3 【勇者が町にやってきた・1】
※ 挿絵があります。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
ノイシュタイン城下町は山の麓にある小さな町だ。
山の反対側は海が迫っているという、山も海もある美味しい土地柄……と言えば聞こえはいいが、開けていない土地というのは案外発展できないもので、此処も寂れた田舎町といった風情を醸し出している。
いや。一応は汽車の路線もある。隣町へ、ではあるが乗合馬車もある。
しかし寂れている。
本数が少ないせいかもしれない。増えれば活気づくのかもしれない。けれど観光地でもない田舎町にわざわざ来る者などいないから、増えようがない。
「ふう」
ルチナリスは町の入口で立ち止まると息を吐いた。
頭上に掲げられたアーチ状の看板には「ようこそノイシュタインへ」という剥げかかった文字が躍っている。町側から見ると「いってらっしゃい、よい旅を」と書いてあるアレだ。いかにも手書きのその文字が、ものすごく田舎っぽい。
この町に来るのも何日ぶりだろう。
城下町とは言え、此処は城とは全く空気が違う。城では嗅ぐこともない魚の臭いは、ああ本当に来たんだなぁ、という小旅行感すら感じさせる。
なんせ山の中腹にある城。仕事が早く終われば残りの時間は自由にしてもいいとは言え、ちょっとやそっとの暇で外に遊びに行ける環境ではない。行きは下り、帰りは上り、というのも出不精になる要因かもしれない。
現に今回だってマーシャさんのおつかいで来ただけだ。
空を仰ぐと白い雲が細い筋になって流れて行くのが見えた。まるで風の精霊が舞っているように軽やかに。片や、かすかに聞こえる波の音はセイレーンの歌声に似たメロディーを奏でている。
こんな町だから、本当に精霊を見たと言う人もひとりふたりではなかったりする。それが真実かどうかはわからないけれど、そう言いたくなる雰囲気に満ちている。
そう。
ごく普通にある海辺の田舎町にしか見えないけれど、この町はただの田舎町ではない。今の領主の茫洋とした性格を表しているかのように一見穏やかな……言い方を変えればつかみどころのない町だ。
ふわり、ふわり、と夢と現がないまぜになったような温かさはどこまでも曖昧で。でも、もしその精霊云々が本当なら、人間も人間ではないものも結構うまい具合に暮らしているのではないだろうか。
精霊というのは見た目はかわいらしいけれど、結構な気分屋で、気に入らなければ攻撃してくることもあるという。力の強さもピンキリで、虫に刺された程度の被害から、火災、津波などという天変地異に近いものまで。
そんな連中があちらこちらで「見える」と言うことは、見えない町よりもその数は多いだろう。母数を考えれば、こうして問題もなく平和に暮らすことができるのは「上手くやっている」ことの証だ。
他の町からすると精霊が昼日中に出てきたりするのはかなり異常なんだとか。
でも此処ではそれをいちいち問題にする者はいない。
領主の居城が悪魔の城なんて呼ばれているくらいだから、その手の話題には慣れているに違いない。
そんなこんなで「おつかい」も終え。折角来たんだもの、店先を見て歩く程度はサボりにはならないわよね、とちょっとだけ寄り道をしてみたりして。
八百屋の若奥さんが売っている林檎のシナモン焼きに心惹かれたり、洋装店に飾られたワンピースやエナメルの鞄にそれを着た自分を想像したり。そんなかなり迂回した帰り道の道中、小間物屋の店先に蒼というには明るめの色をしたリボンが風になびいているのが見えた。
その色に義兄の瞳の色を思い出す。あの深い蒼は、光が入るとこんな色になる。
「あら、るぅちゃん、久しぶりねぇ。領主様はお元気?」
立ち止まったあたしに小間物屋の女店主が気づいて声をかけてくるのもいつものこと。
子供にとっては八百屋や魚屋より雑貨が並ぶ店のほうが魅力的に映るように、あたしも小さい頃からよくこの店先をのぞいていた。小銭を握り締めて初めての買い物をしたのもこの店だ。つまり所謂「顔なじみ」。
