15 【逃亡者は再会の輪舞を踊る~Rondo~・7】
著作者:なっつ
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でも。
「し、師匠はそれが仕事だったんだもの。しょうがないじゃない」
あたしは間に立ったまま、勇者と師匠の双方を順繰りに見比べた。
欺瞞だ。実の両親と養父を悪魔に殺されたあたしが言う台詞じゃない。それはわかる。痛いくらいにわかる。
――ソレデ イイノ?
いいわけないじゃない。余程DVを受けていたとかでもなければ、親を殺されて「しょうがない」で済ませられる子供がいると思う?
あたしは心の声に――心の中のもうひとりの自分の声に否定で返す。
こうして口に出していても、自分自身納得できない部分はある。何もかもを許せる大人の対応? そんなもの糞くらえだ! と思う。
でもそれを言うなら、人間だって同じ。オルファーナであたしを襲った3人は皆、人間だった。あたしを襲わないとその日生きていくことすらままならない、なんて切羽詰まった事情があったわけでなく、ただ単に面白がって、いたぶるつもりで襲って来た。
洗濯物がたくさんかかっているのに誰ひとり住んでいないはずがない。路地を抜ければ普通に往来がある通りがある。なのに、どれだけ大声で助けを呼んでも、誰も助けてはくれなかった。
助けてくれたのは義兄と、スノウ=ベルだけ。
人間じゃない、ふたりだけ。
「師匠が攻撃したって言う町の人がどう思ってるかは知らない。でもその誰かのために、"勇者様は”師匠を切れるの? その人はもしかしたら復讐なんて望んでいないかもしれないのに」
「それじゃあルチナリスさんは、彼らを許せるの? ミバ村があんなになったのはきみの大好きなお兄ちゃんと師匠の仲間だよ。もしかしたら親や兄弟かもしれない。手を下していないだけで知っていたかもしれない」
勇者は1歩、歩を進めた。
闇に呑まれていた彼の半身が現れる。
「許せるの?」
「許せるわけないわよっ!!」
あたしは拳を握る。
歯も食いしばりたかったが、それでは喋れない。だから手を。ギリリ、とできるかぎりの力で握る。爪が手のひらに食い込むのがわかる。
「許したくなんかないわよ! あの日、悪魔が来なかったら神父様は無事だった。でも、それを青藍様や師匠にぶつけてどうするの?
怨んで怨んで怨んで、それで復讐するの? 復讐され返されるの? で、また復讐するの? 復讐されるの? ずっと、ずっと、命尽きるまでそうして怨んで復讐して終わるの?
あたしはそれ以上のものを青藍様から貰った。だから、もう……許したい。の、よ」
怨むのも復讐しようと思うのも簡単だ。怨まないでいるのは辛いし、自分に嘘をついているみたいで気持ちが悪い。いい子ぶってると思われるのも癪だし、いい子ぶりたいわけじゃない。
でも、そのために話をわかってくれそうな人まで排除したら先には進めない。
「……少し、保留にしておくよ師匠」
勇者は唇を噛むと構えていた剣を下す。
しゅるり、と影が引いたように見えた。
その姿にほっとして、あたしも背後に立つ師匠を振り返る。
そして。
「……!」
師匠のさらに向こう。
そこに、義兄がいた。
「るぅ」
目の前の人の口がそう動く。優しい笑みを浮かべて。
「青藍様!?」
いきなり現れた義兄にルチナリスは息をすることも忘れて固まった。
司教を襲った時の彼とは全く違う、ノイシュタインにいた頃の、自分の傍にいてくれた義兄の顔。お兄ちゃんでお父さんで、あたしが好きだった――
ふらり、と足が浮く。1歩。
しかしそのまま駆け寄ろうとしたルチナリスの腕を、勇者の手が掴んだ。
「何するの!」
「あの人が本当に領主様だって証拠がない」
「何言ってるの? 他の誰があたしのことをるぅって呼ぶのよ」
