14 【ユメ ノ サイライ・2】
※ 過去話です。
※ 本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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ノイシュタイン城の門扉は固く閉ざされていた。
敷地を囲む鉄柵の隙間から覗くと、前庭に四角い石柱が並んでいるのが見える。あれは「城の防御を司る者の像」が乗っている台だろう。
魔族の城には大抵あの手の彫像が置いてある。此処にもガーゴイルがいたはずだ。
城の入り口を守っている像がなくなっているということは、誰かが此処を通ったということ。
そして戻ってきていないということは、招かれざる客はまだ中にいる、ということ。
となれば、ここは終わるまで待つべきだろうか。
勇者と魔王のバトル中に部外者が乱入したのなら、助けようと動くのは一般常識としては勇者のはずだが、その名で呼ばれる者が総じて聖人君子な性格を持ち合わせているかと言えば、そうとは言えない。誰も見ていない空間では聖人面など取っ払っているかもしれない。
それどころか魔王である彼のほうが私のことを覚えていたりしたら……余計な気を使わせて魔王の負担になることだけは避けたい。
しかし新しい主の戦いぶりを見てみたいのも事実。
あの綿菓子のようなお姫様を想像してしまうのは良くないと思いつつ、しかし戦いに身を投じているさまなど浮かぶはずもなく。そんなお姫様が倒されることもなく「魔王」を続けていると言うのだから、ずっと気にはなっていた。
勇者と言われる者がどれほどの強さかは知らないが、腕に余程の自信があるからこそ魔王討伐に名乗りを上げたに決まっている。しかしその「腕に自信がある勇者」の中に勝どきを上げた者はいない。
優秀な補佐役でもついているのだろうか。
誰か守る者がいてくれればと思っていた反面、自分以外にあの人を守る誰かなど、いて欲しくはない。
たしかメイドがひとりいると言っていたが……いや、まさか。
空を突くようにそびえる鉄柵の高さは約3メートル。
人間には無理だが、この程度の高さなら魔力を使えば飛び越えられる。
あたりを見回してみたが誰か潜んでいる気配はない。越えるなら今のうちだ。うだうだと悩んでいる間に誰か来てしまうかもしれない。
無理やり侵入するなど、マナーとしては落第点どころではないが、しかしここで待っている間に万が一の事態が起きてしまったとしたら、それこそ後悔するどころでは済まされない。
だったら行動すればいい。今までも、これからも。
私は鉄柵に手をかけた。
柵を越え、庭を通り抜ける。
監視が誰もいないからとは言え、拍子抜けするほど容易に正面玄関に辿り着いてしまった。
自分が魔族だからだろうか。
あの柵の高さを過信して、他の防衛手段おろそかにしているわけでなければいいのだが。
玄関の外で少し中の様子を窺う。
扉の隙間から漏れる砂煙。
低い呻き声。
戦いは既に佳境に入っているようだ。
薄暗い中、階段をゆっくりと下りてくる人影が見えた。
それがただの人でないことは、彼の右腕にまとわりついている炎の竜と、紅い瞳からでも明らかだ。
紅。
いや、たしか彼の瞳の色は蒼だった。夜空を溶かしこんだような濃い蒼色。そこに月が映っていた。
光が入った時にだけ曹達水のような柔らかい色味が差したが、それでも紅はなかった。
彼が持つはずのない紅い光は、暗い中でも輝きを増す。
ああ、あれはもしかしたら「魔性の瞳」というやつだろうか。文献でしか見たことがないが、魔族のごく一部には深紅の瞳を持つ者がいると言う。普段は別の色なのに、魔力が高まるとその色が出るのだとか。
持たざる者を魅了し、畏怖と畏敬の念を与える。あれはまさにその色。
絵画に描かれている悪魔は紅い瞳の者が多い。その血を受け継いでいる古い血筋なら、現れやすいのかもしれない。
そう言えば、彼の兄の瞳も紅かった。
彼は無言のまま左手を上げた。解き放たれた竜は、炎の花弁を撒き散らして踊り狂う。
