5 【ユメ ハ イザナウ・4】
※過去話です。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
「まぁ……なんて言うか、ドレスで走るのはやめましょう。ね」
彼女を腕の中に納めたまま、僕は溜息をついた。
目をあければ視界の半分を空が占めている。遠吠えしたくなるような満月が浮かんでいる。背中と腰と後頭部は痛みを通り越して麻痺している。
何故また同じ体勢に逆戻りしているのかは過程まで同じすぎるから割愛するとして。これはもう無限ループの呪文でもかけられているのかもしれない。
「ふ、触れると処罰されます」
「……今更それを言いますか」
今になって制約を思い出してくれる彼女に呆れながらも、上の人というのはそうなのかもしれない、などとも思う。処罰される側ではないから死が迫るということすら考えたことなどないのだろう。
抱き支えていた腕を緩めながら、さて困った、と思案する。
僕らのような下級貴族は上級の彼らに声をかけてはいけない。触れてもいけない。どんな理由があろうとも禁を犯せば待っているのは死。
なのにこの状況。情状酌量の余地はない。
「何度も助けて頂いたことには感謝しますが、でも、本当に、」
「はいはい。わかってます」
だから、そう言うなら先にどいて下さい。僕の上はそんなに座り心地がいいんですか?
手を離したのに未だ定位置からどいてくれない彼女に呆れるやら可笑しいやら。僕は苦笑交じりに彼女を見上げる。
「わかってない! 知らないんですか!?」
知ってますよ。
手を伸ばして彼女の頬に触れる。
「でも、それじゃあ目の前であなたが階段を転がり落ちて大怪我するのを黙って見ていろと仰るんですか? 言いたかないですがあなたは少し無防備すぎます。僕に手を出すなと仰るんでしたら、見ていて安心できる行動をとって下さい。目の前で転んだら僕は何度でも手を出しますよ。もう今更なんだし」
わかってるんです。今更離れたところで手遅れだってことくらい。
ここはメフィストフェレスの城。何処にいたって監視の目は付いてまわる。
「……わかってない」
「わかってます」
息をひとつ吐く。
わかっている。
わかってしまった。
今まで生きてきて、自分がこんな感情を抱くことなんてないと思っていた。
彼女に見惚れたのも、手の届かない世界への憧れだと思っていた。
でも。
自分の半身を見つけた、というのは、きっとこんな感じなのだろう。
「僕はあなたのことが、好き……だってことも」
案の定。
蒼い大きな目が、これ以上ないってくらいに見開かれた。
ずっと誰かに見られているような気がしていた。
この庭まで来てやっとその息苦しさからは解放されたけれど、でも、目がなくなったとは思わない。
それに彼女は紅竜様が連れていた人。招待したとは言え面識もない連中が多く入り込んでいる今日のような日に、ひとりで放り出すことなどしないだろう。
知られている。今のこの時は。
だからもう、気持ちに蓋をするのは止める。
「好きだと言ったら、笑いますか?」
彼女は固まっている。
今の今まで誰からもそんなことを言われたりはしなかったのだろうか。
隣で紅竜様が睨みをきかせていれば誰も表立って口説いたりはしないだろうけれど、でも、今日に限らなくても機会があれば挑戦しようとする馬鹿のひとりやふたりはいると思うのだが。
それとも、僕みたいな貧相な身なりの者がそんなことを言って来ることが理解できないだけなのかもしれない。
彼女にしてみれば好意がダダ洩れている僕など暇潰しの相手にはもってこい。此処で別れればもう2度と会うこともないどころか、明日以降、僕が何処で野垂れ死んだって知ることはないし、責任を感じることもない。
運命だ、半身だと思い込んでいるのは僕ひとり。本気になるほうがどうかしてい――。
「そ、」
彼女が口を開く。
唇が震えている。下賤の者の度が過ぎた振る舞いに腹を立てたのか、それとも身の危険を感じたことによる恐怖か、どちらにせよあまりいい言葉が続かなそうな顔をしている。
何となくわかっていた結果ではあるけれど、やはり目の当たりにすると堪えるものがある。日常的に女の子を口説くような生活を送っていれば断られた時への耐性もあっただろうけれど、生憎と奥手のままこの歳になってしまった僕には。
「そ、れじゃあ……行く、ね」
やっぱりだ。
唐突に身を離した彼女に、僕も慌てて身を起こした。
上にずっと乗られていたのがなくなって軽くなったはずなのに、腹の奥がずん、と重い。
彼女は立ち上がった。僕のほうなんか見もしない。
そう。さっきまでずっと僕の目を直視してきたのに、今はさりげなく逸らされる。出会ったばかりの時のように目が合ったから慌てて逸らすんじゃなくて、最初から合わないようにしているのがわかる。
「ありがと」
……断られた、んだよな?
