5 【風の行方・5】
著作者:なっつ
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「此処は氷室なのよ」
リドに先導されて、カリンとウィンデルダは暗い通路を歩いている。
暫く下り坂を下り続け、今歩いているのは平坦な道。しかし周囲がいかにも「掘りました!」とばかりの岩肌しか見えないので、平らなのか傾斜があるのか、感覚からしてわからなくなっている。
距離だけはかなり歩いた。多分、集落の外に出てしまっているのでないだろうか。
家や畑の下に大きな穴を掘って地盤沈下でもしたら事だから町外れに作ったのかもしれないが、本当に氷室に向かっているのか、リドを信用していいのか、目の前の彼女はリドに化けた何かだったりしないのだろうか、と疑問は次々に沸いて来る。
そもそもこんな大きな氷室なんて聞いたことがない。
氷問屋の中には洞窟で氷を保存する者もいるらしいが、このように穴を掘って氷室を作るのは稀だ。掘るだけでも労力が半端ないのに、穴の奥は空気が届かなくなるし、生き埋めになるおそれもあるし、素人にできるものではない。
だからと言って職人を雇うにしても膨大な金がかかる。
この町は悪魔の城があるせいで、年がら年中冒険者が訪れては金を落として行ってくれるから近隣町村よりは潤っている、と聞いたことがあるけれど。
しかし何故氷室?
魚なら毎日獲れたてが食べられるし、近くに山まで付いているのだから野菜にも肉にも困りはしないだろうに。
「お隣のゼスがね、夏に氷を出して大儲けしたでしょ? あれを見て町長さんがうちもやろう、って言い出して」
リドが言うには、海水浴が大当たりした隣町に便乗しようと言うことであるらしい。
隣町に行くにはノイシュタインにまで汽車で来て、駅前から乗合馬車に乗る必要がある。徒歩圏、馬車圏以外の客は全てがノイシュタインを通る。
ただの通り道に甘んじるのは勿体ない。
でも砂浜のないノイシュタインでは海水浴客は呼べない。
ならば大当たり要因のひとつでもある「夏に冷たい甘味」だけでも真似しようじゃないか!
と言う町長の鶴の一声で、この氷室計画が始まったのだとか。
職人を呼び、町民も総出で手伝い、そして穴は完成した。
今は冬の間に凍った湧水やら雪やらを掻き集めては貯める作業の最中で……悪魔に襲われたのもちょうどその作業中だったのだと言う。
「ってことは、皆無事、ってこと?」
「流石に全員ってわけにはいかないよ。小っちゃい子や店番で作業に参加できなかった人もいたし。でも6割くらいは逃げられたんじゃないかな」
全滅よりはよかったよね、と微かに笑うリドに、言葉どおりの喜びは感じない。
襲われたら全滅前提の人間狩りで6割も生き残ったのは喜ばしいことだが、それ以上に亡くなった人々に対する申し訳なさを背負ってしまっているのかもしれない。
ロンダヴェルグでも見かけた。「自分よりも、未来のある子供が生き残ればよかった」、「稼ぎ頭の夫が生き残るべきだった」と嘆く人々を。
「……でも生き残ったのはいいことだわ。綺麗ごとだけど、生き残った者にはまだやることがあるから生き残ったのよ。嘆いていても何も変わらない」
「やることが……そうよね。きっと、だから生きてるのかもね」
「リド?」
何かにひとりで納得しているリドを横目に、カリンは背後を振り返る。
リド登場以来空気と化しているウィンデルダはどうしているのかと見れば、自分たちの話になど全く興味もないようで、物珍しげに壁を触りながら歩いている。
あたしはジルフェからあの子を託された。冒険者から足を洗った今、あたしが生きるのはあの子を生かすためだ。
生き血だ肉だ鱗だと狙われやすいドラゴンを、せめて巣立つ時までは。
カリンは黙ったまま、視線を背後から前に移す。
そんなカリンの頭の中などまるで気にもしていない様子で、リドは氷室の説明を続けている。町を挙げての一大プロジェクトらしいし、自慢したい部分もあるのだろう。
が。
「ああいう入口が町の中に4箇所あるの。公道に面しているのはさっきのだけだけど、あとは駅舎の待合の下とか、民家の竈の奥とか、」
竈の奥って何だ?
灰を掻き分けたら入口が出て来るのか?
どうして普通の入口にしないんだ?
