3 【prologue・3】
著作者:なっつ
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「今日もラブラブっすね~」
ふたりが去ったと思ったら、今度はどこからともなく冷やかすような声が聞こえてきた。
このお城の不思議なところもうひとつ。
誰もいないのに声がする。
「坊に抱きつかれるなんて羨ましいっす」
坊、というのは義兄のことを指すらしい。この声は10年前から義兄のことをそう呼んでいる。
「坊ちゃん」でも「ご主人様」でも「青藍様」でもないこのやけに親しげな呼び方に義兄の知り合いなのだろうかとも思ったのだが、彼に聞いても首を傾げるばかりで……この声の主はわからないまま今に至るわけだけれども。
それなのに、その声だけの存在と今では会話が成り立ってしまうのだから、慣れというのは恐ろしい。
まるで根拠はないけれど、この声の主は悪い人ではない。あたしに危害を加えることはない。
そんな絶対的な信頼が小さい頃からずっとある。
義兄がそう言ったような気もするが、よく覚えていない。
まぁとにかく、そういう声だ。空耳かと思おうとしたこともあったけれど、こうダイレクトに話しかけてくるのでは思いたくても思えない。
「世間には何億も女がいますけどね、坊に抱きつかれるのはるぅチャンだけっすよ」
「そそ、グラウス様なんかあんなにいっつも一緒にいるのに」
「あの人は男じゃないの!」
慰めているのかと思えば何処へ話を持っていく気ですかあなたがた。
倒錯した世界を想像させるのはやめろ。たまに町のお姉さん'sから「領主様と執事さんってとっても! 仲がいいわよね♡」と意味深に目を輝かせたお言葉を頂戴することもあるけれど、あたしはまだ腐ってはいない。腐っていないから、
「まぁ、あの人たちの夫婦漫才も面白いけどさぁ」
誰が夫婦だ!!!!
叫びたい。叫びたいが、今叫んだらあのふたりが戻って来る可能性が大。そして「夫婦って何が?」という義兄の純真な問いに返事を窮するところまで予見済。
「坊はグラウス様には抱きつかねぇもんな」
「……いや、だから」
あたしが慣れたということは向こうも慣れているのだろう。小娘に怒鳴りつけられた程度で噂話は止まらない。
でもね。こういう腐った話を連日吹き込まれるあたしって不幸すぎない!? おかげで一般人よりはその手の恋愛に耐性が付いちゃったわよ。どうしてくれるのよ!
話を戻そう(n回目)。
この城には極端に人が少ない。
執事が赴任して来るまでは、顔を合わせるのは義兄ただひとりだけだった。
それなりの家柄らしいのに使用人がいないということは本当は疑わないといけないところ。でも義兄に連れられて来た当時のあたしは5歳で、世の中のあらゆることが初見で……簡単に言えば、最初に得た情報を鵜呑みにするお年頃で。誰もいなければいないのが普通だと思っていたから、何故いない? と疑うことなど、思いつきもしなかった。
隠遁生活をしているわけではなく、城下の人々ともそれなりに交流があるのだから、求人募集でもすれば容易に集まるだろうに。城で働くって何処か非日常っぽいし、カフェの女給並みに人気はあると思うのよ?
なのに、それもしない。
お伽話のお城みたいに大勢の使用人が列をなして料理を運んで……まではいかなくてもいいけれど、この歳になって多少は「お城の生活」の知識が入って来るようになると、執事ひとり、メイドひとり、はおかしいんじゃない? と、いくら無知なあたしでも思うようになるというものだ。
あ、執事ひとり、メイドひとり、と言うのは正確には違う。
厨房にいけば賄いで雇われている女性もいるし、あんなおどろおどろしい庭にも専属で庭師がいる。掃除も洗濯もあたしがこなす量以上に片付いている時があるし、暖炉に火を入れたり、蝋燭を灯したり、朝晩のカーテンの開け閉めetc……と、他に人の手があると思わせる事例はいくらでもある。
でもいない。
賄いのオバチャンも庭師のお爺さんも定時で帰ってしまうから、それ以外の彼らも会えずに終わっているだけなのかもしれないけれど、この10年、まともに顔を合わせているのは義兄と執事だけだ。
だがあたしを義妹と呼んで暮らすには、人が多くいなかったことが逆に功を成したと言える。
10年前、義兄に拾われたあたしは、当然、彼を兄と呼べるような立場ではなくて。まわりにもっと大勢の人がいたら「義妹」というポジションにはいなかっただろう。と言うのが今もなお、あたしの見解だ。義兄がどう言ったって聞かない執事みたいなのに寄ってたかって言い含められて、ただのご主人様とメイドに落ちついてしまうのがオチ。
だから、義兄の身分をそれなりに知っているらしい執事があたしに刺すような視線を投げかけるのは、きっとこの微妙な関係が気に入らないからで。
「あなたはメイドなんですから」と何度も繰り返すのも、それを思えば頷ける。
しかし当時はそうやって言い含める者がいなかった。
あの小煩い執事もいなかった。
幼いあたしは義兄にベッタリとくっついていることができたし、義兄があたしを義妹と呼ぶことに異を唱える者もいない。それどころか本当に妹のようにかわいがってくれて、あたしには何時の間にか「義妹」の肩書きが貼られていた。
だが、それでめでたしめでたし、と終わらないのが現実。
見た目年齢差がなくなって来た昨今、今度はあたしのほうが意識して、義兄とは距離を置くようになってしまっている。
だってそうでしょ?
