1 【そして勇者は頂点を目指す・1】
「魔王様には蒼いリボンをつけて」Episode1。
ルチナリスが青藍の元に来て10年。
城主として、領主として、そして義兄として慕ってきた青藍は、時折行方をくらますことがある。
町の人々がこの領主の居城を「悪魔の城」と呼ぶ意味は。
そして、義兄がルチナリスに隠してきた秘密とは――。
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
勇者は山の中腹にそびえ立つ古城を見上げていた。
鬱蒼と茂る木々のさらに向こうだというのに、その存在感と威圧感は半端ない。
いや、これはきっと自分の心の持ちように拠るところが大きいのだろう。なんせあの城は「悪魔の城」。全人類の敵・悪魔の親玉――つまり魔王が住んでいる。
それを知ったのは初めて冒険者として登録した冒険者組合のおネェさんからだった。
いかにも異世界RPGチックな、上半身はおっ〇いを隠しているだけの「それで外歩くのかよ。腹出してたら冷えるぞ」とツッコミを入れたくなるような衣装のおネェさん。はっきり言って受付事務の格好じゃない。
お〇ぱいを隠している布のサイズが小さいのはおっ〇いを大きく見せるためなのか……いや、おっぱ〇は大きさじゃない。揉んだ時の感度と触り心地が……と初対面ながら持論を熱く語ってしまいたくなるのを我慢したのは我ながら紳士と言えるだろう。
ああ、受付嬢のお〇ぱいの話は置いといて。
その組合の壁一面に貼られていた難易度別冒険MAPの最上段「マスターランク」に貼られていたのがこの「悪魔の城」だ。
ラスボスである魔王の居城。未だに制覇した冒険者はいない。
その城に挑戦する冒険者は総じて「勇者」と呼ばれるらしい。
勇者、素晴らしい響きじゃないか。いかにも世界を救う救世主といった感じで。
昨今は別世界から召喚され、あれよあれよとおだてあげられて勇者の道を歩むという、成り立ちがどうにも後ろ向きな勇者が多いらしいが俺様は違う。
村人Aから体を鍛え、何処ぞから召喚されて来た「モブ気質で引き籠りニートだったんだけど何故か召喚されてからは女の子にモテモテで、どうしてだか知らないけれど剣も魔法も最強」な自称勇者どもを実力でねじ伏せ、王の謁見をもぎ取った。
旅の途中で料理人とマッパーと剣士と狙撃手、それに医師と大工と学者という一見烏合の衆にしか見えない仲間も集めた。何故この面子がいいのか知らないが、最強を目指すには必要であるらしい。
その全てをピチピチのおネェちゃんで揃えたのはただ単に趣味だが、召喚されて来た「ニートのくせに最強」な自称勇者どもはひとり残らずおネェちゃんで固めていたから今の流行りなのだろう。女どもとは今のところは仕事の話しかしていないが、いつかは打ち解けて恋心を抱いてくれるに違いない。
なんせ「ニート(以下略)」な連中がモテまくっていたのだ。それより強い俺様がモテないはずがない!
いざ!
故郷に錦を飾るため! 勇者の頂点に俺はなる!
勇者は鼻息も荒く、悪魔の城を見上げた。
「去れ」
それなのに。
俺様は床に突っ伏している。体勢からいって炎天下のカエルみたいなガニ股で倒れているようだが、カッコよく倒れ直す気力も体力も残ってはいない。
鎧が重い。ラスボス用に、と数時間前に奮発して買ったミスリル銀のフルアーマーは、今やその重みで床に貼りついている。
何故だ。買った時はこんなに重くなかったのに。
ああ、そうだ。きっと床全体が磁石でできているからに違いない。だって金属だから。金属は磁石にくっつくものだから。
畜生! ラスボスのくせにこんな小細工を! 正々堂々と戦えば負けるからって!
この鎧を勧めてきた防具屋はこのことを知らなかったのだろうか。
いや、城下町で何十年も営んでいれば近場ダンジョンの攻略方法など知っているのが当たり前だ。
俺様も村人時代には「あの洞窟は途中で水没するから水中装備を持って行ったほうがいいですよ」という台詞を伝える担当だった。
それじゃ何か? あの防具屋は悪魔の手先だったのか?
