後は金髪が茶髪へと変化している。こうして無造作に広がっていた髪が大人しくなった頃には、金色の髪の毛はどこにもなかった。


 執事が茶髪をひとまとめにして質素な紐で結ぶ。


「ありがとう」


 主が礼を言うと執事は軽く頭を下げた。


「朝食の準備ができております」


「わかった」


 主が立ち上がると、執事は綺麗に畳まれた着替えを差し出した。


「手伝います」


 執事の言葉に主があからさまに不機嫌な顔をする。


「だから、何度も言っているが着替えの手伝いはいらない」


「高貴な方がご自分で着替えをされるなど、普通ではありません」


「私は高貴でもなければ、着替えができない赤子でもない。なにより普通ではないからな。わかったら、早く行け」


「はい」


 言葉は素直だが、表情は盛大に不満を浮かべたまま執事は一礼して部屋から出て行った。





 黒い詰襟の服に着替えた主は無駄に広い部屋で、これまた無駄に長いテーブルの端に座った。するとメイドが焼きたてのパンと温かい食事を目の前に並べた。


 主がメイドの顔を見て声をかける。


「カルラ、ナタリオはもう大丈夫なのか?無理に仕事をしなくてもいいんだぞ」


 メイドのカルラは勝気な茶色の瞳で笑った。


「クリス様のおかげで早く熱が下がりました。部屋にいてもおとなしくしていないので、モリスとファニーに預けましたわ」


「最後に熱が出たのは、いつだ?」


「一昨日です。昨日は一日、熱を出していません」


「そうか……二人に今日まではナタリオを他の子と同じ部屋にしないことと、定期的に熱を測って体を動かしすぎない遊びをするようにと伝えろ」


「わかりました」


 カルラと入れ替わるように執事が現れる。


「クリス様、今日は治療院研究所に新人が入るそうです」


「それは確実な情報か?」


「はい」


 確固たる自信を持って頷く執事に主が呆れ顔をする。


「治療院関係の情報は極秘事項に分類されるはずなんだが、おまえはどこから情報を仕入れてくるんだ?」


 主の質問に執事は優雅に微笑んだまま答えない。それもいつものことなので主は話を進めた。


「で、それがどうしたんだ?」


「お気を付け下さい」


「何をどう気を付けろというのだ?私が新人と関わるようになるというのか?」


「治療院は今回の新人を主の兄弟(フラーテル)にしようとしているようです」


 執事の言葉に主が長い前髪で隠れた目を丸くする。


「どこで聞いたんだ?治療院研究所の壁に耳でも付けているのか?」


「そこは黙秘します」


 これまたいつもの回答に主が軽く肩をすくめると、執事が忠告をした。


「女、奴隷は魔法が使えない。というのが、この国の常識になっております」


「そうだな」


「上が作った常識を破ろうとすれば、いままで通りのことは出来なくなります。今でも一部の人間から目を付けられておりますから」


「フラーテル候補がその一部の人間なのか?」


「いえ。ですが厄介な身内を持つ人間のようです」


「気を付けないと今の生活ができなくなる、と?」


「はい」


 主が紅茶を一気に飲み干す。


「そうは言っても、どうせ今までのように、こんなヤツから教わりたくない、と拒否されるだろう」


「そうだといいのですが」


 主が椅子から立ち上がって端麗な容姿の執事を見る。


「それに私がどうなろうと、今のおまえたちなら自分たちだけでやっていけるだろ?」


 この国では滅多にない黒髪、黒瞳を持つ執事が氷の微笑を浮かべて強く念を押した。


「お気を付け下さい」


「わかった」


 若い主は執事から細長い白い布を受け取ると首にかけて部屋から出ていった。


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