61 【去り行く星々のための少歩舞曲~Menuett~・5】
著作者:なっつ
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どうやらあたしを此処に呼び、閉じ込めた張本人様のお出ましらしい。
ルチナリスはゆっくりと息を吐き、真っ直ぐにトトを見上げる。トトに見えるがこれはトトではない。フロストドラゴンが義兄の体を乗っ取った時のような、いや、あの時と同じだ。
「あたしの体が欲しいってわけね。でもそれならあたしが来るまで待っていなくても他に誰かいたんじゃない?」
何故あたしに白羽の矢を立てる気になったかはおいおい探るとして。これでも魔王様の妹歴10年、多少のことでは動じない。動じているようには見せない。
トトの足下には義兄と執事がいる。
あれからもうかなりの時間が経っているから、処置を施していた医者が相当のヤブでなければそろそろふたりも三途の川の川縁からは引き戻されているはずだ。
しかしまだ油断はできない。義兄の回復力が尋常でないことは知っているが、全身を聖女の光で焼かれたことなど今までなかったからどの程度回復しているかなんて見当もつかないし、そもそも意識が戻っていないのだから推して知るべし。
トト(の中にいる誰か)も彼らを人質にしているつもりはあるだろう。だからあの位置にいる。そしてあたしが自分の身を犠牲にして彼らを助けることを期待している。
ヒロインなら身を挺して助けるべきなのだろう。いや、ヒロインでなくとも仲間を助けるために自分が犠牲になりにいく話は多い。
しかし、だ。
生憎とあたしだって命は惜しい。
それに、そうして助けたところで義兄はあたしを覚えていない。感謝もされなければ思い返されることもなく、此処であたしが儚く命を散らしたことすら知らないで終わってしまう可能性も高い。
それに、もし覚えていてくれたとしても、義兄はきっと「良くやった」と褒めてはくれないだろう。むしろ「どうしてそんなことをするんだ」と怒るに決まっている。散々自分のことは犠牲にして来たくせに、あたしが同じことをしたらそう言うのよ。
そして何より! あたしがいなくなれば執事が思い描いているであろう薔薇色の(アブノーマルでしかない)未来とやらが実現してしまう。
奴の魔の手からお兄ちゃんを守る義務があるのよあたしには!
ルチナリスはトトの足下に倒れているふたりに視線を落とす。
いかにも大事と言わんばかりにしっかりと義兄を抱え込んだままの執事は、心なしか微笑んでいるようにも見える。もうこのまま心中エンドを迎えてもいい、という彼の心の声が聞こえる気がするのは、ガーゴイルたちに洗脳されて目が濁りきっているからでも、耳が腐っているからでもないはずだ、けれど。
不思議だ。
奴が義兄に執着するのは魔眼に魅入られたせいなのに。
偽りの気持ちでも20年以上抱えているとそちらを信じたくなるものなのだろうか。それともこれはただ単に忠義マシマシでこうなっただけのことで、心中エンド希望に見えるのはあたしの邪念のせいでしかないのか。
まぁ何にせよ死なれては困る。目のやり場にも困る。
あたしたちが此処を医者に任せて場所を移したのは、これを視界に入れたくなかった、ってのもあるのよ。離れろ執事!!!! ではなくて。
「あ、あたしがティルファ様の依り代だから待ってたってわけじゃないでしょ?」
いけない。どうにも話が脱線してしまう。
交渉は集中が鍵なのよ。あのふたりは視界に入れないようにしなくては。
ルチナリスは胸を反らし、顎を上げる。トトからしてみれば精一杯虚勢を張っているようにしか見えないかもしれないけれど、それでもいい。あたしのモチベーションを保つのにトトの主観は重要ではない。
交渉。
そう、これは交渉なのだ。
フロストドラゴンが義兄の体を乗っ取った時の執事を思い出すのよルチナリス!
