17 【星に願いを、月に祈りを・2】
※過去話です。
著作者:なっつ
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どうやって辿り着いたのか全然覚えていない。
ただ握った手を離さないようにして、下を見ると怖いからぎゅっと目は瞑ったままで。
何処までもふわふわと飛んでいるような、それでいてあっという間のような、そんな一瞬の後、ルチナリスは城の屋根の上に座っていた。
視線を下げると木々の枝葉の隙間から地面が見える。この屋根を毬のように転がって真っ逆さまに落ちる自分を想像し、ルチナリスは唾を飲み込んだ。
気付かれないように隣に腰掛けている人の袖をそっと掴むと、ちらりと一瞥された。
された、だけ。
よかった。ここで「無礼者!」なんて言って振り払われたら死ぬ。
「ここでなにしてたんですか?」
「空を、ね」
「空?」
高い鉄柵と鬱蒼とした木々に阻まれてついぞ見ることができなかった海が、此処からは見える。その海を紅く染めて、夕陽が沈んでいこうとしている。
あの色は夕陽の色。夕陽が溶け出した色。
そして夕陽の紅がすっかり海のほうに流れてしまったからなのだろう、空には黒みがかった紺青が広がっている。ちかり、ちかり、と星が見える。
高い場所にいるからなのだろうか。いつもより星が近い。
「空を、見てたんですか?」
「今日は特別にいいものが見られるからね」
「とくべつ?」
特別ってなんだろう。
水平線の向こうを大きな船が横切っていく。
船首から船尾にかけて、ずらりと光が灯っている。マストにも色とりどりの光が踊る。あの船のことだろうか。
「よく俺がここにいるってわかったね」
青藍の声が咎めているように聞こえて、ルチナリスは押し黙った。
「誰かに聞いた?」
「い、いえ。探してた、ら、見つけた……だけ」
あの姿の見えない声のことを言っているのだろうかとも思ったが、言うことはできなかった。
誰にも言うなと禁じられてはいないけれど、大抵こういった秘密めいた存在は他人に知られるのを嫌うもの。ついうっかり喋ってしまって、酷い目にあう物語も多い。
あの声は悪魔かもしれないけれど、違うかもしれない。
「ふぅん」
青藍はそれ以上聞いては来なかった。
その「ふぅん」に込められた意味はわからない。
「お、お星様が降ってくるみたいですねー」
気まずい空気を払拭するようにルチナリスは無邪気な笑みを浮かべた。
神父様が見たらわざとらしいって言うかしら。自分でだってわざとらしいと思うわ。
でも大人はそういうのが好きなの。かわいく見えるものなのよ。
心の中でいちいち説明を付け加えるルチナリスを、しかし青藍は見もしない。
やはり怒っているのかもしれない。自分が鬱陶しく探し回ることに。
此処にだって、本当はひとりでいたかったのかもしれない。
でも、だったら「おいで」なんて言わないわ。
きっと、
「……そういうのって、楽しい?」
視線を空に向けたまま投げられた言葉に、ルチナリスは口も思考も固まった。
あたし、本当に嫌われてる……?
ぐるぐる回る自己嫌悪。
あたしは、嫌われるわけにはいかないのに。
役に立たなくちゃいけないのに。
いい子でいなきゃいけないのに。
あたし。
あたしは。
「えー? 楽しいですよー。あたし、こーんな高いところにのぼったことな、」
強張りきった「無邪気な笑顔」のまま喋ろうとするルチナリスに、青藍は目を向けた。
「そうじゃない」
蒼い目がわずかに紫がかって見えるのは夜だからだろうか。
「それは本当に言いたい言葉じゃない。だろう?」
なに? この人。
引きつる笑みをなんとか貼りつけたまま、ルチナリスは口を開く。
「え、あた、し、楽し、」
「良く見られようと演技してる」
「な、にを仰ってる、んだか」
「敬語使う子供って普通じゃないよね」
「あ、」
敬語がデフォなんですよぉ。
そう言って笑えばいいだけなのに、できない。
「あた、し、」
あたしは普通じゃない。
彼の目が「子供のくせに」と責めている気がする。
子供のくせに敬語使ったりして生意気。かわいくないのにかわい子ぶっちゃって、わざとらしい。
そんな感じ。
「流れ星が消えるまでの間に願いごとが言えると叶う、って聞いたことある?」
彼は唐突にそんなことを言った。
脈絡の全くない話題転換にルチナリスは不審な目を向けそうになるのを堪えるのが精一杯で、ただ黙ったまま目をそらす。
本当に、何この人。
子供心を抉るようなこと言い出したかと思えば、次はやたらとメルヘンなこと言っちゃって。
そりゃあ聞いたことくらいあるけども。
ルチナリスは自分たちを取り囲む空を見上げた。
闇に染まりつつある中に現れ始めている星は、流れ落ちるどころか自分は此処にいるのだとアピールするのに余念がない。まるで親の気を引こうとして駄々をこねる子供のように。
祈ったところで何か変わるの?
保証でもあれば祈るけれど、そんなものはないんでしょ?
叶うのなら、パパとママが帰って来るように、って祈るけれども。
悪魔なんかいなくなってしまえばいい、って祈るけれども。
でも、無駄なのよ。知っているの。
神様にも、聖女様にも叶えられやしないことくらい。
「此処にいるのが嫌だったら、町長にでも頼んで城下に住めるようにするけど」
「え?」
思いがけない申し出に、ルチナリスは目を点にした。
此処にいなくていいの? あのよくわからない声に話しかけられずに済むようになるの? 追い出されるんじゃなくて、ちゃんと住む家があるの?
だったら、どんなに……。
『あの狸は狡猾っすよ』
思わず「うん」と言いそうになったルチナリスの耳に、あの声がよみがえる。
子供がひとりで暮らせるほど世の中は優しくできてはいない。
城下に住めるようにする、と言ったって、子供に一人暮らしをさせるわけではない。何処かの家に養女に入るか、少なくとも成人するまで面倒を見てもらうということだろう。
そのためにこの人は、あの狸みたいな町長に頭を下げるのだろうか。
拾っただけの、自分には何の関係もない小娘を「頼む」って。
あたしにはいいことかもしれない。でも、この人にとってはどうなの?
何の役にも立たないあたしを助けて、何の役にも立たないまま手元に置いて。
あの町長に頭を下げて。きっと代償を支払って。
とんだ貧乏くじだわ。そうじゃない?
「ここには似たような歳の子もいないし、嫌なことも思い出すだろ? そうやって大人の顔色を窺うのは良くないって言うし」
彼はとつとつと言葉を紡ぐ。
厄介払いなのだろうか。
わからない。
あたしがいらないのだろうか。
わからない。
顔も見たくないのだろうか。
わからない。
「此処が子供のいるところじゃないのは確かだし」
ああ。
ルチナリスは唇を噛んだ。
あたし、やっぱりいらない子なんだ。
そうよね。「召使い0人」のほうが「役に立たない子供1人」よりずっとまし。





