4 【勇者が町にやって来た・2】
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
悪魔というのは人間を狩って食べてしまう存在を指す。昔から伝えられ、描かれて来たとおりの醜い異形の化け物たちだ。
何処から来てどこへ帰っていくのかもしれない彼らは、突如現れては村ひとつ滅ぼして去っていく。この世界にはそんな恐怖が其処彼処に潜んでいる。
あたしがノイシュタインに来る前に住んでいた村も、悪魔の人間狩りによって滅んだ。
あの日、空から下りてきた無数の化物の姿は、10年経った今も忘れることができない。奴らによってあたしは住んでいた家と、養父と、日常を失ったのだ。
今でこそお城で楽しいメイド生活をしているように見えるけれど、それは義兄があたしを拾ってくれたからで。もし義兄に出会わなければあたしは今頃飢えて死んでいた。
そんな不幸の原因でしかない悪魔がこの町にも出ると言う。だから勇者様が退治しに来てくれるのだと。
女店主は、今、そう言った。
知らなかった。
義兄はこのことを知っていたのだろうか。
いや、知っていたらあたしを町に出しはしないだろう。あたしが人間狩りで何もかも失ったことも知っているのだから。
「悪魔が……出るの?」
あたしの問いに、女店主は不思議そうな顔をした。
「なに言ってんだい、お城の悪魔のことだよ。そりゃあ領主様は悪魔に襲われることはないって言われてるけどさ。ほら、るぅちゃんや執事さんは働いてるだけの普通の人なんだし」
何だそのチート設定は。
いやその前に。
「お城」の「悪魔」? そりゃああの城は悪魔の城なんて呼ばれてはいるけれど。悪魔同然の鬼畜仕様な人もいるけれど。義兄曰くお化けも出るらしいけれど。
と言うか、情報過多で頭が追いつかない。
「え、えっと、青藍様は襲われない、の?」
「本当に何も知らないのかい!?」
女店主は目を丸くする。何だか自分ひとりが非常識だと言われているようで居心地が悪い。
この世界の何処にいても悪魔は出る。此処だけは特別、なんて言えるのは結界に守られた聖都ロンダヴェルグくらいのものだ。
ましてやノイシュタインは――ノイシュタイン城は「悪魔の城」。これで出なかったら詐欺だと言うか、きっと訪れる勇者たちもその噂を耳にしたから来たに決まっているのだけれども、でも「残念ね。噂は噂でしかないわ」と思っていたのも事実で。
なのに。
女店主が言うには、ノイシュタイン城はその怪しげな俗称どおり本当に悪魔が出るらしい。
そんな城に住んでいて大丈夫か? と普通は疑うところだけれど、城主の家系は悪魔に襲われることがない特殊な血だそうで、住んでいても平気なのだそうだ。
とっても嘘臭い。
けれど、まぁ、そこは置いといて。
だがその噂から考えると悪魔が勝手に避けてくれる、というだけだ。しかも城主だけ。
普通に考えれば、住み込みで働いているあたしたちにその効果は及ばない。特殊な血とやらを持っているわけでないのだから当然だ。
つまり、義兄以外は何時悪魔に襲われるかわからないというわけで……。
「今まで凱旋して戻って来た勇者様っていないのよねぇ。あのかわいい領主様が毎日涙で枕を濡らしてるなんて、あたしゃ耐えられないよ」
女店主はエプロンの端で涙を拭う。
いや! 問題はそこじゃないだろう!? いくらなんでも大の大人(しかも男)が悪魔が怖いって泣いたりはしないし、義兄はあの顔と妙に子供っぽい性格のおかげで町の奥様方に人気なのは知っているけれど! でも問題は! そこじゃない!
悪魔!?
悪魔って!?
もしかして玄関ホールに出るっていう「お化け」のこと!?
でも玄関ホールって廊下の扉を開けたらすぐよね? 何? あたし毎日悪魔の目と鼻の先で掃除してたってこと? だから「玄関ホールに行っちゃいけないよ」って……違う! そうじゃないでしょ!? 厳重にバリケードで覆うとかあるでしょ!? なに子供の自主性に任せてるのよ!!!!
絶句するルチナリスの「問いたいことはいろいろあるけれど頭が追いつかない視線」に気付いた女店主は、何を納得してくれたのか、エプロンを握ったままうんうん、と何度も頷く。
「そうよねぇ。るぅちゃんや執事さんが悪魔に殺されちゃったらと思うと、」
勝手に殺すなぁぁぁぁぁぁぁああああ!!
これでもこの10年、悪魔の「あ」の字も見ることなく過ごしてきたんだから!