言葉は肯定だけれども言われたニュアンスと口調はどう聞いても否定のそれだ。
そりゃあ僕なんかに好かれたくはないだろう。言われたって断るのが普通だろう。
当事者同士の問題のつもりがすぐに家の争いに発展してしまうやんごとなき身分の皆様方の間じゃあ「ありがとう」は「ごめんなさい」の別の言い方なのかもしれない。「No thank you」みたいに。
でも。
「ちょっと待って!」
彼女が去る寸前に、僕はまたしても彼女を捕まえていた。
未練がましくつきまとう男みたいだ、と内心思ったが、咄嗟に出てしまった手はもう行動を起こした後。それに例の触ったら駄目、なんて制約も、3度目になるともうあってないようなものに成り果ててしまっている。少なくとも僕の中では。
いや、本当に制約なんて気にしている場合じゃない。
見えてしまったんだ。踵を返した時の顔が。
「なんで、」
そんな、泣きそうな顔を。
「嫌なら嫌だってはっきり言えば、」
泣くくらい嫌なんだったらそう言えばいい。
ただの遊びだ、って嘲笑って蹴り落としてくれたって僕はあなたを恨んだりはできない。
だってそれが普通だから。そのためにあの制約はあるのだから。
「嫌だなんて言ってない!」
彼女はそれこそ傷ついたとでも言いたげな顔で僕を見上げた。逸らさないその目に僕のほうが気押される。
「ええ、と?」
ちょっと待って。
嫌いだとは言っていない、ということは、そうじゃない、と認識しても良いのでしょうか。
さすがにそれは虫が良すぎる話でしょうか。
どうらやら僕の髪は気に入ってくれているようだけれども、「髪だけ」好きって意味……じゃあないですよね?
どうしよう。
大型弩砲が再び照準を定めようとしているさまが目に浮かぶ。
もう1度撃ち抜かれたらきっと死ぬ。もうこれ以上ないってくらい幸せに死ねる。
「……あの、すみません。余計なこと言いました」
「余計なこと!?」
「あ、いえ、自分的にはそうじゃないんですが」
処罰される覚悟があると言えば格好はいいけれど、どうにも手の施しようがないから諦めている、というのが実際のところ。
どうせ死ぬなら告白もしてしまえという自分勝手な行動は僕ひとりで罪を負えばいい。彼女が罪悪感を抱く必要など何処にもない。
無論、好意を持ってくれなくてもいいが、持ってくれても問題ない。むしろ歓迎……って、いや、それじゃあの涙は何だ。どういう意味だ。
「だから気にしないで下さ、」
「気にするよ! だって、だって……っ!」
嗚呼。いったいどうしたら。
僕は彼女の背後に見える歩廊の先に目を向ける。
喧噪は先ほどよりもずっと少なくなっている。ちらちらとオレンジ色の灯りが揺れている。大声を出せば気づかれる。
「あの、」
「もう、死んじゃうのは嫌だから……っ!!」
僕の言葉は。
悲鳴のような彼女の叫びに、掻き消された。





