18 【忠誠の証・5】
著作者:なっつ
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「交渉決裂だね」
残念と言わんばかりに肩を竦めると、青藍は手摺りから滑り降りた。
階段を降りようとしたところで、しかし、グラウスの腕に遮られる。
「テーブルを先に降りたのはお前だよ?」
青藍は目の前を横切っている腕を押し退けながら、殊更ゆっくりと顔を上げた。
「……もとから交渉などするつもりはありませんから」
視線の先にいるのは執事服の男。その服は主人に忠誠を誓う者の証。
しかしその男は射るような視線にも全く動じることなく、主であった者の行く手を大岩のように阻んでいる。
「青藍様から出て行きなさい」
そして口から発せられる言葉はただひとつ。
今夜だけで何度その言葉を紡いだことだろう。聞くほうもうんざりだろうが、言うほうもうんざりだ。
グラウスは無表情のまま、挑発的な目を向けてくる主の姿をしたものを見下ろす。
いつもの顔だ。いつもの表情だ。しかしそれが仮面のように見えるのは、光を失った瞳のせいだろう。
かつてルチナリス相手に盛大に惚気てみせた蒼い色は、そこにはない。
油断した。
この10年の間に敵は勇者だけだと思い込んでしまっていた。
平和ボケしているのはノイシュタインの領民ばかりではなかった。
同じことを何度も言わない主義だと言ったその舌の根も乾かないうちの台詞に、目の前の相手が咎める視線を投げかけてくる。
しかし黙って此処を通すわけにはいかない。
「対価も払わないで? 強欲だね」
「火事場泥棒的に入り込んだあなたに言われたくはありません。出て行きなさい」
盗まれたものを取り返すのに、対価など必要ない。
「お前も相当に馬鹿なんじゃない?」
「馬鹿で結構。出て行きなさい」
盗ったもの勝ち、なんてルールは認めない。
これだけは。この人だけは。
目の前では誰よりも大事なはずの人が顎に手をやりながら、自分を見上げている。
「鬱陶しい」とでも言いたげな様子で口元を歪め、行く手を遮っている腕に目を落とし。その場を抜け出す良い結論が思いつかなかったのか、ひとつ溜息をつくと、手摺りにもたれ直す。
「忠犬とはよく言ったものだ」
今までならどんな態度を取ってくれてもそこに美点を見出すことができた。惚れた弱みとかあばたもえくぼとか、適当な言い方が見当たらないけれど、その言動の裏には自分を想ってくれている信頼関係のようなものが見えた。
己の意思のためにあえて自分を否定する。
悪態の裏に潜む声が、自分には聞こえる。
でも今は。
「……それはどうも」
悪意しか感じない。
階段の下のほうからガーゴイルたちが近寄って来つつある気配を感じる。
野次馬根性もあるにはあるだろうが、これだけ長い時間攻撃することもなく執事と話し込んでいる主(だと思われる者)に対する警戒も薄れて来ているのだろう。
まずい状況だろうか。
グラウスはガーゴイルたちが近づいて来ていることを青藍に悟られないよう、体の位置をずらす。
見た目には重心を左足から右足に変えるように。
目の前にいるのは、見た目は青藍だが中身はドラゴン。
数週間にわたって吹雪を吹かせたことや立ち向かった勇者をことごとく倒したことからも、その実力は推して知るべし。
そんなドラゴンが青藍の身を乗っ取ったのにはどんな意図があるのだろう。地位か、それとも魔力か。何処まで乗っ取られているかはわからないが、操っている者が操られている者の力を利用するのはよくある話、だけれども。
だが本当に青藍の魔力を使えるようになっているのだとしたら……グラウスは階下に迫りつつある物音に耳を傾ける。
「だから出て行きなさい」
ガーゴイルどもには自力で頑張ってもらおう。そこまで面倒は見られない。
「使用人の分際で魔王の騎士気取りか」
口を開けば「出て行きなさい」の一点張りの執事に腹立たしい部分もあるのだろう。青藍の声で、彼は彼が絶対言うはずの無い言葉を口にする。
「いけませんか?」
そうであろうと誓った。あの月の夜に。
そして。
再会を果たしたこの場所で。
「私が青藍様をお守りするのを、他人にどうこう言われる筋合いはありません」
この先もずっと。
私が守るべきは、あなたひとり。
グラウスは前に立つ人を見据える。
稀代の魔王様は守る必要なんて無いのではないだろうか。それも一介の執事に。
ツッコみたい気分が湧き上がったが、ルチナリスはそれを堪えた。真面目な話に水を差すものではない。
そのせいで義兄の興味が自分に戻ったら、力に訴えて来たら。
そして何より水を差された執事の反応が怖い。
味方ではあるが本心は違うとも明言しやがったし、それを思えば黙っているほうが得策だろう。
それに部外者的にはどれだけツッコみたい事柄でも、執事としてはきっと騎士と呼んでいいくらいの心境に違いない。義兄をお姫様抱っ……いや、横抱きにするあたりからもそれは窺える。
この10年彼は、領主として、また魔王としてあり続けようとする義兄の傍らに寄り添っていた。今回だって最後まで付いて行くと言い張っていた。
義兄は戦闘面は強いかもしれないが、日常生活のほうは天然なんだかあざといだけなのか妙な部分に不器用な人で、しばしば執事の手を煩わせている。あの完璧主義の庇護欲を煽りまくっている。
あれだ。
「お守り」と書いて「おもり」と読むのよ、きっと。
だが、そんなお笑い系のツッコミができる雰囲気ではとてもない。