いや、防具屋だけじゃない。武器屋も小間物屋も宿屋も、だいたい悪魔の城の目と鼻の先に住んでいるというのに何も被害がないのがおかしい。
「俺は……騙されたのか」
町の住人などNPCだと思って油断した。主人公に益になる情報を教え、金やアイテムを無償で提供してくれて、場合によっては仲間になる便利な連中だと思いこんでいたのが仇になった。
「あー、よくいるんすよねぇ。実力のなさを他人のせいにする奴~~」
頭の上から降ってきた声に、勇者は視線だけを向けた。
城に入る時に正門にずらりと並んでいた石像と同じ姿形をした異形の化け物が、剣を抱えたまま見下ろしていた。
「ああ! それは俺の!」
何と言うことだ! 化け物が手にしているのは聖剣ジーザスフリード。
冒険者になりたての頃、ビギナーランクの「夏休み中の学校花壇の水やり」というくっそつまらない依頼を何度もこなして貯めた金で買った俺様の愛剣ではないか!
武器屋からは「まず先に装備品を揃えたほうがよくないですか?」なんて嫌味を言われ、低レベル冒険者時代に何度も「その剣売ってご飯代にしようよ」という女どもの誘惑から守り切った命より大事な……。
「刃を研ぐのは専門家に頼んだほうがいいっすよ。すっげぇピカピカに磨いてあるけど、こんな切れ味じゃマグロの刺身作ったって主婦の包丁に軍配が上がるって」
「そんなことはどうでもいい! 返せ!」
「はいはい。威勢だけはいいっすねぇ」
化け物は剣を抱えたまま、次々と床に散らばっている俺たちの武器を拾い上げていく。
「それはあたしのMAP!」
違うところから仲間の悲鳴が上がった。
あれはマッパーのカリンの声。俺様が冒険者になる時に無理に頼んで仲間になってもらった幼馴染みの声だ。
心密かにカリンに惚れていた俺様は、彼女が就職先を迷っていると聞いて冒険に誘った。
長い旅路で仲間の男女がいい仲になるのはよくあること。武器も魔法も使えない彼女ははっきり言って連れて行くだけ無駄なのだが、俺様の目的は彼女のマッピング能力などではないからどうでもよかった。
彼女も旅をしていれば将来有望そうな勇者に出会えるかもしれない、という思惑があったから誘いに乗ったのだと聞かされたのは、ほんの数日前。料理人のリドが教えてくれた。
そのリドも何処かに転がっているのだろう。料理の腕は中の上だが美乳だった。彼女謹製のおっ〇いパンの出来と言ったら、女どもが目の前にいなければ頬ずりしてパフパフしてしまいたいくらいに柔らかくて……いや、それもどうでもいい。
「待て! カリンに手を出すな! カリンだけじゃない、この女たちはみんな……」
俺様は残った力を振り絞って立ち上がる。
女たちはきっと今頃、俺様を羨望の眼差しで見上げていることだろう。
ピンチから「何処にそんな力が!」なんて謎パワーで立ち上がり、敵を完膚なきまで叩き潰すのはヒーローもののセオリー。だったら最初っからその謎パワーを使えよ、と俺様も村人時代には思っていたが、今ならわかる。
女は、ピンチから助けだされるのに弱いのだ。
自分を命がけで守ってもらいたいものなのだ。
だから世の勇者は1度はピンチに陥ると相場が決まっているのだ!
「みんな! 俺のもんだ!!」
くらえ! 必殺……と手を握りかけて、俺様は手ぶらであることに気づく。
そうだ。聖剣ジーザスフリードは敵の手に落ちていた。
ならば、ならば、素手でもいい。主人公パワーでその辺はどうとでもなる! はず!
べしゃり。
その数秒後、勇者は床に這いつくばっていた。
畜生! 床が磁石だったってことを忘れていた! なんて卑怯な! この床がただの床なら今頃俺はカッコよく立ち上がって……っ!
「銀は磁石にくっつかないっすよ?」
頭上から、またしてもあの異形のものであるらしい声が降る。
「そんな心配しなくたって、後でちゃあんと返してあげるっすから」
同情か?
敵に情けをかけられるなど勇者の俺のプライドががががが。
「……煩い」
化け物とは違う別の声が響いた。
しん、と静まり返る。
その中を靴音がする。誰かが近付いてくる。
靴音が止んだ。
勇者は顔を上げた。
自分を冷ややかな眼差しで見下ろしているのは、戦闘の初っ端から火の雨を降らせてきた黒衣の魔王、その人だった。