47 【反撃の交響曲~Sinfonia~・4】
著作者:なっつ
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「……兄上」
弟が口を開く。
「兄上はそれで宜しいのですか?」
流石に回復するには十分な時間が経っているらしい。見れば、意識もはっきりとしているような顔をしている。
辛うじて目元に笑みは残っているけれども、何処か案じているように見えるのは、つい今しがた口にした問いのせいだろう。前述したが、弟の魔力を封じている指輪はその力を外に出せなくするのみ。自身の体力や疲労を回復させ、毒を抜き、完全な状態に近付ける「回復力」には影響しない。
「何が言いたい」
やはり命乞いか?
たったひとりの弟を闇の餌にすることに良心が痛まないのか? と聞きたいのか?
だが、どう問われようとも今更私は意思を違えることはできない。
弟を犠牲にしなければならない状況を前に大抵の兄は痛むと答えるのだろう。
しかし弟が生まれ落ちた時、私は既に成人していて「共に育った」とは言い難かった。感覚としては年の離れた弟と言うよりも遠い親戚の子供、いや、近くに住んでいてよく顔を見るだけの赤の他人、と言ったほうが近い。しかも次期当主の座をかけて競っていたのだから、抱く感情も非好意的になると言うもの。
弟の気性ならば私を蹴落として当主に上り詰めるつもりなどなかっただろうが、犀やアンリを始めとする周囲の者がそれを許さなければ同じことだ。
確かに弟は犀から私以上の知識を授かり、アンリから私以上の戦術を学んだ。
虫も殺しそうにない顔の裏で謀略を練り、たったひとりで行動し、敵を壊滅させることも、与えられた知識と彼自身の持つ魔力があれば可能。記憶を失くしたことで甘い考えをしなくなった弟ならば、なおのこと片腕として役立ってくれることだろう。
だが、私はそんな弟でも切り捨てることができる。
予想外の笑みに絆されて延命を選びそうになった過去の自分に「ほらみたことか」と嘲笑を向け、それすら顔には出さずに紅竜は弟を見下ろした。
弟はただ犠牲になるわけではない。私が進む道を盤石なものにするための礎となるのだ。
そして礎となった後は闇と同化する。
父や第二夫人、キャメリア、ジャンにメリサの後を追え。いずれそう遠くないうちにアイリスや犀、アンリ、そして義妹や飼い犬も送ってやろう。
――ソウダ。全テハ 無ニ 還ル。
他者と争うこともない。
他者と比べられることもない。
少なくともあのモブ娘は喜ぶだろう。生まれ落ちた時から散々他者と比べられ、その度に自分の不幸を実感してきたのだから。
比べられることがないと言えば、今の腐った貴族どもの考え方にも通じる。可もなく不可もなく、無能も有能もなく、皆で仲良く混ざり合ってしまえばいい。
「兄上、」
ああ、その目。
10年以上前、あの犬を庇って私の前に立った時の目とそっくり同じじゃないか。
お前でも私の意思を完全に汲むことはできないのか?
私がなし得ようとする未来は、決して私ひとりが益を得るためのものではない。むしろ魔界全土に等しく幸福をもたらすであろうこと。そしていずれは人間界にもその余波を届けることができるであろうと言うのに!
「義妹と犬は見逃せ、と? お前に会いたいばかりにこんなところまでやって来るのだからむしろ望んでいるのではないのかい?」
そう、義妹だけではなくあの犬も。
生きているうちはどうしたところで手に入らない天上の鳥を欲した獣だ。分不相応な望みを叶えてもらえて有難いと涙を流して感謝こそすれ、歯向かうなどお門違いも甚だしい。
だがそれも許そう。愚かな獣の知恵など私の考えになど及びもしないから、目先のことに囚われて青藍を奪い返すことしか思いつかないのだ。
奪い返して何になる。追われ続け、陽の下を歩くことも、定職について賃金を得ることもできず、疲弊と貧困で体力と精神力を削られた挙句に野垂れ死ぬだけ。
その過程で奴は必ず青藍を手に入れたことを後悔する。日陰者になる原因となった青藍を逆恨みし、呪いの言葉を吐くようになる。
そんな不幸な未来を選ぶくらいなら、
――ヒトツ ニ ナッテ シマエバ 手ニ 入ル。
そうだ。身の丈をわきまえずに抱いた手が届くはずのない願いが、私なら与えてやれる。ひとつになってしまえば伸ばした手の先にある距離を感じずに済む。
いわばこれは救済だ。
かの聖女にすらなし得なかったことだ。
「だから、」
「兄上がそれで宜しいのなら」
弟は再び笑みを浮かべた。
「私は兄上のために生まれ、兄上のために生き、兄上のために死ぬ運命と心得ております」
「……そうか」
あっけない肯定には少々、いや、かなり拍子抜けした、と言っても過言ではない。
幼い頃から反抗の芽を摘んでおいた甲斐があったというべきか、隷属する呪いが未だに解けていないだけかはわからないが、弟自身は私のためにその身を差し出すことには何の抵抗もないように見える。
だが、義妹と飼い犬に対しても、それが彼らにとっての最良だとわかってくれているのだろうか。「私は」という台詞からして彼らが巻き込まれることは別と思っている節がないわけではないが……何にせよ、抵抗もしないというのならこちらが気に病むことなど何もない。妙なところで正気に返って死に物狂いで抵抗される前に、また絆されそうになる前に、ケリを付けてしまえばいい。
ふたりの周囲を蔓が取り囲む。
輪を狭めて来る。
指示すればすぐにでも弟に絡みつき、その魔力を搾り取るのだろう。むしろ今まで遠慮したことなどないのに、今回に限って遠慮しているように見えるのが可笑しい。生きて話ができる最後だから、と気を使ってくれているのか……植物まがいの見てくれの奴にそのような配慮ができるとは思ってもみなかったが。
「兄上がお望みなら」
蒼い瞳が紫がかった紅に染まっていく。
「いいのか? あの犬が泣くかもしれないぞ?」
「犬、とは?」
「………………いい。知る必要のないことだ」
ついそんなことを口にしたのは、犬に対する対抗心か。決して弟が自分を拒絶するはずがない、最後には犬よりも実の兄を選んでくれるに違いない、という願望からか。
だが懸念は懸念でしかなかった。
弟の中にはもう「義妹」も「飼い犬」もいない。だから彼らの名を出したところで何の反応もなかったのだろう。
まぁ、そんな些末はどちらでもいい。ただ、私を選んだことだけが間違いない事実として此処にあればそれでいい。
「お前は本当に私のものになるのだな。その身も、決して従わなかったその心までも」
見てごらん、キャメリア。やはり私は正しかった。
他に誰もいない世界なら、この弟ですら私を見る。微笑んでくれる。