きっと「悪魔が出るところと人が暮らしているところは強い結界で遮られている」とか、そんな裏設定があるのよ。きっとそうよ!
だって今まで無事だったのよ? 悪魔とひとつ屋根の下なんてシチュエーション、あの危機感の欠片もない義兄だって、いくらなんでも気にしないはずがな……………………い、わよ。うん。
しかしいくら裏設定があったとしても、だ。
悪魔が出るならそう言ってくれればいいのに何も言わないってどういうこと!? 心づもりがあるのとないのとじゃ万が一にも悪魔とばったり遭遇しちゃった時の対処も雲泥の差よ!?
ついうっかりあたしが食べられちゃっても構わないって言うの? お兄ちゃん!
腹の中で言葉にできない罵詈雑言が暴れ回る。
そりゃあ「実はうちにも出るんだよ」なんて子供には言えないってことはわかるけど! でもね、黙っていていいことと悪いことがあるのよ! 3日前のパンを焼きたてと偽って売るのと同じくらい、いや、メスだと思っていたヒヨコが雄鶏に育ってしまって毎朝煩くて堪りませんレベルと言うか、要するに、黙っていたら後で大問題になるケースなのよ!!
「だから勇者様が悪魔を倒してくれるまで、るぅちゃんも気をつけるんだよ」
女店主は同情するように飴をくれる。
嗚呼、飴ひとつで慰められるあたしの命。って、その程度!? 危機意識低くない!? 当事者じゃないから!? 勇者様が倒すって何時よ! 何時の話よ!
そう八つ当たりしたい気持ちをルチナリスはぐっと我慢する。
この町の人にとっては当たり前なのだ。
町を見下ろすように建っているあの城が悪魔の城であることも、勇者がその悪魔を退治するために集まってくることも。
そして10年あの城に住んでいるあたしたちが無事でいるのも、意味不明ながら「今まで大丈夫だったんだから大丈夫よ」というレベルにまで落ちている。
そう。何故勇者がこんなにも集まって来るのか。
それは、そこに悪魔がいる城があるからに他ならない。
近くにある有名なダンジョン。それは悪魔の城! ~完~
……って、だからそれで終わったら駄目!
考えたこともなかった。
あの城が悪魔の城と呼ばれているのも、ただ単に外観のせいだと思っていた。
あの城には悪魔はいない。見たこともない。それなのに、その悪魔を退治するために大勢の勇者がやってきて、そしてあたしの知らないところでボロボロにされて帰っていく。
それはつまり。
悪魔か、それに相応する「勇者を倒す何か」が存在しているということで。
勇者が何人もこの町を訪れているのはあたしも知っている。滅多に町に来ない自分でも頻繁に目にしているのだから、町に来ていないもっと多くの日にも彼らは押し寄せているはずだ。
でもまさか城に来ているとは思わなかった。
この10年、1度も気付かなかった。
思えばそうしてあたしが悪魔の「あ」の字も知らないでホイホイ浮かれて町に下りて来るのを見ている町の人々が、城に住んでいるけれど大丈夫そうだ、と思うのも当然かもしれない。
でも悪魔。
あの不思議な声のことだろうか? まさか本当に執事だということはないだろう。 でも。
胸の奥で何かがちりちりと音を立てる。
「大丈夫かい? 気分悪そうだけど」
「だ、大丈夫、です」
大丈夫なわけがない。
世の中の全員が納得していたとしても、あたしは違和感しか感じない。
義兄だけ悪魔に襲われない、だなんて、そんな都合のいい話もあるはずがない。
『お化けが! お化けが出たの!』
突如、脳裏に声が響いた。
あの声はあたしの声だ。小さい頃のあたしだ。
そうだ。あれは何時のことだったろう。あたしはそう言って義兄に――。
「――そこのご婦人がた」
そんな時だ。背後から声がかかったのは。
振り返ると先ほどの勇者一行が爽やかな笑みを浮かべて立っている。何処ぞのヒーローみたく歯がキラリと光る。
「なんか悪魔に食べられるとか聞こえたんだが……そっちのお嬢さんの恰好、もしかしてあの城のメイドさんかな?」
「え、ええ。まぁ」
「俺たち、これからあの城に行くところなんだが、案内してくれると助かる」
偉そうな物言いは勇者だからだろうか。
案内と言ったって此処から城までは1本道だし、何を案内しろって言うのよ。
ルチナリスは胡乱な目を勇者に向ける。初対面で偉そうな奴はろくな奴じゃない、とは村にいた頃あたしを育ててくれた神父様の言だ。
「道案内と、できれば裏から入る方法なども教えてもらえると有難い。聞けば悪魔から逃げることができるのは城主のみで使用人のきみたちは何時悪魔に食われるかもしれない命だと言うじゃないか! きみもまだ死にたくはないだろう?」
「ちょうどいいじゃない! これも何かの縁って言うでしょ? ちゃちゃっと倒してもらっちゃいな!」
いや、縁って何よ。
此処であたしと会わなくたって、勇者様がたは悪魔退治に行くわけだし。関係なくない?
