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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 4:眠り姫の受難
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7 【眠り姫の受難・1】



著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!



挿絵(By みてみん)




 今現在、城主の私室の外には噂を聞きつけたガーゴイルたちが、山のように押しかけている。

 噂とは勿論(もちろん)、城主が倒れたというあの噂だ。

 その山を視界の端に入れたルチナリスは、ぴたり、と足を止めた。あの(うごめ)く山の先が目的地だが、分け入って行こうにも足が(すく)む。



 勇者が挑戦しに来ている時ならともかく、何もない時はガーゴイルたちは石像と化しているのが常だ。実体化する頭数は数匹、それもローテーションで決まっている。だからこんなに動いていることはあり得ない。

 さらに今は、雪に閉ざされて満足に食料調達もできていない。よく喋る分だけよく食べる彼らの数は必要以上に絞らないと勇者に倒される前に飢えて全滅、なんて笑えないことにもなりかねないのだから、多少の不便は目を(つぶ)ってでも石化させておくのが普通だろう。

 倒れた義兄(あに)は魔王。その戦力を補充するつもりなのだとしても今は悪魔の城の営業時間外。来るはずがない勇者を大勢で待ち構えている必要など何処(どこ)にもない。


 それなのに。


 いくら雪が止んだとは言え、義兄(あに)の話ではドラゴンがどうなったのかもまだわからないし、食糧の補給だって未だ不完全。

 (あるじ) の帰還を喜ぶあまり実体化してしまいました。と、言葉だけなら微笑ましいけれど、こんなに出て来るのは尚早(しょうそう)ではないのだろうか。



「お、るぅチャンだ」

「るぅチャンが来た」


 そんなルチナリスの心の内など察するはずもなく、山は少し離れたところで立ち尽くすメイド娘を認識すると(みずか)ら移動を開始した。ウギョウギョウギョ、と何処(どこ)から発しているのかわからないような音を立てながら彼女に迫って来る。

 人外な彼らの姿にも慣れたとは言え、向こう側が見えないほどに集まって来られては平常心ではいられない。それがまた目を爛々と光らせて迫ってくるから、取って喰われるのではないかという恐怖まで感じる。


「ひ……っ」


 ルチナリスは思わず後ずさった。背中に壁が当たる。


 獲物を前にした肉食獣のような動きでじりじりと間合いを詰める山に対し、ルチナリスはその山から一定の距離を保つ。保ちつつ、壁伝いに義兄(あに)の部屋を目指す。

 なんせ、立ち止まれば山に飲み込まれる。逃げ場はあの部屋しか無いのだ。

 さすがの彼らも、()せっている城主の私室にまでは押し入っては来られない。


「るぅチャン……なんで逃げるん?」

「い、いえ、皆さんこそ何故(なぜ)こんなところで」


 じりじりじりじり。


 一触即発と言うのだろうか、この状態は。

 ルチナリスは目測で目的地との距離を測る。普通に歩けば10歩くらい。



「いやね、ちょーっと(ぼん)の様子を見に」

「やっぱさ、(ぼん)に何かあるとマズいわけだし。この城は」

「そ、そうですね! でも大丈夫ですって。すぐ良くなりますって!」


 おかしい。

 会話の内容は城主の容態を心配しているだけなのに、この不穏な空気はなんだ。






『青藍様は魔力が高いからすぐ良くなりますよ』


 と、医師を送りに行く執事が言っていた。


『魔力が高いと言うことは回復に使える魔力も多いと言うことです。あの人は回復が早いのが取り柄ですから』


 安心させるつもりなのか、そんなことを言って微笑んだ執事の顔をルチナリスは思い出す。

 義兄(あに)が倒れた時に一番取り乱したのはあの人なのに。




「ちょっと風邪気味だってだけだから」


 ルチナリスは氷水を入れた器を抱え直す。金属製の器の中で、チャプチャプ、だか、ガチャガチャ、だか、そんな賑やかな音が鳴る。


 そう。風邪。執事と医師は口を揃えたようにそう言った。ほんの少し熱が高いだけだから心配はいらない、と。

 風邪なのよ。

 グラウス様は過保護だから、ただの風邪でもあれだけ心配するんだわ。

 ルチナリスは、後追いでもしそうな顔で何度も義兄(あに)を呼んでいた執事の姿を思い浮かべる。



「ホントに?」

「ホントに風邪!? 熱があるって!?」


 これだけ大勢が一斉に喋ると(カラス)の大群に襲われている気分になる。

 ミバ村に人間狩りがやって来た時に聞こえた羽音とよく似ていて……ルチナリスは唾を飲み込んだ。飲み込んで、違う、ここはミバ村じゃない。と自分に言い聞かせる。

 ここはノイシュタイン。

 彼らはあたしを襲ったりはしない。城主(義兄)を心配しているだけ。

 何度も何度も繰り返し、ルチナリスは引きつりながらも笑みを作る。


「そう。だから心配は、」

「熱!!」


 彼らは嬉しそうに羽根を羽ばたかせた。身震いしているものもいる。

 



 ……あれ?

 なんでそんなに嬉しそうなわけ?


