10 【逃亡者は再会の輪舞を踊る~Rondo~・2】
著作者:なっつ
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不安だ。
視界が上下に揺れる中、ルチナリスは自分を抱えている中年男とその傍らを走るフルアーマーとを交互に見比べた。
念願のお姫様だっこなのに微塵も嬉しくないのは若い美形ではないから、と言うのが失礼なことだとは重々承知しているが、この10年、若い美形な男の顔だけを見て、そういうシチュエーションを夢見れば大抵相手は美形の男が浮かぶ環境で育ってきたのだ。大目に見てほしい。
なのにその男どもと恋愛フラグが立つことは1度もなく、それどころかそいつらは度々ふたりの世界に入り込んで、あたしひとりが蚊帳の外。そんな境遇だったのだから! 大目に! 見てほしい!!(2回目)。
と、まあ、それはさておき。
有無を言う暇もなくこうして連行されているわけだが、彼らは本物だろうか。
なんせ勇者の偽物に弄り殺されそうになったばかり。しかも感動の再会も何もなく、まるで借りもの競争のお題メモに「ルチナリス」と書いてあったかのような、もしくは障害物リレーの途中に「ルチナリスを抱えて運ぶコース」が設置されていたかのような……つまりは「途中ではぐれた娘が別の場所に転がっていたことを全く不思議がる様子もなく連れて行くのはおかしいんじゃないの?」という不自然さが彼らの素性を疑わせる。
事前に「この先の角を曲がったらルチナリスが転がっています。拾いましょう」と教えられてでもいない限り、「何故此処に?」くらいは問うのが普通。片足血みどろで倒れているのだ、赤の他人だって5割は声くらいかけて来るだろうに何故何も言わない!?
遠慮か?
プライバシーに踏み込むのは失礼だと遠慮しているのか!?
でもそんな問いかけすら遠慮する仲なら、トトを起こしたいからって「南国娘なコスプレをして歌え」なんて無茶振りしては来るはずがない。
そして気になることがもうひとつ。
執事は何故いないのだろう。
渡り廊下の崩落ではぐれたのか。だったらどうしてこのふたりは合流できたのだ? どう考えても近い位置に落ちるであろう執事とはぐれるのは、勇者と合流する確率よりも低いのに。
あの頃、勇者はミルの助太刀をするために自分たちとは離れていた。
助太刀の成否はともかく、終われば(あたしたちがいるであろう)渡り廊下まで戻ってくるのが妥当だし、戻ってくれば渡り廊下手前で座り込んでいたあたしとかち合うはずだ。
あたしが偽物に連れ出された後で戻って来たのだとしても、道中ですらすれ違わなかった。ということは、勇者はミルの元に行ってから戻らずに別ルートを進んでい可能性が高い。
別ルート=渡り廊下の真下である地上?
いや、それはない。
前もって渡り廊下が落ちることを知っているわけでもなければ、わざわざ階下に降りて、屋外に出るなどという遠回りルートを使う意味がない。
考えれば考えるほど、この勇者は偽物に思えて来る。
師匠はこの偽物に騙されて動いているのかも……いやその前に、この師匠も偽物である可能性が拭えない。
こうして連れていかれた先に、また紅竜が待ち構えていないとは限らない。今度は偽勇者と偽師匠と3人がかりでいたぶって来るかもしれない。
「お、下ろして!」
「いでっ、ででで」
そう思うと居ても立ってもいられず、ルチナリスは両手で師匠の頭を押し退けた。抱えられているのだから居もしなければ立ってもいないじゃない、なんてツッコむ声は遥か彼方に投げ捨てて。
傷口が塞がったとは言え、左足の稼働率は10%ほど。このふたりからは逃げられない。それでも紅竜の前に――逃げ場のない部屋に――連れて行かれるよりはましだ。
抱えていられないほどに暴れたからだろうか。師匠はおとなしく足を止めた。しかし下ろしてはくれない。
「あのな」
それどころか説得するようにルチナリスを見据えた。
抱えられているから顔が近い。でも当然のことながらときめかない。ああ、師匠の顔だけでも義兄に変えられればいいのに! なんてやっぱり激失礼なことを思いつつ、ルチナリスは目を逸らす。