義兄に連れられてこの町に来たあたしにとって、この女店主は数少ない顔見知りと言える。
「最近、領主様を見ないから心配してたんだよ。ノイシュタイン城の悪魔に苛められてるんじゃないかってね」
「そんなことないですよぉ」
笑いつつも執事に散々小言を言われまくっている義兄を思い出した。
ある意味、苛められている。
女店主は頬に手を当てて城のある山の中腹を見上げると、
「そうは言ってもね、あのお城気味が悪くて……あぁ、るぅちゃんの前で言うことじゃないんだけど。先祖代々の城だかなんだか知らないけどもうちょっと明るくならないのかねぇ」
と呟いている。
鬱蒼とした木々に半ば埋もれている城は、昼日中だと言うのに胡散臭くて、そう思いたくなる気持ちもわからなくはない。と言うより同感だ。ルチナリスは女店主の言葉に深く頷く。
あの城の外観をどうにかしてくれ、と、何度義兄に言ったことだろう。その度に「後でねー」とか「考えとくー」とかと適当にはぐらかされてきた。
例の玄関ホール同様、手が付けられないのかもしれないが、領民が気味悪がっています、と訴え出ればもう少し考えるに違いない。第一、城主の義兄が御自ら掃除することなどないじゃないか。予算が足りないのか? だったらあたしも手伝うのに水くさい。
何もテーマパークを目指しているわけではないのだ。人間だって整形しろとまでは言わないけれど、他人から不快に思われない程度の小奇麗さを保つのはマナーでしょ? それと同じよ。
そんな思いを胸に城を見上げていたあたしの視界の端で、光が反射した。
目をやると鎧を着た集団が通りを歩いている。光ったのは剣士の鎧か、額あてに付いた宝石だろう。いでたちからいって、この町によく訪れる冒険者の一行に違いない。特に名前を明示しながら歩いているわけでもないので、町の人たちはこのような集団はひとくくりに「勇者様」と呼んでいる。
大袈裟な呼び名だが本人たちがまんざらではないようなので、そう呼ぶことが定着している。
悪魔に精霊に勇者様。
ファンタジーの世界を地でいっている町ってあまりない。現に隣町のゼスや数駅離れたオルファーナには、ほとんど勇者様は現れないらしい。
「また来たわね、勇者様。今日は多いわね」
女店主は眩しそうに、通りを歩いて行く一行を見やった。
彼らはこの町で食糧や薬草を買い、宿に泊まり、武器防具を調達する、所謂お客様。1日で数万~数10万Gのお金を落としていってくれる。此処は彼らのおかげで潤っている、と言っても過言ではない。
さあ、ここで「あれ?」と思った聡明な方はいるだろうか。
勇者は来る。お金も落として行ってくれる。だが、何故か徒歩でやって来る。
そう! 彼らは汽車も乗合馬車も使わないのだ。
鎧のせいで椅子に座れないのか、その前に出入口でつかえるのか。そもそも武器を携帯しているから乗車拒否されるのか。剣と魔法のイメージに汽車や馬車は合わないと敬遠されるのか。
とにかく彼らは徒歩で来る。
穏やかな町には不釣り合いすぎる鎧が、日の光を浴びて鈍く光る。
その傷み具合からかなりの修羅場をくぐって来た猛者であることは、戦闘経験皆無なルチナリスでもわかった。「城のまわりでスライムを倒し続けてン10年」で経験値を稼いだのではない。ドラゴンやひとつ目の巨人のような、一生に一度出会えるかどうかと言う怪物を相手にしたこともあるに違いない。肩を並べて談笑している弓使いと僧侶もそれなりに強そうだ。
生憎とステータスを見る能力などという厨二まっしぐらな能力の持ち合わせがないので、「強そう」としか言えないが。
それにしても、近くに有名なダンジョンでもあるのだろうか。そうでなくて、こんな片田舎に何の用があると言うのか。
そんな疑問を浮かべるあたしの隣で女店主は、
「早く悪魔を退治してほしいものよねぇ。そうすれば領主様も安心して暮らせるのに」
と、ポツリと呟いた。
「悪魔退治?」
初耳だ。この町には悪魔が出るのだろうか。
でもその割には、町の人々に暗い影はまるでない。