32 【お嬢様の庭・6】
著作者:なっつ
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女性は言葉に詰まったルチナリスから視線を外し、改めてアイリスを見据えた。
そして。
「さて。話を戻しましょうか。お前は禁を破り、メフィストフェレスと接触を試みた。生まれ落ちて以来ずっと受け続けている恩恵を忘れ、家と私に盾突いた。その行為は万死に値します」
声と同時に、窓から見える風景がストン、と落ちた。
いや、上から降って来た黒に押し流された。
だが窓の外が真っ暗なのに、部屋の中は先ほどと変わらない明るさを維持している。蝋燭で燭台でもないこの明るさは何処から……と自らの足元を見るも、そこに光の在処を示してくれる影はない。
「待って下さい!」
ルチナリスの腕から柘榴が飛び出した。
彼は転がるように机の上に2本足で立つと、必死で両手を振った。ゼンマイで動く玩具のようで愛らしいが、当人は必死だ。
「これは最初にお嬢様をお止めしなかった私の責任です。罰するなら私を」
座るキャメリアの真ん前。しかし彼女は顔どころか眉ひとつ動かさない。
柘榴の動きが激しいだけに、その対比が余計に目立つ。
「もしかしなくても……この人、人形だとか言わないよね?」
この部屋に入ってから一言も発さず、斜め後ろで置物と化していた勇者の呟きが聞こえた。
ルチナリス同様、口を挟めなかっただけだとは思うが、たった一言台詞を言うためにずっと待ち続けているモブ役の役者のようで微笑まし……くはない。
「勇者様には見えるの?」
「えっ!? 何!? あの人、心霊現象か何かだったりする!?」
「そうじゃない」
アイリスとその祖母が目の前のキャメリアらしき少女を無視しているのは、特に支障がでているわけでもないし、放置していいのかもしれない。
何故此処にキャメリアの姿をした人形が置いてあるのか――アイリスを動揺させるためだったが不発に終わったのか、口とは逆にキャメリアが忘れられないお婆様が飾っているのか、人形のふりをするパフォーマンスの最中なのか――は不明だが、わざわざ藪を突く真似はしなくてもいいだろう。
暗示か呪いかで動けなくなっているのなら話は別だが、それでも今はアイリスのこと。「万死に値する」って、言葉通りに受け取ればかなりマズいことになりそうな。
「そうですね、あなたも無実とはいきません」
「柘榴は悪くないわ!」
女性は柘榴に目を向ける。
彼女が繰り出すであろう次の行動を察したのだろうか。アイリスが慌てて柘榴を腕の中に抱き上げた。
「勇者様。今は”戦略的撤退”の時期かと」
長いテーブルのさらに向こう側だから囁く程度ならお婆様には聞こえない。そうは思うけれど、ルチナリスは声をひそめる。
展開がどうにも悪いほうに向かっている。この世界がアイリスの心の影響を受けているからと言って、アイリスの思い通りになるわけではないらしい。
黒い森の時には「考えずに行動しろ」と言われ、ウジウジと悩んでいるだけではきっと手に入らなかったであろう結果を手に入れた。だが、今回はそうではない。
アイリスは考えている。
ノイシュタインに押しかけて来るよりも前から、きっと何十年も前から考えている。
そして諦めという形で自己完結してしまっている。
「今」思いあぐねているわけではない。潜在的にずっと流れるように同じことを問い、同じことを考え、同じようにあきらめ続けているのだ。彼女も「今、考えている」つもりはないに違いない。
それが具現化したのがあの窓の外の風景で。
お婆様の台詞として現れて。
「戦略的撤退!」
勇者は目を輝かせた。
わかる。RPG脳なら1度は言いたいその台詞。文字にすると恰好いいが、要は逃げようという意味でしかない。
だが、此処は1度退いて、態勢を立て直したほうがいい。アイリスの問いに対する答えはまだ貰えていないけれど、待っていても出てくることはないだろう。
勇者は頷くと、即座に踵を返した。
そして扉まで一直線に走っていく。
ちょっと待て。お前が先に行ってどうする。
ここは唯一の武器装備している男がしんがりを務めるべきではないのか?