「今回は撤退だ。ポチからトトを預かってるから嬢ちゃんとエリックは人間界に帰れ」
「帰れ、って」
トトを預かっている、ということは執事は人間界に戻ることをやめた、ということだ。
まさかとは思うがミルの時のように敵を前にしてひとりで残ったのだろうか。
奴の場合、義兄がいれば環境にはこだわらない、という理由で魔界に残ることを決めたとも考えられる。つまり、敵の幹部が寝返って味方につく例があるように、味方だった執事は敵サイドになった、と。
現にあたしたちの味方であったはずの義兄は、ロンダヴェルグと司教を襲い、あたしにまで攻撃をしかけてきている。義兄が白と言えばどれだけ黒かろうと白と言いかねない執事だ。義兄恋しさに寝返らないわけがない。
「今度はちゃんと力付けて、エリックも腕を磨いて、最低でも一個小隊くらいの仲間を引き連れてから来い。いいな」
やはり少数精鋭すぎたのだろうか。
それでも城の住人だけなら対応できたのだろうが、時期が悪かった。
敵だって一枚岩とはいかない、と思っていたけれど、道中で襲い掛かって来た人々の様子を考えれば、個々の意思など関係なく紅竜の意のままに操られて動いていると考えられなくもない。
そして今、婚儀に参列するために魔界中から人々が集まって来る。いわば敵側の兵士はいくらでも補充が効く。
だが、師匠は次があるようなことを言ったが、本当にそれでいいのだろうか。
人間界に逃げ帰ったところで、そこで自分を鍛える余裕などあるとは思えない。
執事は義兄に会って話をしたというだけでその後何年も密偵に付きまとわれ、家族まで傷つけられた。義兄を取り戻すと公言し、城に忍び込み、中で何度も乱闘騒ぎを起こしたあたしたちを紅竜が見逃すとは思えないし、逆に人間界のあたしたちはどれだけ攻撃されようとも「魔界にいる紅竜」には手が出せない。
そしてその間も闇は増え続ける。
魔界だけが闇に染まるのならまだしも、メグのように人間界に飛び火してこないとは言えないし、むしろ積極的に闇を送り込んできそうだ。
義兄にしても、今はまだ生きているからと言って、今後も無事でいる保証はない。紅竜は気に入らないとサクッと処分してしまう人だと聞いている。
つまり、先延ばしにすればするほど、自分たちは不利になる。
「今進まなきゃ無理だと思、」
「だから自分たちが犠牲になるのか? 前に闇を封印した時だって、何人の命を犠牲にしたと思っていやがる」
言いながらも、しぶしぶと言った様子で師匠はルチナリスを下ろした。
そして肩をボキボキと鳴らしながら(自分が重いせいで肩が凝ったから抱えていられなくなった、ではないと信じたい)、師匠は窓の外に目を向けた。
もしかすると当時犠牲になった中に知り合いがいたのかもしれない。
だ、けれども。
「でも今なら紅竜様って人を何とかすれば、まだ」
師匠は次と言ったが、次なんてない。
力を付けて、腕を磨いて、1個小隊の仲間を引き連れて此処に現れる者が今後いたとしても、それはあたしたちではなく別の勇者になるだろう。
だが別の勇者――つまり他の人間たちは魔族に怨みしか持っていない。
魔界が闇に呑まれそうになっていることを知ってもいい気味だとしか思わない。
義兄のことにしたって、知り合いでもない赤の他人(しかも魔族)のために命を賭けようなんて思う者がいるものか。
だから。
言い換えればあたしたちが此処で脱落すれば、「次」なんて何処にもなくなるのだ。
「簡単に言うな。紅竜が何処にいるのかもわかんねぇのに」
「わかる」
仏頂面の師匠を遮り、ルチナリスは彼が眺めていた窓の外を指さした。
「あたし、少し前まで紅竜様って人と一緒にいたもの。あの部屋の窓も同じ高さに月が見えた。でも下のほうに見える森の、1本だけ高いあの木。あの木はもっと右端にあったわ。
だからあの人のいる部屋はこの階。そして」
窓の外を指していた指をそのまま廊下の先へ――今まで師匠に担がれて走って来た廊下を戻っる方角へ――向ける。
「この廊下をもっと戻った先だと思う」
暫くの間(9月上旬くらいまで)、日曜のみ更新はお休みさせて下さい。
休みがないので体力と精神力が持ちそうにありません。





