25 【忌まわしき記憶・3】
※過去話です。
※挿絵があります。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
「るぅ!!」
大声で呼ばれてルチナリスは目を開けた。心配そうな顔が見えた。
自分の身を抱きかかえているのはずっと助けを求め続けたあの人。ふわりと香ったのは、以前、馬車の中でかけられていた上着と同じ匂い。
「悲鳴なんかあげて」
「青藍様! 悪魔が! 悪魔が出たの!! 悪魔が、」
「落ち着いて」
青藍はルチナリスを抱き寄せたまま、背中をとんとん、と優しく叩く。ルチナリスはその腕をぎゅっと掴む。
「怖くない。怖いことないから、大丈夫」
あやすように繰り返される彼の声を聞きながら、その腕越しにあたりを見回す。
いない。
さっき見たはずの異形の化け物など、何処にも。
日が傾いたのだろう。窓の外は闇色に塗りたくられている。
階段も廊下も暗い。が、そこに何かが潜んでいるようには感じない。
でも。
怖い。
このお城には悪魔がいたのよ? あたしの村を襲ったのと同じ顔をした悪魔が。
ずっと話しかけていたのはその悪魔なの。あたしのそばに、ずっと悪魔がいるの。
どうしよう。
あたし、食べられちゃう。
青藍は黙ったままルチナリスを抱えていたが、しばらくしてぽつりと呟いた。
「……もしかしたらお前が見たのは悪い奴じゃないのかもしれない、とは思わない?」
「青藍、様?」
何を、言っているの?
「何も怖がることなんてないんだ。お前が何を見たんだとしても……此処にはお前を怖がらせる奴も、お前を食べる奴もいない」
それじゃ、さっき見たのは悪くない悪魔なの?
そんなのっているの?
「大丈夫、だから」
ああ、でも。
もしかしたら顔が怖いだけなのかもしれない。ほら、よく家のことを手伝ってくれるっていうホブゴブリンだって、リアルに書かれた本の挿絵は結構怖かったじゃない。それに古いお城には精霊が居着いているって、その本に書いてあったっけ。
見た目はあたしの村に来た悪魔と似ているけれど、全然違うのかもしれない。
「……怖く、ない?」
そう言えば、彼らはこの人のことも小さい頃から知っているって言っていた。
でも、この人は生きている。
食べられもしないで、ずっと今まで。大人になるまで。
町長さんが来た時にいろいろ教えてくれたのも、この人を探すあたしに居場所を知らせてくれたのもあの声だった。
さっきも手を伸ばせば簡単に捕まえられる距離にいたのに、彼らは手を出しては来なかった。
見た目はあんなだけれども、その声の主を、この人は悪い奴ではない、と言う。
それなら。
あれは、本当は……怖くない、の、かも。
「怖くない?」
「怖くない」
彼はそう言うと、口を噤んだ。
ただ、蒼い目の中で1度だけ紅っぽい色が見えた。
何だろう。
夕陽の色でも反射したのだろうか。
なんだか、とっても……
「……おやすみ」
どうして? あたし、眠くな、い……よ……?
それを最後に、ルチナリスはガクリ、と意識を手放した。
小さく漏れる寝息を確認してその体を抱え上げた青藍に、こそりと背後から声がかけられる。
「坊、」
「他人の話が聞けないのか? 出て来るなって言っただろう。これは特に悪魔を恐れているんだから」
「だけどさぁ、」
「俺は、出、て、来、る、な、と言ったよな?」
かなり遠くで小さくなっている3匹のガーゴイルのほうなど向きもしないで、青藍はただ冷たく言い放つ。
「必要以上に怖がらせる権利などお前らにはない。俺たちはこれとは違うものだと……怖がらせるだけでしかないということを忘れるな」
「へい」
「親切心からだろうと無闇に声をかけるのも禁止だ」
「……へぃ」
不承不承返事をするガーゴイルたちに、青藍はやっと目を向けた。
「明日起きた時にはこれも夢だと思うだろう。……この城で俺たちといたことは全て、いつかは夢でしかなくなるのだから」
「坊、」
酷い悪夢を見たと言ってまた泣きついてくるだろうか。
それでも、先ほど見たことを真実として憶えていられるよりはいい。
「……すっかりパパの顔っすね」
それからかなりの間を空けて、ガーゴイルの1匹が遠慮がちに呟いた。
「そういやさっき、るぅ、って呼んでたっすよね? いいでしょ? アレだのコレだのって言うより」
「ひょっとしてこっそり呼んでました?」
遠慮というものを知らないのか、ただ単に学習能力が欠如しているのか。
つい今しがた怒られたばかりだと言うのに、1匹が口火を切ったことからガーゴイルたちはてんでに口を開き始める。
「すっかり信頼されちゃってるみたいだし、自分好みに育てる準備は万全ってやつっすね」
「俺らが脅したおかげで坊の株が上がったようなもんっすよねー」
「感謝して欲、」
ガーゴイルは、その主の目に言いかけた言葉を飲み込んだ。
その色は真紅。魔王の色。
「……俺がいつまでも甘いと思ったら大間違いだからな」
ざわついていた風が、しん、と静まり返った。