「よく考えなよ。僕らはあの人を追って来たんだよ。それなのに、なんで後ろからあの人が来るのさ」
「そんなこと、」
気配を消してきたのよ。青藍様ならよくやることだわ。
ノイシュタインにいた時だって何時の間にか背後を取られてたことなんていくらでもあったもの。
るぅ、って後ろから抱きついてくるのよ? 子供みたいに。
ルチナリスは義兄を振り返る。
ねぇ、そうでしょ? お兄ちゃん。
「るぅ、おいで」
そんな心の声に応えるように義兄がゆっくりと手を差し伸べる。
あの手だ。義兄も執事も、まわりにいた人たちが人間じゃないって知った時、それでも一緒にいたいって願った時に差し出してくれた手。
あの日にあたしは誓ったのよ。
青藍様がもっと笑ってくれるように、って。
「待て! ありゃあ罠だ!」
なのに、勇者だけでなく師匠までもが自身の身で盾になるようにあたしの前に立ち塞がる。
「渡り廊下の時の、ポチを誘い出した時とまるっきり一緒じゃねぇか! 嬢ちゃんはポチほど丈夫じゃねぇから危、……っ!」
喋っている途中で、だが、師匠は痺れたように口を止めた。いや、本当に痺れているのかもしれない。手足が小刻みに痙攣し、体も硬直している。
その横をルチナリスはすり抜けた。
「ルチナリスさん、駄目だっ、」
掴まれていた腕も、そんな声と共に解放される。
ああ。
こういうの、童話で読んだことがある。
邪魔しようとする人は皆、動けなくなるのよ。それが魔法なのか天罰系の何かなのかはわからないけれど、そんな超常現象の中をすり抜けて女の子は王子様の元に向かうんだったわ。
あたしはただのモブで姫でも何でもないけれど、一生に1度くらいはこんな夢みたいな奇跡が起きてもいいじゃない。
だって此処は魔界。魔法の世界。現実ではない夢の世界。
そしてあたしは、青藍様の妹。
また一緒にいてもいいのよね?
戻ってきて、くれたのよ。ね。
あたし、信じてた。ちゃんと、信じていたわ。
足を進める。黙って手を差し伸べている人へ。
よろよろと足を引き摺りながら、それでも必死にその手を取ると、義兄は笑みを浮かべた。
だが。
それもほんの一瞬だった。
差し出していた義兄の右腕で、突如黒い渦が渦巻いた。
黒い炎。黒い、花弁。
そしてその黒は竜の形になっていく。竜に吸い込まれるように義兄のみぎうでもぽろぽろと崩れ、黒い霧に変わっていく。
腕だけではない。
体も。笑みを浮かべたままの顔も。
義兄を呑み込んだ霧は生き物のようにうねり、ルチナリスの体に巻きついた。そして。
「あれだけ罠だと言われていて引っかかるとは愚かにもほどがあるな、聖女とやら」
突如、勇者でも師匠でも義兄でもない人の声が響いた。
聞き覚えのない、でもこの口調は知っている。これは、
霧が濃くなっていく。人の形に集まっていく。
でもその形は義兄とは違う。
黒いだけだった中に色が浮かんでくる。
光を弾くような豪奢な金と……銀で縁取られた黒は服だろうか。胸元や襟には紅い輝きが見える。
紅。
目を刺すその色は禍々しさすら覚える。
あれは鳩の目。
魔王の瞳。
ミルの剣に付いていた石。
この城のメイドの襟元に付いていたリボン。
あの色は。
あの色が表わす者は。
「……紅、竜……」
「紅竜”様”と呼べ、汚らわしい人間の分際で。わざわざ私自らが出向いてやっていることを光栄に思え!」
彼は淀んだ血色の目を細めると、ルチナリスの首を片手で掴み、そのまま持ち上げた。振り解こうにも足は宙を蹴るばかり。首を絞められているので力も入らない。
動けないままでいる師匠たちと分かつように、ルチナリスたちの周囲で床が砕けた。亀裂から何本もの黒い蔓が噴き出し、彼らとの間に柵を作っていく。
「先ほど聞きそびれたから改めて聞こう。何をしに来た。私を滅ぼしに来たのか? お前たちも」
「何、の、ことよ。あたしは、青、藍様を、」
「キャメリアに何と乞われて此処に来た。何が目的だ」