それに、取って付けた言い方になってしまうけれどもトトも気になる。
義兄の体を乗っ取ったフロストドラゴンは、義兄の意識など深淵に沈めてしまった、と言った。あの時は執事がドラゴンを引っ張り出したから事なきを得たけれど、トトだって長くあのままにしておけば乗っ取られたまま戻れなくなるのではないだろうか。
どうしよう。あれもこれもと手を出せば結局何ひとつ成功せずに終わってしまう、というのは諺で言われるほど昔からのあるある話。
執事ならトトなどスパッと切り捨てて義兄ひとりを助けるだろうけれど、優柔不断なあたしはトトも義兄も執事も、全員救いたい。いい子ぶっているかもしれないけれど、切り捨てるのは後味が悪い。
『拾い物をする余裕まであるのか』
ロンダヴェルグが悪魔から逃げる時、途中で出会った少女を連れていたあたしにミルはそう言った。自分ひとり守る力もないのに、とその目は言っていた。
実際、その子は悪魔に変化して襲って来た。
ミルが咎めたのは、守る力がなければ共倒れになるだけだ、と言うことをあたしがわかっていなかったから。綺麗ごとで他人は救えないから。期待して落とすほうが残酷だから。
でも今回は違う。
トトに憑りついている誰かを引っ張り出すことはあたしにもできる。失敗すればあたしが代わりに乗っ取られるけれど、トトは救える。そのまま放置すればトトはトトでないものに変わってしまう。
あたしが自分を犠牲にしてトトを助けたところで、ミルは「そうじゃない」と言うだろうけれど。
ルチナリスはふよふよと宙を漂っている精霊を見上げる。
声はかなり低いのに顔はいつものこましゃくれた少年顔で、そのギャップがかえって気味が悪い。演技で悪役じみた声を出しているのかとも思ったけれど、そういう時は顔もつられて悪人顔になるものだ。それがないのは演技ではない証拠。
今のトトから感じる気味の悪さは、乗っ取られた時間が浅くて体と意識が分離していることからの違和感か、同化しすぎてあたしの知るトトでないものに変わっていることへの違和感か判断がつかないが……前者だと信じたい。
「あ、あたしの体が欲しいのなら、青藍様たちから離れてくれる?」
体が欲しいのなら、ってもの凄くエッチな表現だ。花も恥じらう16の乙女に何を言わせるのよ! と言いたいところだけれども、いい加減話が進まないし、トトは何も思っていないようなのでそのまま通すことにする。
意識するからエッチに聞こえるのよ。心に聖女を住まわせて邪念を吹き飛ばせば無問題!
ルチナリスは言いながら視線を下げる。
点々と並ぶ石のひとつを蹴って並びを崩せば簡単に解けそうな結界だ、と思うのは甘い考えだろうか。実際、あたしは入れなかったわけだが、あれは元々怪我人のために無菌室化しているわけだし、もしかすると頭から殺菌剤を被れば入れるようになるのかもしれない。
ただ残念なことに殺菌剤はない。
ならば、あの中にいるトトに出て来てもらうしかない。
動けない義兄と執事を引っ張り出すのは至難の業だし、できることなら結界は壊したくない。
壊さなければ義兄と執事の容態急変も防げる、と一石二鳥。
それに、今回の元凶はトト(の中の人)だ。
こいつがあたしを乗っ取ろうと思わなければあたしは今、こんなところに閉じ込められてはいない。義兄と執事が人質にされていることもない。
つまりはトト(の中の人)をどうにかすればあたしは部屋から出られるし、義兄と執事の治療も再開できる。
一石四鳥。うん、これはいける!
「お前が来い」
「青藍様たちは動かすと危険なの。その近くでいろいろするつもりはないわ」
案の定、トトは動かない。義兄たちを人質に取っているつもりなら当然だろう。
しかしあたしが折れては本当に体を取られて終わりだ。
わざわざあたしを指名するからにはあたしの体は奴にとって利用価値があると言うこと。それにトトでは無理だが、あたしの大きさなら今の義兄と執事の息の根を止めることもできる。力任せに蹴り上げれば腕でも足でも粉砕できる。
トトの中身が誰だかはわからないけれど、わからないからこそ、危害を加えないとは言えない。できるだけ彼らからは離したい。
それにしても何故あたしなのだろう。
ティルファの依り代と言ったのは犀だ。本人から「そうするつもりで選んだ」と言われたわけではないし、依り代に向いているとも思えない。
第一、依り代と言えば、普通は神下ろしをする巫女のことだ。幼少期から超常の力があっただの、魂が汚れないように神殿の奥で育てただの、言ってみれば生贄にするために育てられた義兄くらい徹底した世俗との切り離しが要るもので、どう間違ってもポッと出の村人Aが選ばれるものではない。
村人Aならせいぜい、雨乞いのための人柱がいいところ。「聖女候補の中でも特に若いから(意訳)」という犀の言からしても、依り代と人柱を間違えて認識しているとしか思えない。
それにロンダヴェルグに行ったこと自体があたしの意思だ。依り代に必要だから連れてこい、と指示されたソロネや勇者に引き摺られて行ったわけでも、騙されて連れて行かれたわけでもない。むしろ「嫌だったらやめてもいい」と言われたくらいだ。
魔界に来たのもあたしの意思。
ギリギリまで何の力も出せないでいるあたしを、執事は人間界に残そうとも考えていた。カリンにロンダヴェルグまで送らせるよう話までをつけていた。
だから矛盾が生まれる。
トト(の中にいる誰か)が他人の体を乗っ取るつもりでいたとしても、前述したようにあたしは確実に魔界に来るわけではなかったのだから、最初からその候補に上がることはない。
きっと最初は他にいたのだ。
その人の体を使うことができなくなったら、あたしに目を付けただけだ。
そしてもうひとつ。
先ほど、義兄と執事では動けるようになるまで時間がかかると言っていたが、それまで待てない理由は何だ?
