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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 1:魔王様には蒼いリボンをつけて
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6 【蒼いリボン・2】

著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!



挿絵(By みてみん)




 黒い髪に(くし)を通す。 

 義兄(あに)の髪はいつも手触りがいい。猫の毛のように艶やかで柔らかくて。


 あたし(くし)を持っていないほうの手でそっと自分の髪に触れてみる。

 比べるまでもない。硬くて、貧相な茶色。この国にはいくらでもいる髪の色。

 義兄(あに)とは、全く違う色。




「本当はあそこで何してた?」


 義妹(いもうと)に髪をまかせながら義兄(あに)は問う。

 本当は何もかもわかっているのだろう。あたしが「何か」を察したことも。執事に止められていたことも。


「……何も」


 そして勇者のことも。

 もし義兄(あに)が悪魔や魔王と(つな)がりがあるのなら、勇者を城に招き入れたあたしをどう思うだろう。それが怖い。義兄(あに)に嫌われることが、見ず知らずの勇者一行が命を落とすことよりも。


「そう」


 言ったら、今の関係はきっと崩れてしまう。そんな気がする。


 義兄(あに)は黙り込んでいる。

 黙り込まれてしまうと……あたしも何を言えばいいのかわからなくなる。






 窓から(こぼ)れる白い光。その柔らかい光の中にいる義兄(あに)が好きだった。

 幸せ、ってこういうものなんだと、幼心にそう思ったものだ。

 でも。

 今も同じ光の中だけど。

 そこにあるのは温かい幸せだけではない。強い陽射しに溶けて見えなくなっているだけで、不審、猜疑(さいぎ)、といった暗くて冷たい「何か」も確かに(ただよ)っている。



 ねぇ。

 聞きたいのは、あたしが何を聞いたかってこと?

 それともグラウス様との仲を疑っている、って……そう濁しておけばいいの?


 でも。でもね。あたしも聞きたいことがあるの。


 勇者と応戦しているってどういうこと?

 それって悪魔側っていうこと?

 血筋なんかじゃなく、悪魔側だから襲われないんじゃないの?

 あなたが悪魔と(つなが)がっているから、あたしたちも今まで無事だったんじゃないの?


 そんなこと、義兄(あに)は答えてくれるだろうか。


 あたしが悪魔に襲われたのを知っていて、それでもあなたは悪魔の味方なの?

 今まで、あたしを騙してきたの?


 そんなこと……聞けるわけがない。




 黙ったままのあたしに義兄(あに)はその(あお)い目を向ける。

 不安げに揺れる中に、それでも何かを探るような強い光を(たた)えたその目を。



 ――義兄(あに)は、本当は闇のほうが似合うのではないだろうか。



 唐突にそんなことを思った。

 闇のほうが。その髪と同じ、漆黒の世界のほうが。

 こんな、明るくて眩しくて、何もかもが清廉潔白! 人生後ろ暗いことをしたら駄目なのよ! なんて主張しそうな空間よりも。






 黙ったまま髪を()わえる。結わえて、思い出したように、背に流した髪に買ってきたリボンを結んでみる。

 この色は、光を透かした義兄(あに)の瞳の色。

 空と海の色。

 無彩色の中で(きら)めく色。

 小間物屋でつい買い求めてしまったのは、自分が持ち得ない「義兄(あに)の色」だからかもしれない。でも買ったはいいものの、あたしは今使っている髪留め以外使うつもりはないし、第一、硬くてなびきもしない髪にこんなヒラヒラしたリボンは似合わない。

 でも義兄(あに)なら。義兄(あに)の髪なら。と試しに結んでみたはいいけれど……似合わないどころか完全に調和してしまっているのが少し、いや、かなり悔しい。


「何?」


 振り返った義兄(あに)の瞳に光が入る。

 リボンと同じ色。明るい、()の側の色。


「な、何でもありません」

「……怪しい」


 

