2 【海と水着とかき氷・2】
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
「るぅちゃーん、氷食べに行かなーい?」
声が聞こえた。
長い栗色の髪を高いところで結んだ幼馴染みがひらひらと手を振りながら駆けて来る。
細身の長身で、色も白く、目も黒目がちで大きい。ピンクの水着は露出こそ控えめだけれども、それがさらに長い上着で隠れてしまっているのが初々しくてかわいらしい。らしい。
彼女の兄がそう言ったし、現に今も、ルチナリスに見向きもしなかった野郎どもの視線を釘付けにしているのだから間違いではないのだろう。
こっ、これは露出の違いなのよ。
ルチナリスは心密かに悪態をつく。
これはあたしがかわいくないからじゃない。
露出のせい。
あたしがあんな水着を着たら、お兄ちゃんが泣くじゃない。だからあたしは着ないのよ!
実際に義兄が泣くかは知らない。
ただ自分のお子様水着が、幼馴染みの「露出控えめ」な水着よりもさらに色気がないことは間違いない。
「るーうーちゃーん、ってば!」
彼女の名はマーガレット。愛称はメグ。
あたしのミバ村時代の幼馴染みで、現在はゼス在住。
普通なら親友……か、まぁ、友達? な間柄なのだろう。傍から見ればそう見えるに違いない。
でも違う。少なくともあたしの中では。
海の魔女事件で彼女に命を狙われた身としては、今更友達面などできるはずがない。
彼女が闇に操られていたのだとしても。
事件の記憶も、ミバ村の記憶も、あたしとの接点も、きれいさっぱり忘れてしまっているのだとしても。
それでも、その経緯を知っている勇者からも、ご両親からも、友達付き合いを続けてくれと頼まれてしまって……まぁご両親に関しては、今のあたしが領主の妹だから、という意味もあって望んでいる部分もあるのだろうけれど、我ながら人が良いと思うわ。
そして極めつけは。
学校にも行かずに城に引き籠ってメイドをしていたあたしには同年代の友達、と呼べる相手がひとりもいなくて、義兄が人間界の縁は切らないほうがいい、と言ったことが決定打。
外堀を埋められて無下に断れなくなってしまった。
そのお友達イベント第1弾! で、この度、海水浴に泊付きでご招待、と相成った。というわけだ。
正直微妙。心の整理も付いていない。
当のメグはあたしのことを知らないし、あたしを殺して「義妹」の座を奪い取ろうとしたことも、そのきっかけとなった義兄に憧れた気持ちもなくしてしまっているけれど、だからといって無条件に親しくするできるほどあたしは良い子にはなれない。
その結果が、この「友達ごっこ」。
そう。「ごっこ」なのよ。あたしとメグはもう親友じゃない。
ルチナリスはそんな思いを心の奥に押し込んで、駆けて来る幼馴染みに手を振り返す。
「もう! 探したんだからぁ」
「ん、ごめん」
怒っていてもメグは何処かキラキラと眩しくて。
さすが元聖女候補、オーラが違うわ、なんてちょっとだけ思ったりして。
そんなメグの姿に周りの男どもが振り返るのも、腹立たしいのか自慢なのか、これまた微妙なのも確かなことで。
そして、そのキラキラした幼馴染みに目をやれば、必然的に視界に入って来るのが「かわいい妹」を獣から守るべく、海パンに帯剣という怪しい格好で周囲をガン見しまくっている得体の知れない男。
通称、勇者様だ。
「何で勇者様が此処にいるんです?」
ルチナリスは仁王立ちのまま勇者に目を向けた。
この男は「ルチナリスの水着姿に興味を示さない野郎ども」のひとり。そんな男に「恥ずかしいから前隠しちゃう♡」なんて仕草は不要だ。
どうせそんな素振りをしたところで、「ルチナリスさん、なんで体くねらせてるの? 痒いの?」と言う悲しい指摘が返って来るだけだし!
そりゃあ彼は正真正銘、メグの兄だし、実家もこの町にある。いても不思議はない。
だがしかし。あなたは今、ノイシュタイン町長のお宅に住み込みで護衛の仕事をしているのではなかったですか? あたしはあなたがいるとは一言も聞かされていないのですが。
そう何度もないとは思うが、この勇者と一緒にいると異世界に連れて行かれそうで嫌だ。
ことあるごとに義兄のことを根掘り葉掘り聞いて来るのも嫌だ。
背後に聖都ロンダヴェルグと天使の姿まで見えるから、悪魔側の人間としては極力避けたい。
「いや、妹を守るのは兄として当然のことだよ! この燦々と降り注ぐ夏の太陽に浮かれて僕の大事な妹に粉かけようって輩がいるんだとしたら、町長の護衛よりこっちを選ぶでしょ!」
何処まで本気なのか、そう言いながら剣を抜こうとする勇者に、他人のふりをしたい衝動に駆られる。駆られるが、話しかけたのが自分からだけに、そういうわけにもいかない。
やめて下さい。
こんな裸同然のような水着姿ばかりの海岸で何を始めるつもりですか。
ビジュアル的に勇者なんて代物は颯爽と剣を構えるポーズが定番だけれども。
しかし半裸の海パンでそれをやったらただの変質者だ。どうせならその海パンのゴムからはみ出た腹を先になんとかしなさいよ!
周囲の目があたしを「こんな裸同然のような水着姿ばかりの海岸で剣を振り回す危ない男の仲間」と思っているであろう空気をひしひしと感じる。
違う。
あたしは仲間じゃない。
そして勇者よ。流れていきそうになっていたけれど、あなたの優先順位は妹よりも町長だ。それが仕事というものだ。最近の若者は仕事を甘く見……
「お兄ちゃんも氷、食べよ?」
「はいはーい♡」
妹の声に、勇者の顔が腹同様、ダルダルのユルンユルンに緩みまくる。失踪した妹を探すために勇者になった兄だから妹がかわいいのはわかるけれど。
彼は仁王立ちのルチナリスには目も向けず、そそくさと剣をしまうと、スキップしながら砂山をのぼっていく。
砂山をスキップで上るなんてどんな足腰なんだよ、と思ったりもしたけれど、常時フルアーマーを着用していれば自ずと体力はつくのだろう。
とりあえず今、爺むさい説教をしたところで、右耳から左耳に通り抜けてしまうだろうことだけ間違いない。