これでも一応は恋に恋するお年頃。妹か他人かも微妙な宙ぶらりん状態は「もしかしたら将来、嫁に迎えるためのフラグなのかも! だって妹とは結婚できないし♡」と乙女遊戯的恋愛脳なら絶対に思うシチュエーションだし、その対象となる「アレ」が見た目も家柄も完璧な王子様系だったら、意識するなってほうが無理な話よ!
身分が違う、意識しちゃいけない、と頭の中でいくら思っていたとしても!!
それなのに!
恐ろしいことに、そんなあたしの言い分を当の義兄はわかる気などサラサラ持ち合わせてはいなかった。乙女遊戯的恋愛脳の話なんかとても言えないから、あたしの言い分が伝わることはないだろう。
と言うわけで……避けられているのは愛情表現が足りないからだ、と言わんばかりの過剰なスキンシップは、その表れであるらしい。
「あんまり邪険に扱うと坊に突撃されるかもっすよ」
声は冷やかすように言う。
せせら笑っているようにも聞こえるのは本当に面白がっているからに違いない。
「突撃ってなに!?」
「坊、ああ見えて独占欲強いっすからねぇ。るぅチャンなんかいつか手込めにされると俺らは見てるっす」
そんな無茶な。
あたしは荒唐無稽にしか聞こえない声を聞き流す。
お昼の奥様向け情欲満載のお話じゃあるまいし、10年育ててくれたお兄ちゃんがいきなり変わるわけないじゃない。スキンシップは過剰だけれども、その手の感情が見えたことなんて1度もないのよ?
朝のアレだって、まるで小さい子が甘えてくるかのようで……そう。まるであたしに女としての魅力がない、って言われているようなもので!
意識しちゃいけないと思っているのに、全く女扱いされないことにも不満で。
でも、あたしはこの生ぬるい生活を壊したくはないわけで……。
だが、そんな乙女心が通じる相手ではなかった。。
「よく今まで手ぇ出さないな~とそっちのほうが不思議」
心の内を読んでいるのか、声は小馬鹿にしたような笑い声交じりにそんなことを言う。
こっちはあの義兄からそんな考えを思いつくほうが不思議だわよ! ルチナリスは心の中で舌を出す。
それに、あの執事が始終目を光らせている環境でそんな事態はまずあり得ないでしょ? 何を期待しているのか知らないけど、絶っっっっ対! にあり得ない!
それなのに、声はこうやって毎日のように煽ってくる。
「坊のこと放ったらかしにしとくとグラウス様に取られちゃうかもっすよ~」
「いや既に取られかかってる」
……こんなふうに。
「だからあの人は男でしょ――!!」
見た目以上に無鉄砲な義兄に、執事が手を焼いているのは日常茶飯事のこと。
冗談抜きにネズミを追いかけて行ってしまいそうだし、素性もわからないあたしを簡単に妹にしてしまうし、義兄の言動はかなり一般常識からはかけ離れている。
執事からしてみれば「目を離すと何をしでかすかわからない」から心配で離れられないのではないだろうか。言いかえれば「見張っている」とも言う。
「いやぁ、るぅチャンには大人の事情はまだ早かったっすねー」
それが声の主には主従関係以上に見えるらしい。
噂をする分には面白いのかもしれないけれど、本人たちには気の毒でしかない。
それに関してのみ、あの執事に同情できる。 10年来の宿敵だが。