5 【蒼いリボン・1】
著作者:なっつ
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勇者一行を引き連れての道中は順風どころではなかった。
相変わらず山犬も山猫も山ウサギも出ない。いつもは賑やかに囀っている鳥すらいない。
まるで勇者一行を恐れて身を隠してしまったかのようだ。
「えっと、此処が正門で、こっちが通用門です」
案の定、正門は閉まっている。
あたしは道中、勇者に提案された通り、通用門へ案内する。
曰く、正門から入れば悪魔が待ち構えている。だから奴らの裏を掻きたい。とのこと。
勇者なんだもの正々堂々と正面から行きなさいよと思わなくもなかったが、そんな美学のせいで誰ひとりとして悪魔に勝てなかったのだとしたら、勝ちを優先させる姿勢はむしろ頼もしい。
通用門の閂を開け、勇者一行を城内に入れる。悪魔が何処にいるかなんて知らない。ただ、心当たりは――。
『玄関ホールには入っちゃ駄目だって言ったよね?』
玄関ホール。
正門から入れば最初に足を踏み入れるであろう場所。
どう考えてもあそこに何かがいる、としか言いようがない。
「……こちらです」
今朝、義兄が入るな、と言ったばかりの扉の前であたしは勇者一行を振り返った。
いいのだろうか。彼らを此処に入れてしまって。
勇者だもの、悪魔を退治しに来たんだもの。隠せば悪魔の仲間だと責められて、最悪、火炙りも免れない。
悪魔は敵。人間の敵。あたしにとっても敵。だからいいのよ。此処まで連れて来たら入れる以外にないじゃない。そのつもりで連れて来たんじゃない。
そんな逡巡がぐるぐると回る。
「ご苦労」
勇者は剣を握り直し、扉を開ける。連れのふたりも後に続き……あたしの前で、その扉は閉められた。
――刹那。
空気がザワリと動いた。
今の今まで聞こえなかった大勢の気配。それは風のうねりにも、声のようにも聞こえる。あたりには誰もいないのに。
「ひっ!」
まるで城が怒っているようだ。
なのに、これだけ大勢の気配がするのに姿は全く見えない。
廊下を歩くあたしの横を通り過ぎて行く「気配」。でも振り返ると誰もいない。
窓から差し込む光が、カーテンのようにゆらゆらと揺れる。廊下に敷かれた赤い天鵞絨が血に染まった波間と化す。
こんなことは今までなかった。
この気配が悪魔なの?
あの馴れ馴れしく話しかけて来る声も悪魔だったの?
ひとつ疑えばボロボロと数十個の疑問が沸き起こる。
どうして声だけなの? 隠れているの? 姿を見せることができないの? 姿がないの? そもそも人間なの? 人間ではないのなら……駄目だ。寒い。背筋が冷えて考えられない。
勇者は無事なのだろうか。
しかし扉は押しても引いても動かない。
中から鍵でもかけられたのだろうか。勇者様たちはすんなり開けて入っていったのに。鍵をかける音なんて聞こえなかったのに。
ああ、もしかして裏から入ったのがマズかったのかもしれない。ダンジョンの暗号釦だって間違えて押せば槍も降る。壁だって迫る。此処だってそうなのよ。ズルをすれば相応の目に遭うと相場が決まっているのよ。
だから。
あたしは、してはいけないことをしてしまった。きっと今頃勇者様たちは――!
どうしよう。ああ、そうだ。義兄ならきっとどうにかしてくれる。
だって城主だもの。悪魔だって避ける血筋ならきっと解決方法も知っているはず。
そう心の中で自分を鼓舞すると、あたしは震える足に力を込めて蹴り出した。右足を1歩。左足を1歩。右。左。右左右左……!
向かうは執務室。
この時間、義兄はそこにいる。
「……勇者は?」
「今第3部隊が応戦中っす」
執務室の扉の前まで来ると、漏れてくる義兄の声が聞こえた。誰かと話をしているらしい。
その声にほっとする。先ほどまでのざわつきも此処までは追って来ない。
でも……誰だろう。執事ではないようだけれども。
「第3? ったく、最近たるんでるだろお前ら」
ギシ、と椅子の背もたれが軋む音。
不機嫌そうな義兄の声とは裏腹に、応対している相手は嬉しそうだ。
「久々に魔王様の雄姿が見られるってみんな喜んでるっすよー」
……魔王?
耳がおかしくなったのだろうか。勇者だの悪魔だのを考えすぎて空耳を聞いたのかもしれない。
あたしは扉に耳を貼りつける。
「お前らわざと負けてないか?」
なのにそういう時に限って聞きたい単語は出てこない。
出て来ないから悪い方向にばかり思考が回る。
悪魔じゃなくって、魔王?
レベルアップで進化でもしたのだろうか。
こともあろうに……ええ!? 魔王ぉぉぉおお!?
この城は悪魔の城と呼ばれている。
そこを居城にしている城主が、そのことを知らないはずがない。
この城は名前の通り悪魔がいて、町の人も勇者様もそれを知っていて、あたしひとりだけが知らなくて、でも本当は悪魔どころか魔王までいたということで……。
でも!
勇者と応戦中ってそれじゃまるで、
「そこで何をしているのです、ルチナリス」
余程執務室に乱入して問い詰めようかと思った矢先。いきなり背後から肩を叩かれた。
わかる。声だけで。
おそるおそる振り向いた先には、案の定、冷やかな眼差しの執事がいる。……何時の間に。
「青藍様は執務中です。要件なら私が」
「いいい、いえ、何でもありません」
目が据わっている。部屋に近付く者は誰であろうと排除する気満々だ。いや排除ならまだいいけれど(よくないけど)、この人の場合、この世から抹殺しかねない。
「……何か、聞きましたか?」
凍りつきそうな声に後ずさってはみたものの。
数歩も下がらないうちに背中に扉が当たった。
悪魔って本当にいるんですか?
