2 【そして勇者は頂点を目指す・2】
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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「うっそ、イケメン!」
カリンが小さく叫んだ。
ああ、カリン。きみはこんな悪魔がいいというのか。俺様というものがありながら……とよくよく見れば、黒いフードの下にあるのは端正な顔立ちの美丈夫。白い肌と切れ長の紅い瞳は女と偽っても通用するだろう。
うん。薄暗い酒場でお酌してくれたら、有り金全部胸元にねじ込んでしまいそうだ。
これが、魔王?
何処ぞのホストクラブにでもいそうな顔じゃないか。こいつが熊王カイザーベアーや紅蓮の聖剣士ウィンドショットを再起不能にした、と、そう言うのか!?
「……恥ずかしい名前っすね」
あの異形の失笑が聞こえる。
ああ、そうだとも。俺だって厨二病全開の恥ずかしい異名だと思ったさ。
でも名前はともかく奴らが群を抜いて強かったのも事実。そして彼らがこのマスターランク「悪魔の城」の攻略に失敗してプライドをずたずたに引き裂かれ、剣を置き、田舎に引き籠ってしまったことも事実。
奴らをそうさせるなど魔王というのはどれ程のものかと思ったら、まさかまさかの「綺麗なお兄さん」。はっきり言おう。出会ったのが此処でなければ大好きだ。
いや。
この顔、何処かで見なかったか? 何処か、つい最近。
ノイシュタインという此処の近くにある田舎町に到着し、女どもを引き連れて町に入って。人々にそれとなく悪魔の城の情報を聞いて回って。
それで……。
「忘れろ。お前たちは何も見なかった。ただ、負けた。それだけだ」
魔王の双眸が紅く光る。
駄目だ。この目は見てはいけない。俺様は必死に目を閉じる。視界が暗闇に閉ざされる。
そうだ。この顔は――
暗闇の中で、何処からともなく音が近づいてくる。
砂が流れるような、いや、これは波の音だ。
そう言えばあの町は海が近かった。そのせい……違う。此処は悪魔の城。海どころか山の中腹にある城。津波が来たって、この城まで波が寄せることはない。
それじゃ。
それじゃ、この音は。
暗闇の中を近づいてくる音は、あっという間に勇者を呑み込んだ。
「おや、悪魔の城の攻略に失敗なさったんだね」
声が聞こえる。
勇者が薄目を開くと、木漏れ日の中で自分を見下ろしている中年男が視界に入った。肩から薪が無造作に詰められた籠を背負っている。木こりだろう。
きっと此処で敗退した冒険者に話しかける役割を担っているに違いない。
身を起こすと、同じようにぼんやりとあたりを見回しているカリンの姿があった。
が、他の仲間は誰もいない。
「あれ? みんなは……」
「他のおネェちゃんたちなら10分くらい前に町に下りて行ったよ。俺のものとか何時の間にそうなったんだよ。テメェの脳内超キメェ、って言ってたなぁ」
なんと言うことだ。
女たちはあっさりと俺を見限ったのか!? 長い付き合いだったのに薄情すぎないか!?