ヒーローもので秘密基地に向かう時に壁や床に隠し入口が現れる演出があるけれど、それを模しているのだろうか。先ほどの変なアカペラも「ロボ」だの「正義」だのと言っていたし。
「そう言えば変な歌が聞こえたけど、」
「ごめんねぇ。エリくんがノリノリで歌い出したら止まらなくなっちゃって」
まさかとは思うが、本当に歌っていたのか? 録音ではなしに。
あの入口を開けるのに必要だとか、そういうわけでもなく?
何のために? と聞きたいが……何だか墓穴を掘りそうな気がするのはどうしてだ。
「……さっきの入口も、あれ、どうやって開けるわけ? 人力じゃないわよね」
だから歌以外の疑問を優先させる。
道にぽっかりと開いた入口から始まって、何かいろいろと非常識が常識だ。
空前のブームに乗ろうと、どんな形であれ氷室の完成を急いだのはわからなくはない。急いだからこそ設計士がこっそり紛れ込ませた秘密基地趣味もチェックが入らないまま通ってしまったのだろうというのも……大金が動く事業にしてはあまりにも杜撰だと思うがわからなくはない。
けれど! ツッコミどころ満載なのにリドを始め誰もツッコまないのは何故だ!
完成してからではどうしようもないから諦めてしまったのか!?
それともツッコミすぎて慣れたのか!?
他とは違うオリジナリティとか、慣れて来ると童心に帰るようで楽しいとか……それって言いかえれば住民も染まっているということじゃないのかーー!?!?
「人力よ? 詳しい技術はわからないんだけど、梃子の原理とかいろいろ組み合わせてあるみたい。あの入口は開閉に男衆が10人は要るから滅多に開けないんだけど、カリンを迎えにね、開けてもらったの」
横文字がズラズラ並んだ説明が出て来なかっただけありがたい、と思ってはいけない。「秘密基地には素人のあたし」にもわかるように、簡単な言葉に訳してくれているだけとも考えられる。
リドが言うには、鏡を何枚も使って遠方の景色を目の前にあるように見る設備もあるのだとか。
人間狩りから1週間、それで町の様子を窺っていたらカリンの姿が見えたので、だそうだが……だとすると例の「自分を呼ぶ誰か」とはリドのことだったのだろうか。
確かに久しぶりの再会は嬉しい。
が、腑に落ちない。
彼女の言葉からは「たまたまカリンを見つけた」というニュアンスしか伝わってこない。会いたいと思っていたわけではなさそうに見える。
当時のメンバーはリド以外にもいる。別れて何十年も経っているわけではないから懐かしいというほどでもないし、実際、彼女がノイシュタインにいたことも人間狩り被害に遭ったことも知らなかった。「何処かで村人Aとして平和な暮らしをしているのだろう」と思っていた。
そして人間狩りに遭った今ですら、それほど困っているようには見えない。
助けを乞うようにも見えない。
町の復興に運び屋の力が借りたいのかとも思ったが、彼女は自分が運び屋をしていることすら知らないし、知ろうともしない。
まぁ、ウィンデルダの言そのものが「問い詰められて口から出まかせをいっただけ」ということも、微粒子どころではないレベルで存在するけれども。
「着いたわ」
考え込んでいたカリンの耳にリドの声が飛んできた。
と同時に冷たい風が吹き込む。
帽子を押さえたカリンの前には、まるでラスボスがいる部屋にある重厚な扉が鎮座していた。巨大な怪獣(多分に竜だと思われる)と怪鳥が口から火を噴いて戦っている図が描かれている。
……何だこれは。
氷室って言ったわよね?
氷室に怪獣と怪鳥は必要ないわよね?
炎吹いてる絵なんて、氷の収納庫に飾る絵じゃないわよね?
「ね、ねぇ、リド」
もしかして騙されたのだろうか。
やはり彼女はリドに似せた別の誰かでしかなかったのだろうか。
だって、これはどう見たって氷室じゃない。設計士の趣味だとしてもこれはない!
が、しかし。
当のリドはカリンの困惑など無視したまま扉に向かって両手を上げる。そして。
「さあ、開かれるが良い! 我が名はリド! 遠き大地より招かれし我らが友を連れて参った!」
「ちょ、」
変な宗教ですかーー!?
どうしよう、秘密基地みたいだとは思っていたけれど、悪の秘密結社のアジトだったかもしれない!
そうよね、聖教会関係者で固められたロンダヴェルグっていう見本があるんだもの、住人全てが悪の秘密結社の社員って町もあるわよ!
思わず後退るカリンの前で、扉の中央に亀裂が入る。
ゴゴゴゴ、といかにもラスボス風の音を立てながら、扉は左右に開いていく。
全5話予定無理でした。
もう数話だけ続きます。





