4 【籠の鳥は天空の夢を見る・2】
※過去話になります。
著作者:なっつ
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青藍の母は第二夫人、と呼ばれている。
その呼称のとおり、当主の2番目の妻――側室、である。
本来なら当主とその夫人は母屋と呼ばれる城の中枢部分に居を構えるのだが、彼女はわけあってこの北の塔最上階の部屋を宛がわれている。
その部屋は母屋の部屋に比べるとかなり狭い。円錐のような塔の最上階なのだから仕方ないと言えばそうなのかもしれないが、当主の奥方が住まう部屋とは思えない狭さだ。
が、それは壁一面に作りつけられた棚がそう見せるところもあるのだろう。本、小物、額縁。その棚にはいろんなものが雑多に置かれているようでいて、ひとつにまとまっている。
秘密基地のようだ。
ここに来るたびにそう思う。
母以外の誰の手も入っていない空間はいわば母そのもの。対して、大勢のメイドの手によって整えられた母屋の部屋は整然として綺麗ではあるけれど、なんとなくよそよそしい。
母は棚に並んだ雑貨の中から緑色の缶を取り出した。
ラベルに妖精の絵が描かれている。
「あなたとお話するのも当分おあずけね」
缶を開けると、ふわりと花の芳香が混じった茶葉の匂いがした。
「もっと寂しそうな顔してくれないの?」
「寂しいですよ」
「そうかしら」
ティーポットにお湯を注ぎながら母は微笑む。
息子は棚に並べられた本の背表紙を目で追いながら相槌を打つ。
「あなたって無表情だからつまらないわ。こんなにかわいく産んであげたのに」
「男がかわいくても仕方ないでしょう」
「じゃ、綺麗に産んであげた」
「……同じです」
カップを差し出され、息子は視線を母に戻した。
我が母親ながらどうにもよくわからない人だ。
子を成してから彼女は身体が弱くなったそうで、自分はこの「母」に育てられた記憶はない。子育てをしたことのない彼女は母親の概念が薄いのか、言動が少女のように無邪気に見える。
老いるのが遅い魔族は外見で歳を測るのは難しい。そのせいもあるのだろうか、接し方も母というよりは姉に近いかもしれない。
「今度、魔王役になったのでしょう?」
「はい、今夜出立します」
その挨拶のために来た。
就任してしまえば数年は戻って来られない。彼の地でへまをすれば、数年どころか2度とここへ戻って来ることもない。
青藍はカップを口に運ぶ。
やたらと甘ったるい匂いのする紅茶だ。甘いのは好きじゃない。
魔王。
名称だけは大仰だが、実を言えば勇者と呼ばれている武装した人間の相手をするだけの仕事。王と呼ばれるだけの権限など何もない。
ただ、反撃してくる存在へと変わりつつある人間のための生きた標的。陰で生贄などと呼ぶ者もいる。
魔族は人間を襲う。餌として狩る。
しかし人間側の文明が発達して来た昨今、彼らはただ狩られるだけの存在ではなくなった。
武器を持ち、反撃し、そして自ら攻撃をしかけてくるようにもなった。
そんな人間たちが魔族を闇雲に襲わないよう、魔族は「魔王」というわかりやすい標的をつくって目立つところに置いた。この仮初めの王を倒せば全てが良くなる、と騙すだけのために。
人間たちは「魔王」を倒す。
しかし、倒しても、倒しても「魔王」は新たに現れる。
彼らが表立って攻防を繰り広げている裏で、魔族は人間狩りを続ける。
「魔王」とは、そういうもの。
「……推薦したの、私」
母の声に、青藍は口に運びかけたカップの手を止めた。
「母上が?」
「だってあなたが一番適任だもの。魔力じゃ紅竜様だって敵わない、私の自慢の息子よ」
テーブルの向かい側に立つ母は笑みを浮かべている。
紅竜と呼ばれている青藍の腹違いの兄は、今やこの家の当主に座している。その彼より自分の息子が勝っているというのは、母親としては嬉しいものなのだろうか。
魔王としてその力を誇示させたいほどに?
兄を押し退けて当主になる気も、対立する気もないのだけれど……青藍はそう思いながら母を見上げた。