6 【蒼いリボン・2】
著作者:なっつ
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黒い髪に櫛を通す。
義兄の髪はいつも手触りがいい。猫の毛のように艶やかで柔らかくて。
あたし櫛を持っていないほうの手でそっと自分の髪に触れてみる。
比べるまでもない。硬くて、貧相な茶色。この国にはいくらでもいる髪の色。
義兄とは、全く違う色。
「本当はあそこで何してた?」
義妹に髪をまかせながら義兄は問う。
本当は何もかもわかっているのだろう。あたしが「何か」を察したことも。執事に止められていたことも。
「……何も」
そして勇者のことも。
もし義兄が悪魔や魔王と繋がりがあるのなら、勇者を城に招き入れたあたしをどう思うだろう。それが怖い。義兄に嫌われることが、見ず知らずの勇者一行が命を落とすことよりも。
「そう」
言ったら、今の関係はきっと崩れてしまう。そんな気がする。
義兄は黙り込んでいる。
黙り込まれてしまうと……あたしも何を言えばいいのかわからなくなる。
窓から零れる白い光。その柔らかい光の中にいる義兄が好きだった。
幸せ、ってこういうものなんだと、幼心にそう思ったものだ。
でも。
今も同じ光の中だけど。
そこにあるのは温かい幸せだけではない。強い陽射しに溶けて見えなくなっているだけで、不審、猜疑、といった暗くて冷たい「何か」も確かに漂っている。
ねぇ。
聞きたいのは、あたしが何を聞いたかってこと?
それともグラウス様との仲を疑っている、って……そう濁しておけばいいの?
でも。でもね。あたしも聞きたいことがあるの。
勇者と応戦しているってどういうこと?
それって悪魔側っていうこと?
血筋なんかじゃなく、悪魔側だから襲われないんじゃないの?
あなたが悪魔と繋がっているから、あたしたちも今まで無事だったんじゃないの?
そんなこと、義兄は答えてくれるだろうか。
あたしが悪魔に襲われたのを知っていて、それでもあなたは悪魔の味方なの?
今まで、あたしを騙してきたの?
そんなこと……聞けるわけがない。
黙ったままのあたしに義兄はその蒼い目を向ける。
不安げに揺れる中に、それでも何かを探るような強い光を湛えたその目を。
――義兄は、本当は闇のほうが似合うのではないだろうか。
唐突にそんなことを思った。
闇のほうが。その髪と同じ、漆黒の世界のほうが。
こんな、明るくて眩しくて、何もかもが清廉潔白! 人生後ろ暗いことをしたら駄目なのよ! なんて主張しそうな空間よりも。
黙ったまま髪を結わえる。結わえて、思い出したように、背に流した髪に買ってきたリボンを結んでみる。
この色は、光を透かした義兄の瞳の色。
空と海の色。
無彩色の中で煌めく色。
小間物屋でつい買い求めてしまったのは、自分が持ち得ない「義兄の色」だからかもしれない。でも買ったはいいものの、あたしは今使っている髪留め以外使うつもりはないし、第一、硬くてなびきもしない髪にこんなヒラヒラしたリボンは似合わない。
でも義兄なら。義兄の髪なら。と試しに結んでみたはいいけれど……似合わないどころか完全に調和してしまっているのが少し、いや、かなり悔しい。
「何?」
振り返った義兄の瞳に光が入る。
リボンと同じ色。明るい、光の側の色。
「な、何でもありません」
「……怪しい」
小間物屋のおばさんも今は結い髪男子というのが流行りだと言っていたし、輪の部分は小さめにしたし、それにとてつもなく似合うが、とても言えない。
どうせすぐ執事に指摘されてバレてしまうのだ。その間だけでも……ちょっとだけ「あたしのお兄ちゃん」の印。
義兄は訝しげに手を髪にやった。
見つかると思ったけれど、奇跡的にリボンは指先から滑り抜ける。
「本当に?」
「本当です。この目を見て!」
「濁ってる」
「ちょ、」
ああ。こうして笑い合っているのに、心の中では全然笑えない。
あたしの大事なお兄ちゃんは……悪魔なんて、関係ないのよ。さっき執務室から聞こえた声は錯覚。あの見えない声と同じで、風が窓の隙間を通り抜けた音が声に聞こえただけのこと。もしくは何処か次元の違う世界の声が聞こえちゃいました、とか……きっとそう。
だって此処は悪魔の城なんだもの。
それっくらいの超常現象は起きたって驚かないんだから。
そうやって先ほど抱いてしまった義兄への疑いを想像と錯覚の中に押し込めようとしても、違う隙間からニュルッ、と出て来てしまう。
「怪しいなぁ。まぁたグラウスに何か言われるんだよ。この間の三つ編みみたいに」
「あれはー……グラウス様も気に入ってたじゃないですか」
「おかげであの暫くずっと三つ編みにされたんだから」
文句を言いながらも手鏡を傾けて何とか見ようと試みる姿は、いつもの義兄だ。
悪魔も魔王も関係ない、10年前からあたしの隣にいる「お兄ちゃん」だ。
なのに。
あわせ鏡にでもしない限り、後ろを見るのは難しいだろう。それでもひとつしかない鏡で見ようとしているさまは子供のようでかわいらしくすらある。
手を伸ばせば簡単に解けるものを自分で解こうとしないのは、一応は買って来たあたしに気をつかっているからなのかもしれない。
義兄はそういう人。優しい人。
悪魔や魔王のことを知っていてずっと黙っているような。だから。だから本当のことを、
「……青藍様、魔王ってなんですか?」
教えて。
なのに義兄は動きを止めた。
口を噤み、手にしていた鏡をぱたりと伏せる。
聞いて、どうなるというのだろう。
悪魔の城の悪魔ってなんですか?
魔王って誰のことですか?
あたしはどんな答えを望んでいるのだろう。
心の中に引っかかったそれは、本当にあたしが望んでいる答えなのだろうか。
その答えを義兄の口から聞いて、あたしはどうするつもりなのだろう。
わからない。
わからないけれど、疑問は疑問のままで終われない。
悪魔って。
魔王って。
そして、10年前にあたしを拾ってくれたあなたは――?
だが。
「そろそろ行かないと」
義兄はポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、何事もなかったかのように立ち上がった。
あぁ、義兄は今のことを聞かなかったことにするつもりだ。
次に顔を合わせた時、きっと何もかも忘れたって顔で笑いかけるに違いない。
あたしに義兄を引き止める術はない。止めたところで義兄は答えてなどくれない。
でも。それじゃ駄目。
――駄目?
――駄目 ナノ?
駄目だわ。だって。
「此処を動くなよ」
義兄はあたしの頭をくしゃくしゃっと撫でる。
昔から宥める時の義兄の癖。「はい、これでおしまい」という「おまじない」。
小さい頃はこれで怖いのが終わりなんだと嬉しくなったものだけれど。
――コレデ オシマイ ニ シテシマッテ イイノ?
……駄目。
「青藍さ、」
「すぐに終わる」
呼び止めようとした声は、扉の軋む音に掻き消された。消える寸前、義兄はそう呟いた。
蒼いはずの目に、ゆらりと別の色が見えた。