両手で剣を握る剣士が1歩後ずさる。
賢者が杖を構える。
魔法使いが防御結界の詠唱を始める。
薄い緑色に発光する結界の呪文符が宙に浮かびあがった。それを透かして紅い双眸が見える。
「ひっ、」と小さな悲鳴を上げたのは賢者だろうか。
剣士が固唾を飲んで剣を構え直す。
竜は躊躇なくその呪文符に突っ込んだ。火の粉と化して霧散する竜と、順列を崩されて崩壊する結界。
相殺かと思われたその時、虚を突くように崩れかけた結界に人影が飛び込んで来た。
立ちすくむ勇者たちの前に片膝をついて降り立つや否や、片手を軸に回し蹴りを放つ。よく見れば鎧相手だと言うのに彼は丸腰だ。鎧も籠手も、魔王なら大抵は着用しているイメージがあるマントですら付けていない。
鎧たちは難なく吹き飛んだ。
一筋の黒髪がスローモーションのようになびく。
蹴りを入れる際に足に魔力を込めたか。
私は、覗きながら状況を分析する。
魔術だけではなく武術も習得済。しかも無詠唱で魔法を繰り出すからタイムラグなど一切ない。これでは余程の猛者でもなければ太刀打ちできまい。
魔王は、無様に這いつくばったまま呻く彼らを冷やかに見下ろす。
「……力不足だったな。また来るがいい」
また。
次がある、ということだ。それは未来を示す言葉。完全勝利とばかりに動けなくなった彼らの命を絶ち切ってきた歴代の魔王なら、決して言わなかったであろう台詞。
無表情に淡々と、しかしその中に「彼女」の優しさが滲んでいる気がした。
「情け、な、ど」
「安心しろ。情けはかけない」
勇者の負け惜しみの声に目を細めた彼は、軽く指を鳴らす。
お望みとあらば、とばかりに無数の火の玉が容赦なく降り注いだ。
「坊、新記録! 4分12秒!」
「3人パーティ相手に5分切りましたよ!」
何処からともなく、わらわらとガーゴイルが現れる。
「お前らが手ぇ抜いてんだよ」
シャツに付いた砂粒を払った彼は、転がっている勇者一行を片付けるように指示する。殺さないで外に放り出すのが暗黙のルールのようだ。
これもあの人だからだろう。そう思いつつ、不満も沸き上がってくる。
随分、がさつになった。
メイドとやらの影響か。もしくは荒んでしまうほど苦労しているのだろうか。
あのまわりをうろついている黒い悪魔どもの言動が伝染っているのかもしれない。見るからに個性の強そうな――いや、どれも皆同じ顔ではあるのだがそれが総じてアクが強そうと言うか――そんな連中だし。
ほんの30分ほど前には「笑顔がかわいい」と評価されているのを聞いたばかりなのだが、何かが違う。
バトルモードになると人が変わるのだろうか。
そう言えば何処ぞの王の魂が逆四角すい状のペンダントに封じられていて、戦いになると人格が入れ替わるとか言う物語があったような……しかし、それっぽい装飾品は付けていない。
城下町の人々が語る「領主様」からは思い出の中の彼女や彼の姿を思い浮かべることができるのだが、目の前の「魔王様」からそれを想像するのは難しい。
顔の造形は同じだが醸し出す雰囲気が違う。
しかし別人かと問われれば「それも違う」と答えるだろう。
彼は彼女だ。
同じ匂いがする。
運ばれていく鎧を見送っていた魔王は、紅い目を玄関扉に向けた。
「……さっきからそこにいるやつ。出てこい」
その声に、がやがやと騒がしく後片付けをしていたガーゴイルたちの動きが止まった。
扉が開く。
薄暗いホールに光の筋が差し込んだ。
静かな靴音とともに現れた青年は黒の上下に身を包み、鞄をひとつ下げている。歳の頃は冷たい目を向けている魔王より少し上。
今の戦いを見ていたのであろうが、逃げるどころか魔王の前に出ても怯えている様子もない。
「誰だ?」
訝しげに睨みつけている魔王のすぐ前に立った青年は、鞄を置くと柔和な笑みを浮かべた。
僅かに首を傾げると銀色の髪が流れる。ほろん、と小さく光を弾く。
かつて……この髪を綺麗だと賞した人がいた。
懐かしい思い出に青年は1度目を閉じ、それからあらためて前の人に目を向ける。
「グラウス=カッツェと申します。我が君」