魔王って、誰なんですか?
しかしそれを口にしたところで何になるだろう。今質問しているのは向こうなのだ。その答えも出さずに逆に問うたところで、目の前のこの男が答えるはずがない。
悪魔の城殺人事件 ~完~
って、だから! 終わっちゃ駄目だから!
ついでに言うとミステリーもののタイトルって大抵〇〇殺人事件って言うけれど、普通は〇〇部分には人に当たる名称が入らなきゃおかしくない!? 何? 悪魔の城を殺したの!? 違うでしょ!?
などと意味不明に現実逃避を試みるも、目の前の男の視線はあたしから外れない。
嗚呼。こういうミステリーものって大抵執事が犯人なのよ。執事のくせに暗器を隠し持ってたりするものなのよ。1度銃刀法違反で捕ま、
……その時。突然執務室の扉が開いた。
いや、もしかしたら兆候はあったかもしれないけれど、妄想の世界に飛んでいたあたしにわかるはずもなく。
出てきた義兄は執事と義妹を前に、出しかけた足を止め、不思議そうにふたりを見比べる。
「あれ? るぅ……とグラウス? 何してんの?」
扉越しに聞こえた声とは違う、いつもの穏やかな義兄の声と、いつもと同じ無邪気そうな笑顔。
いつもと同じ。
義兄に顔を向けながら、その向こうに見える部屋を探る。
人影は見えない。気配もない。
「いいえ、何でも」
あたしの肩に置いていた手をするりと外しながら、素知らぬ顔で執事は主に微笑んで見せた。
あたしが何かを知ったと義兄に勘付かれないように配慮した、とは思えない。義兄が勘付こうが勘付かなかろうが、あたしが執事に口を封じられる可能性は限りなく高い。
嗚呼! 悪魔の城殺人事件 ~完~(2回目)!
どうせなら美少女メイド殺人事件と銘打ってもらいたかっ……違う。そうじゃなくて。今、重視しないといけないのは悪魔とか魔王とかそういうものが本当に此処にいるのかと言うこと。そして勇者たちが玄関ホールに入ったこ――
『……勇者は?』
違う。義兄は既に勇者が来たことを知っている。
勇者に対する何かが、あのホール内に待ち構えていたことも知っている。
言えない。
「どうかした?」
義兄は目を瞬かせながらそんな義妹と執事を交互に見、それからもう1度あたしを見る。
「るぅ?」
疑っている。
どうしよう。いつもと同じに見える義兄の目が、今は心の中まで見透かそうとしているように感じる。
口が渇いて仕方がない。唾を飲み込もうとしても、カラカラに乾いた空気だけが喉を擦るようにして落ちていくだけだ。
どうしよう。こんな時ってどうしたらいいんだろう。
勇者と戦っているってどういうことですか? とはとても聞けない。
でも黙っていたら余計に疑われる。
目の前にいるこの人は、さっき誰かと話をしていた。
その誰かは「魔王」と言った。
町の人はこの城に悪魔が出ると言う。勇者は悪魔を、そして魔王を倒すためにこの町にやってくる。今朝も一組、此処に来ている。
そして義兄の袖の傷。あれは絶対にネズミを追いかけたりしていたわけじゃない。
と、言うことは。
「……あ、あの、髪……」
違う。義兄は違う。
だってこの10年、あたしは無事だった。義兄は違う。絶対に違う。
だ、けど。
やっとのことで搾り出した声に義兄は不思議そうな顔を向けた。
「髪?」
「あ、朝くしゃくしゃになって、ええと、だから、あの」
ああ! 話題を変えるにしても無理がありすぎる。
埃っぽかったのは朝だ。それからもう何時間経っていると言うのだ。
そのまま放置していたとしても埃なんか取れているだろうし、実際、着替えも済ませたのだろう。今の義兄は朝とは服装まで変わっている。
証拠隠滅? あの切り裂かれた袖をなかったことにしたいから?
だったらこの場で聞けばいいじゃない。あの袖の傷はどうしてできたんですか? って。
「ええと」
違うわ。これは身だしなみ。
いつ来客があるかわからない人なんだから。すぐ横にうるさそうな人も張り付いているし!
その「うるさそうな人」を目だけで見上げると、予想外にこちらを見下ろしていて。
慌てて顔を背けても、後頭部に「何を言っているんだ」とばかりの視線が刺さってくるのを感じて。
ああ、やっぱり無理がありすぎた。
それだったら「お兄ちゃんの顔が見たくて来ちゃった、えへ」と舌でも出してみせたほうがずっともっともらしい。そんなキャラではないとしても。
そんな怪しさダダ洩れのあたしを暫く黙って見ていた義兄は、ふいに笑顔を浮かべた。
「……んじゃ、直してもらおうかな」
何かを察したのか。
何も気付かなかったのか。
「青藍様!」
「だってこれから人に会うんだし」
目をつりあげた執事にも義兄は肩を竦めて笑うだけだ。
悪戯を思いついた時のようでもあり、「仕方ないね」と呆れた時のようでもあり。それが余計に怖い。
「少し待ってもらってて」
にこにこと、それでいて拒否を許さない笑顔で執事の肩をぽん、と叩くと、義兄はあたしの肩に手を回した。
まるで執事の視線から遠ざけるかのようだけれども、
逃げられない。
そう、思った。