「あたしは、」
あたしはただ青藍様に会いに来ただけ。あの人が本当に自分の意思でノイシュタインを去ったのか、それが聞きたかっただけ。
この男がどんな理由で義兄を連れて行ったとしても、そんなことに興味などない。
「私から青藍を奪い返しに来たと言うのか。今まで生かしておいてやった恩も忘れて」
「あたしを生かしたのは……青藍様と、第二夫人、だわ。……あんたじゃ、な……」
捕まれ、吊り下げられている首からミシ、と音がした。
あぁ、こういうのを後何回かやったらきっと死ぬ。
筋を違えたのだろうか。首筋がつったように痛い。
「 !」
勇者の声が聞こえた。
残った気力で僅かに目を向けると、黒い蔓を切ろうとして剣を叩きつけている姿が見えた。
動けるようになったのか。それとも気力で動いているだけなのか。きっと後者だろう。一振りごとが辛そうだ。その隣で師匠も蔓を両手で掴み、曲げるか引き抜くかしているように見える。
だが、ふたりがかりでも蔓はびくともしない。
確か魔女事件の時も、勇者はこうして行動を遮ろうとする蔓を切っていた。
その時は軽々と叩き切っていたようだが今回は勝手が違うらしい。さすが紅竜が操っているだけのことはある、なんて感想を思う。死にかかっているのにのんびりとしたものだ。頭に血が回らなくなっているのかもしれない。
「聖女がわざわざ魔族を取り返しに魔界に来るなど、誰が信じる?
他に理由があるのであろう? 答えろ! お前ら人間も私より青藍のほうが優れていると、そう言うのか? あれと手を組み、魔界を乗っ取るつもりか!?
ああ、そうか。懐柔して、逆に魔族を滅ぼすつもりか」
その間にもギリギリと首は絞まっていく。
紅竜は何を言っているのだろう。魔界も魔族も、此処が歴史のある家であろうともあたしはいらない。必要ない。
ただ、義兄に会いたいだけ。話がしたいだけ。そうしないとあたしの気持ちがおさまらない。1歩前に出ることもできない。
それなのに。
それなのに……。
「世界が欲しいならくれてやるわ! だから、青藍様を返して!」
その時だった。
パキ、とルチナリスの頭の後ろで音がしたのは。
天使の涙に何かあったのだろうか。そう思う間もなくあたりが白くなっていく。
天使の涙が発動している。
でも此処に義兄はいないのに。
過去の自分とは違う。メイシアの加護を受けた自分はもしかしたらひとりで力を発動することができるかもしれない。そう思ったこともあったけれど、白く光って終わる可能性だって捨て切れない。
そして紅竜を前にそんなハッタリを噛まそうものなら、機嫌を損ねられて何をされるか。
紅竜は目を見開き、それからにやりと笑った。
やはり光ったからと言って目に見える効果はないようだ。聖女は悪魔を浄化できる、と聞いていたのに、ダメージひとつ与えてはいない。
ルチナリスを吊り下げたまま、紅竜は何処ともなく視線を向ける。考えていたかのようでもある。
どのくらいそうしていただろう。紅竜は漂わせるままになっていた視線をルチナリスに向けた。
「……なるほど」
腕を曲げ、顔を近付ける。
恐怖もあるが、それより息苦しさのほうが限界で、ルチナリスは動くこともできない。
「礼を言うぞ、聖女。私のために早速役に立つとは。ただの汚ない小娘だと思っていたがなかなかの女だ」
何?
どういう、こと?
あたしは何もしていない。紅竜が聞きたがっていたことも知らない。答えてもいない。なのに。
「その子を離せ!」
蔓の向こうで師匠が叫ぶ。
さも煩い、と言わんばかりの顔で紅竜は手を閃かせた。
鉄の檻と化していた蔓が一気に砕け散る。砕けた破片の1粒1粒が細かい刃になって師匠と勇者に浴びせられる。
そして、どのくらい経っただろう。
蔓の刃が底をつき、勇者たちは顔を上げた。
しかし時すでに遅し。紅竜とルチナリスの姿は消え失せていた。





