54 【それぞれの戦い・1】
著作者:なっつ
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それからどれほどの時間が過ぎたことだろう。
建物の隙間を縫う風はビョウビョウと唸り、ルチナリスの髪やメイド服の裾を翻す。その度に体ごと持って行かれそうになる。
いっそのこと持って行ってくれればいいのに。
吹き飛ばされて地べたに叩きつけられれば、この高さからなら確実に死ぬ。
以前聞いた話だが、飛び降り自殺は飛び降りてから地面に着くまでに3秒ほどあるそうだ。短いと思うが堕ちている側からすれば結構な長さがあるそうで、その間に何故こんなことをしてしまったのだろう、と後悔してしまうのだとか。
もし本当に風に吹き飛ばされたとして――それは自殺ではないけれど精神的には自殺に近い――やはり落ちる最中に後悔するのだろうか。
「るぅチャン、風が冷たくなってきたわよぉん」
ガーゴイルの声が聞こえる。あたしが諦めて戻って来るのを待っている。いや、妙な気を起こして飛び降りないように見張っている、のほうが近い。
「そろそろ行きましょ」
襟首を掴んで強制的に引き摺り戻すことだってできるだろうにそれをしないのは、万が一あたしが抵抗した場合に落下する恐れがあると、もし落ちたら今のガーゴイルの位置からでは助けられないと踏んでいるからだろうか。
そこまで推測したものの違和感を感じる。
彼らはあたしのことを「ご近所のオバチャン」目線で見守っているのだと言った。だから渡り廊下が崩れ落ちる際に巻き込まれないよう、守ってくれた。そこには何も矛盾はない。
でもそれはあたしとガーゴイルの関係だけを見た話。あたしが「ご近所のお子さん」であるように「自分の家の子供」に値する者もあの場にはいた。だが彼らはその子は守ろうとしなかった。その子は――義兄は、崩壊に巻き込まれて只今絶賛行方不明中だ。
義兄は現当主の弟。前当主の息子。何処の馬の骨ともつかない娘の安否よりも優先すべき相手だろうに。
ルチナリスは肩越しに背後を窺う。
ガーゴイルの数は2匹。犀と会った時に比べると2匹足りないが、そもそも当時と同じ個体だとは限らないから同一個体かどうかは問題視する必要はない。それより問題にすべきは、彼らは目に見える2匹だけではないかもしれない、ということだろう。彼らは気配どころか姿そのものを消す能力を持っている。あたしが何か行動を起こそうものなら、数十匹が阻みに来る可能性も、ないわけではない。
「るぅチャン」
義兄も執事も師匠も、崩壊に巻き込まれたとは言え、死体が上がったわけではない。むしろ彼らがこの程度の高さから落ちたくらいでどうにかなるほうがおかしい。
執事が義兄を取り戻していたのなら、あたしは再び義兄をこの家に取り返すための人質として使える。貴重な人肉としての価値もある。
犀はあたしを聖女と呼んだ。
未だ候補者のひとりに過ぎないし、個人的には辞退もしたけれど、ミルがあたしに期待していると言っていたことを聞いて曲解したのなら、あたしが次代の聖女だと思うかもしれない。
だとすると。
ガーゴイルたちがあたしを守ろうとしているのは「ご近所のオバチャン’s」だからというばかりではなく、犀に、もしくは紅竜なり他の誰かに「生きたまま連れてこい」と命令されたから……という推測は間違っているだろうか。
前当主が第二夫人を魔界に連れてきたように人間の手から聖女を取り上げれば人間狩りはし放題。
退魔の武器があると言っても数も使い手も少なく、聖女ほどの脅威にはなり得ない。
そして犀はあたしが力が出せないことを知らない。
「ねぇ、ガーゴイルさんたち」
「「何かしら!」」
ルチナリスはゆらりと立ち上がると、ガーゴイルたちを振り返った。
彼らの背後は真っ暗だ。しかし自分たちが通って来た時は、薄暗かったとは言え目を凝らせばいろいろなものが見えていたから道順は何となくわかる。
「行くって、何処へ?」
『――そろそろ行きましょ』
他意はないのかもしれない。何時までも現場を離れようとしないあたしに、その場から去れという意味で言っただけかもしれない。
人間界に帰れと。この城内にいるくらいなら出て行けと。
でも、もしそうではなかったら。
「どぅぇああああああああっ!!」
その時だった。ガーゴイルたちの背後に広がる暗闇から、奇声と共に勇者が飛び出してきたのは。
今まで背負い続けていた剣を両手で持ち、無茶苦茶に振り回す様は、お世辞にも〇〇流などとは呼べない。だからこそ次の一手が予測できない。
「こっち!」
そうこうしている間にも勇者はルチナリスのもとに辿り着く。
手首を掴むと即座に踵を返す。
剣を振り回して周囲を牽制しつつ、彼は先ほど出て来た暗闇に再び飛び込んだ。
今度はルチナリスを連れて。