どう考えたってあたしよりも彼らのほうが優良物件。魔力も戦闘力もあるし、知識もある。しかも乗っ取られようが抵抗できないときている。フロストドラゴンが義兄の体を乗っ取るために意識のない時を選んだように、今のうちなら楽勝で乗っ取れる。
乗っ取ってもすぐには動けないのが問題なのか?
ドラゴンとは違って意識がない相手は乗っ取れないのか?
それとも、卑屈で恨みがましいことが重要なのか?
このままのらりくらりと逃げ続ければ、時間切れで終わるのか?
……いや。
「重要」ではなくて「卑屈で恨みがましくなければ駄目」なのかもしれない。
執事は義兄が絡むと意味不明に前向きだ。
義兄は身分のわりに結構辛い育ちをした(執事談)らしいけれど、本人には全くそんな素振りはなかったし、その辛いはずの過去をきれいさっぱり忘れてしまっている。
だとすれば。
トト(の中の誰か)は最初はあたし以外の「卑屈で恨みがましい誰か」を乗っ取るつもりだった。
でも叶わなくなった。
だから偶然此処にいた中であたしを選んだ。司教の依り代がどうとかは、それを言われた時にあたしが絶望のあまりミルさんに暴言を吐いて意識不明になったことを覚えていて、それで揺さぶりをかけたのだろう。
認めてくれていたと思っていた人に裏切られた、と。
傍にいてくれた人もあたしを騙すためにいるのかもしれない、と。
心が傷付いて脆くなった時を狙うつもりだったに違いない。
フロストドラゴンとの交渉で執事は「自分はドラゴンと同じ氷属性だから、義兄よりも使える」と言っていたが、今も同じことが言える。
卑屈で恨みがましいあたしでなければ、トト(の中の誰か)は力が使えないのだとしたら。
だったらどれだけ魔力量が多かろうとも義兄や執事に食指が動くことはない。
彼らに「人質」以外の価値がなくて体を乗っ取られるおそれがないのだとすれば、あたしの対処も違って来る。
「何を考えている」
「より良い共存の道よ」
「……笑止。器の分際で」
「器は重要よ。どれだけ美味しいお茶っ葉だって、ちゃんと中でお湯がクルクル回るポットで淹れなきゃ不味くなるの。見た目が猫とか薔薇とかってかわいくても、回らなきゃ意味がないの」
「体を失くした後の貴様は消滅するだけだ。共存などない」
「そうかしら」
さて、ここまで考察ができればどう動くかは限られてくる。
トト(の中の人)に時間がないのだとすれば、餌を吊るせばフロストドラゴンのように食いついて来る。あたしを乗っ取ろうと行動を起こした隙に、
はて。
ルチナリスの思考が止まった。
それで、どうしたらいいのだろう。
執事は最後、弱り切ったフロストドラゴンを噛み砕き、逆に取り込んでしまった。
あたしもトトをふん捕まえて頭からバリバリと……違う。きっとその時にはトトの中から本体が出て来ているだろうからトトを丸かじりするわけじゃない。
けれど、あたしはただの人間だ。
魔族(と言うかそれを言ったのはフロストドラゴンだから魔族もそうなのかは知らないけれど、実際のところ執事はそれをやったわけだし)の皆さんのように、他人を食べたらその人の力が手に入るわけでもない。食べたところで体を健やかに保つ程度の役にしか立たないし、大半は数日後には排泄物として出されて終わり。人間というものは一生のうちに2tの排泄物を……ってそういう下ネタな雑学は置いといて!
下手をすれば胃を悪くするだけだ。
それに、そうして騙して取り込んで、それで彼はどうなるのだろう。
あたしを恨むことは間違いない。信用したのに騙されるのだから。
その恨みはあたしの中で燃え続ける。何時の日かあたしの中の闇と混ざり合って、あたし自身を闇に変えて。
そして何時か義兄か、義兄に変わる誰かの命を使って封じられて。暗い中であたしを封じた義兄を恨んで闇を深くして。手が付けられないほど巨大になって。
……それでは今と同じだ。