 義兄(あに)は確かに彼らには悪態もつくし手も足も出すが、病に倒れることを喜ばれるほど嫌われてはいないはずだ。

 何故(なぜ)、熱が出たくらいでこんなに喜ばれているのだろう。


「お、俺、休み返上するわ」

「俺も」


 なんだろう。彼らのこの高揚感。義兄(あに)が動けない間に何かしでかすつもりだろうか。

 ああ。思い返せばよくある話かもしれない。主人の留守中に大事なお酒飲んじゃう使用人の話とかあるわよね、うんうん。ルチナリスはひとりで納得する。


 が、しかし。


 ここでお酒の管理してるのは義兄(あに)ではなく(まかな)いのおばさん。彼女の怒りに触れれば2度と食料にありつけなくなる。3度の食事だけが生き甲斐のようなガーゴイルたちが暴挙に出るはずはない。


 それじゃなんだろう。

 まさか介抱する気でも……いや、困るわよ。執事だけじゃなくてこいつらもあたしの仕事を虎視眈々(こしたんたん)と狙ってる、とかだったら冗談などでは済まされない。


「そんな、せっかくのお休みまで止めなくても大丈夫ですよー。いっつも風邪なんかひかない人なんだか、」

「だからよ!!」


 あはははは、とわざとらしく振り撒きかけた笑いは勢いよく遮られる。

 なんですか、その気合いに満ちた表情は。そのガッツポーズは。

 もとは石像の分際で、どうしてそんなに熱いんですかあなたがた。


「滅多に風邪もひかない(ぼん)の、これは神様がくれたチャンスっす!」

「は?」


 悪魔って神様に手をあわせもいいのか?

 罰が当たるどころの騒ぎじゃなくなる気がするのだが。


「あの。なにが、」


 何をしようというのだろう。

 しかし今は頼りの執事までもが医師を送りに行ったまま不在。もし何かしでかすようなら、自分が阻止するしかない。嫌だけど。


「いいかるぅチャン。(ぼん)はな……」

「……はい」


 いかにも内緒、という感じで口元に手まで当てて囁いてくるから、ついルチナリスも耳を近付ける。

 あれだけ距離を取っていたのに、と突っ込まれそうな至近距離だが、そんなことを言ってはいられない。

 なんせ悪魔が神に感謝するレベルなんだから。これを聞き逃しては……


「……熱出すとすっげー色っぺーんだぞ」

「…………………………は?」


 今、なんて?


「あの(あか)い目が潤んでな。けだるげになるのが堪らん!」

「いいよなぁ紅い目ってそそるよなぁ」



 なんだそれは。

 紅目ということは魔王様バージョンの時のことよね? あの冷淡で威圧的な魔王様がけだるげとか、それはそれで珍獣レベルに滅多に見られるシロモノではないし、その希少価値は認めよう。


 だが。


 こいつらの頭の中は真っピンクに染まっているのだろうか。

 隠しておいた酒を飲むとか、何か危ないことをやらかすのに比べれば、害は全くと言っていいほど無……


「あれで暴走したグラウス様の面白さと言ったら!」

「そう! あの人絶対普通じゃねぇって思ってたけど!」


 ……待て!

 害は害でもこいつら(ガーゴイル)じゃなくって、あの男のほうなのか!? いったい何をしたんだあの男!!

 い、いや。違う。

 またいつもの過保護っぷりが暴走しただけのことよ。それを腐った目で見るから事実誤認しているだけよ。あたしが動揺すると思ったら大間違いなんだから!


 ルチナリスの胸中は嵐が吹いたり止んだりと忙しい。

 しかし既にヒートアップしているガーゴイルたちの口がそれで止まるはずがない。


「そういえばグラウス様さぁ、(ぼん)のことお姫様だっこしたって」

「前もやったよなあの人!」

「あれは1度や2度じゃねぇぞ。抱え慣れすぎてる!」

「だからね。あれはお姫様だっこじゃなくって倒れたとこ抱えてただけで、その前回とかだって、」


 前回、何をやったのだあの男は――!!

 い、いや違う。違うったら。グラウス様は過保護なだけなのよ。本人にはそういうつもりはまったくないけれど、行動が伴っていないだけなのよ。せいぜいベッドに押し込んで1日中監視してたとか、逃げ出そうとしたところを追いかけ回したとか、リンゴをウサギさんにして食べさせたとか、そのあたり。間違っても背後に薔薇が飛ぶようなことは……でも気だるげで色っぽくなるとか言っ…ちがぁぁぁぁぁああう!

 ああ、マジで前回何やったのよ。

 記憶が欠片も残っていない自分が恨めし……いや、不甲斐ない。



「お姫様だっこは男のロマンっすよ!」


 あれだって普通に横抱きにしただけだ!

 ガーゴイルたちの腐った目を通せばお姫様だっこに見えるかもしれないけれど、あれはただ単に運んでいただけ。いくらなんでも主人を肩に担ぐわけにはいかないし、全く意識のない人を背負うのは難しいでしょ? それだけよ!

 と言うか、執事も執事だ。他に抱え方はなかったのか!?

 あまりにナチュラルすぎて不自然さを感じなかったあたしもアレだけど!



 だが、とりあえずガーゴイルたちの歓喜の理由はわかった。

 かなり特殊な事情を含んではいるが慕われていることには間違いない。だろう。多分。



 彼らの話から察するに、義兄は熱を出すと目が紅くなるらしい。熱でぼんやりしてるから、執事が甲斐甲斐しく世話焼いても大人しく従っちゃったりして、それが奴ら(ガーゴイルたち)煩悩(ぼんのう)に火を点けるのだろう。

 娯楽の少ない城だし、そういう邪道な妄想でもしないと楽しみがないのかもしれない。


 しかし。

 一度だけ魔王の時に見た、あの冷徹な紅い瞳を想像する。どう潤んだところで、あの魔王様から色気は感じられそうにない。いや、そんなもの感じようと思った時点で床に叩きつけられる。

 それだったら……。


「あたしは蒼い目のほうがいいと思うけどな」


 穏やかで可愛いと評判の領主様が熱で目を潤ませているほうが、ずっと色っぽく見えるだろうに。

 あれか? 冷徹な魔王様だからこそのギャップ萌えとか、そういうの?


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◆◇◆

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