 小間物屋のおばさんも今は結い髪男子というのが流行(はや)りだと言っていたし、輪の部分は小さめにしたし、それにとてつもなく似合うが、とても言えない。

 どうせすぐ執事に指摘されてバレてしまうのだ。その間だけでも……ちょっとだけ「あたしのお兄ちゃん」の印。


 義兄(あに)(いぶか)しげに手を髪にやった。

 見つかると思ったけれど、奇跡的にリボンは指先から滑り抜ける。


本当(ホント)に?」

本当(ホント)です。この目を見て!」

「濁ってる」

「ちょ、」



 ああ。こうして笑い合っているのに、心の中では全然笑えない。

 あたしの大事なお兄ちゃんは……悪魔なんて、関係ないのよ。さっき執務室から聞こえた声は錯覚。あの見えない声と同じで、風が窓の隙間を通り抜けた音が声に聞こえただけのこと。もしくは何処(どこ)か次元の違う世界の声が聞こえちゃいました、とか……きっとそう。

 だって此処(ここ)は悪魔の城なんだもの。

 それっくらいの超常現象は起きたって驚かないんだから。


 そうやって先ほど抱いてしまった義兄(あに)への疑いを想像と錯覚の中に押し込めようとしても、違う隙間からニュルッ、と出て来てしまう。



「怪しいなぁ。まぁたグラウスに何か言われるんだよ。この間の三つ編みみたいに」

「あれはー……グラウス様も気に入ってたじゃないですか」

「おかげであのしばらくずっと三つ編みにされたんだから」



 文句を言いながらも手鏡を傾けて何とか見ようと試みる姿は、いつもの義兄(あに)だ。

 悪魔も魔王も関係ない、10年前からあたしの隣にいる「お兄ちゃん」だ。

 なのに。


 あわせ鏡にでもしない限り、後ろを見るのは難しいだろう。それでもひとつしかない鏡で見ようとしているさまは子供のようでかわいらしくすらある。

 手を伸ばせば簡単に(ほど)けるものを自分で(ほど)こうとしないのは、一応は買って来たあたしに気をつかっているからなのかもしれない。

 義兄(あに)はそういう人。優しい人。

 悪魔や魔王のことを知っていてずっと黙っているような。だから。だから本当のことを、


「……青藍様、魔王ってなんですか?」


 教えて。



 なのに義兄(あに)は動きを止めた。

 口を(つぐ)み、手にしていた鏡をぱたりと伏せる。



 聞いて、どうなるというのだろう。


 悪魔の城の悪魔ってなんですか?

 魔王って誰のことですか?


 あたしはどんな答えを望んでいるのだろう。

 心の中に引っかかったそれは、本当にあたしが望んでいる答えなのだろうか。

 その答えを義兄(あに)の口から聞いて、あたしはどうするつもりなのだろう。

 わからない。

 わからないけれど、疑問は疑問のままで終われない。


 悪魔って。

 魔王って。


 そして、10年前にあたしを拾ってくれたあなたは――?




              挿絵(By みてみん)




 だが。


「そろそろ行かないと」


 義兄(あに)はポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、何事もなかったかのように立ち上がった。


 あぁ、義兄(あに)は今のことを聞かなかったことにするつもりだ。

 次に顔を合わせた時、きっと何もかも忘れたって顔で笑いかけるに違いない。


 あたしに義兄(あに)を引き止める(すべ)はない。止めたところで義兄(あに)は答えてなどくれない。

 でも。それじゃ駄目。



 ――駄目?

 ――駄目 ナノ?



 駄目だわ。だって。



此処(ここ)を動くなよ」


 義兄(あに)はあたしの頭をくしゃくしゃっと撫でる。

 昔から(なだ)める時の義兄(あに)の癖。「はい、これでおしまい」という「おまじない」。

 小さい頃はこれで怖いのが終わりなんだと嬉しくなったものだけれど。



 ――コレデ オシマイ ニ シテシマッテ イイノ?



 ……駄目。



「青藍さ、」

「すぐに終わる」


 呼び止めようとした声は、扉の(きし)む音に掻き消された。消える寸前、義兄(あに)はそう呟いた。

 蒼いはずの目に、ゆらりと別の色が見えた。




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『魔王様には蒼いリボンをつけて』設定資料集
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