「ま、次は頑張んな」
木こりはそう言ってバシバシと俺様の肩を叩く。
怪力だ。この力、熊王カイザーベアーに匹敵する。彼が仲間だったなら、もしかしたら勝てたかもしれない。
そうだ。次はもっと強い防具を買って、回復薬も大量に持って。仲間もおネェちゃんじゃなくって剣士や魔法使いのような定番を揃えて。武器も、
「そうだ! 武器は! 俺の聖剣ジーザスフリードは!?」
「……此処」
カリンがのろのろと剣を拾い上げる。彼女のMAP帳も無事らしい。
『そんな心配しなくたって、後でちゃあんと返してあげるっすから』
耳の奥でそんなガサガサしたダミ声がよみがえった。
そうだ。俺たちは負けたのだ。
悪魔の城に。
魔王に。
そして命も取られないまま武器も揃えて返されて。
それって。
「ねぇ、これからどうするの?」
「そ、そうだな。これからは」
ざっくりと魔王を倒して王から褒美を貰って、そんな俺にカリンが惚れ直すという人生設計だったのに。
いや、リドをはじめとする他の女たちが去っても彼女だけは残っていた、ということは少しは脈があると思っていいんじゃないのか!? この長旅で俺様に対する恋心が芽生えても何らおかしくはない。
そうだ。他の女とは違う。
カリンは俺の幼馴染みだったわけで。
幼馴染みとゴールインするカップルは結構な確率でいるわけで。
「カリ、」
「やあ、そこのお嬢さん。良かったら僕たちと冒険の旅に出ないかい?」
何てタイミングだろう。
こんな人気のないド田舎の山道を、光り輝く鎧に身を包んだ冒険者の一行が通りかかるなど、どう考えたってあり得ない!
しかもその冒険者は、よくよく見れば平凡な顔をしているにもかかわらずパッと見、イケメンに見える。
これはオーラのせいだろうか。
それとも何故か乗っている白馬のせいだろうか。
話しかけて来た先頭の剣士を見れば、襟元を飾っているのはマエストロランクの認定バッヂ。それも8個。この地方だけではなく、世界中に散らばる冒険者組合に登録して、それぞれからマエストロランクと認められた証だ。
ちなみにマエストロランクとはマスターランクのすぐ下。俺様も1個だけはバッヂを持っている。
「ちょうど召喚されたばかりでこの世界には疎いんだ。そのMAP帳からするにマッパーだね? 優秀なマッパーがいてくれると助かるんだが」
「そんなァ、優秀だなんてェ」
冒険者の声に、カリンは俺の前では1度も見せたことのないようなくねくねした動きを見せる。声も裏返っている。
どうした? 腹でも壊したのか?
悪魔の城でトイレだけ借りることはできるのだろうか。
「カ、」
「じゃ、あたしも行くわ。じゃあねー!」
腹痛を心配されているとは露知らず、彼女は剣士の馬にひらりと乗ると、笑い声と共に走り去って行ってしまった。
「カリ、ン……?」
後に残されたのはかつて勇者と呼ばれたこともある男ただひとり。
と、木こり。
「あれって今流行りのニートだったんだけど云々っていう勇者だよな。やっぱ意味不明に女にモテるって噂は本当だったんだな」
で、ニートってなんだ? と木こりのオッサンに聞かれたが俺様だって知らない。
そういう職業じゃないのか?
もしかしてそのニートとやらになってから勇者を目指さなかったから負けたのか?
ニートじゃなかったからカリンも女たちも去ってしまったのか?
「ま、気ぃ落とすな。女は他にもいるからよ」
「はあ」
木こりはまたしても肩を力任せに叩いてくる。
いい加減、肩が脱臼しそうだ。このまま叩かれ続けていれば剣士生命どころか村に帰って鍬を持つのも危うい。
「で、魔王ってどんなだったんだ? やっぱデケェのか? なーんか誰に聞いても覚えてねぇって、」
木こりのオッサンは興味津々に聞いてくる。
そうやって尋ねるのも台詞のうちなのか、単にオッサンの個人的興味なのかは知らない。
俺様は魔王を見た。
見た。けれど。
ザザ。
波の音がする。
「……思い……だせねぇ……」
「兄ちゃんもかよ!」
あの波に全て流されてしまった。この城に入ってから、出るまでの記憶を。
勇者はそびえ立つ城を見上げた。
「負けた、んだよな」
負けた。
だが城の中がどうなっていた、とか敵の数は、とか、まして魔王の顔なんて全く記憶に残っていない。
ただ、これだけは言える。どうしてだかはわからないけれど心が叫べと言っている。
「俺、イケメンは嫌いだ!」
山道に、ただ勇者の叫びだけがいつまでもこだました。