「何時たべられるかもしれない」などと宣言されたからだろうか、胡散臭さ倍増に見えるのは。第一、この10年、悪魔なんていることも知らずに生きて来た手前、死ぬと言われても自分に降りかかってくる災難には聞こえないのも確かで。
何? あたしの家ってそんなに危ないわけ?
と、我が家をdisられた気にすらなって来るわけで。
しかし、小間物屋の女店主のほうがノリノリだ。滅多に話をすることもない勇者から話しかけられたから舞い上がっている部分もあるかもしれない。顔はちょっといい……いや! お兄ちゃんに比べれば雲泥の差だけれども!
心の中でマウントを取りつつ。その間にも女店主は勇者と話を進めて行ってしまう。気が付けばとても断れそうにないところまで進んでいる。
どうせ後は帰るだけだし、連れて行くくらいいいか。
山の中腹からこちらを監視するように建つ城――あたしがこれから帰る場所――には悪魔がいる。勇者を倒す悪魔が。
今までは運よく生きて来られたかもしれないけれど、明日には、ううん、今日にも食べられてしまうかもしれない。だってあたしは義兄のような「悪魔が逃げる特殊な血」なんて持っていないんだもの。
義兄に危機意識がないのは今まで何もなかったからだ。
だからあたしも大丈夫だと思ってしまっているのだ。教えてくれなかったのはきっとそれだ。
でも知ってしまった以上、あたしはあたしで身を守る必要がある。
「今朝も一組出かけて行ったんだけど、帰って来ないのよ。いいかいるぅちゃん。今まで無事だったからって明日も無事とは限らないのよ?」
「で、でも途中で道を間違えたのかもしれないじゃない?」
だからと言って反発もしたい乙女心。
だって自分の家よ? あたしが悪し様に言うのは良くても他人に言われたかないわよ。
「だって来ていないもの! きっと途中で道に迷って、崖から転落してクマに襲われて、それで」
「来て、いない?」
またしても勇者が口を挟む。
「それはもしかしたら途中で悪魔に襲われて城に辿り着けなかったのかもしれない」
「そ、そんなこ……」
だってあたしは普通に山道を下って来たわ。
悪魔どころか山犬も山猫も山ウサギも出なかったわ。
そう言い返したいけれど、ただ単にあたしの運がいいだけとも言える。
無意識に後頭部にとめた髪留めに手が伸びる。
黒いリボンの中央に金色の飾りがついたこの髪留めは、遥か昔、義兄から「お守り」だと言われて貰ったものだ。初めて義兄から貰ったのが嬉しくて毎日つけているから、もうかなり色褪せてしまっているけれど……そう、これは「お守り」。もしかしてこのおかげで運よく悪魔と遭遇せずに済んでいただけかもしれない。
朝に来たという勇者も、勇ましくこの地に来たものの悪魔にも出会えず、崖から転落して武器を失くして攻略そのものができなくなってしまったから、だから恥ずかしくてこっそり帰った。よりは、道中で悪魔に襲われました。のほうがあり得る話。
だとしたらあたしが一緒にいたほうが、この勇者一行が城に辿り着く確率も上がるというもの。
なんせ運だけはいい(当社比)。悪魔と同居して10年も顔を合わせずにいた実績(それは多分にお守りのせいかもしれないけれど)をここぞとばかりに発揮するのよルチナリス!
悪魔を倒せば義兄も喜ぶ。領民思いの優しい義兄だ。彼らが喜ぶことならきっと喜んでくれる。
それに、勇者様を手伝ったって知ったら褒めてくれるかもしれない。
だって勇者様よ? なろうと思ってなれるものじゃないのよ? 悪魔を倒して、世界を救うかもしれない人たちなのよ?
そう思う反面、胸中で黒いモヤモヤが渦を巻く。
『今朝も一組出かけて行ったんだけど、帰って来ないのよ』
あの城に悪魔が出ることを知っていて、ひとりだけ無事なのが確定の義兄。
『こんなに汚して!』
ほころびた袖口。
破れたシャツ。
義兄は、朝……何処に行っていたのだろう。