敵の的になっているアイリスと柘榴を逃がすほうが先ではないのか?
とてつもない虚無感がルチナリスに圧し掛かる。
ああ、そうだ。メグの黒い蔓を切ったと言う想定外のギャップや、旅の道中、もっともらしいことを言われたことで少しはデキる男だと思っていたけれど、当初の評価はマイナスだった。期待しては駄目だったのよ。
ルチナリスは頭を振った。
長剣を背負った男の姿を視界から抹消すると、ウサギを抱えたまま祖母との対立姿勢を解かないでいるアイリスの腕を掴む。
だが。
お婆様のほうが早かった。
「禁を破った者には死を!」
お婆様は立ち上がると手を閃かせた。
窓の外の黒が一斉に崩れ、硝子を突き破って部屋の中に雪崩れ込む。
蝙蝠だ。
無数の蝙蝠がアイリスと、その腕に抱えられた柘榴に飛びかかった。
当然のことながら、彼女の腕を掴んでいたルチナリスの頭や腕にも噛みつき、爪を立て、翼を打ちつける。振り払おうと、ルチナリスはまとわりつく蝙蝠を両手で払い除けた。
その機会を待っていたのだろうか。
蝙蝠たちは黒い渦となってルチナリスを弾き飛ばし、アイリスと柘榴を呑み込んだ。呑み込んで、巨大な塊と化す。
それはかつてメグが姿を変えた蔓の塊に、そして勇者や執事を封じ込めた鳥籠に似ている。
こんなの。
こんなのってあり?
蝙蝠に弾き飛ばされ、床にへたり込んだまま、ルチナリスは動かないキャメリアを凝視する。
魔族だからだとしても。貴族だからだとしても。最初からアイリスとその祖母との間には「お婆ちゃんと孫」なんてほのぼのした温かさは欠片もなかったけれど。
『お婆様がたが失いたくないのは傀儡や手駒にできる、”私”という器なのでしょう?』
『家のために生きるのは貴族の娘として当然のこと』
本当にそうなの?
孫娘であっても、自分の思い通りに動かなければいらないって、そう思うの?
死を望むものなの?
目の前にあるのは人の背丈ほどもある真っ黒な塊。
アイリスと柘榴はこの中に閉じ込められた。
いや、閉じ込められた、で済むだろうか。怪しげにもごもごと動いている様はまるで咀嚼されているようにも見える。
「禁を破った者には死を」
女性の声だけが部屋の中に響く。
「我が意に反し、当家の存続に影差す者には制裁を。道具には意見も意思も必要ありません」
目の前でひとが得体の知れない黒い塊に吞み込まれたと言うのに、キャメリアは動かない。
硝子玉のような紅い目を、奇怪な動きを繰り返す黒い塊に向けている。感情もなく。
『意思も意見も――』
まさか。
このキャメリアも同じように塊に呑まれた後なのだろうか。
彼女は伯父様と共に失踪した。真相は未だ闇に閉ざされているが、その行動には間違っても「お婆様」の意思は入っていない。
もしこのままでいれば、アイリスも柘榴もキャメリア同様、感情も何もない人形になっ……
違う。ルチナリスは首を振った。
此処は歪んだゲートの先にできた虚構の世界。アイリスの記憶から生まれた世界。
柘榴の話ではキャメリアが消息を絶ってから既に100年近い年月が流れている。だからアイリスの記憶に残っていないだけだ。肖像画くらいでしか見たことがないから、動く姿が反映されないのだ。
だがキャメリアはともかく、もしこのままアイリスたちが塊から出ることができなかったら、もしこのまま死んでしまったら、現実世界での彼女らはどのような扱いになるのだろう。
ゲートをくぐったと言うことは体ごと移動したわけだから、向こうの世界では永遠に行方不明、と言われるのだろうか。
永遠に。
……行方不明……?
勝手に考えて勝手に思い当たったことだが、「いつもの妄想よ」で終わらせてはいけない気がしてならない。
もしかしてこのキャメリアは、何らかの事情でこちらの世界に来たものの戻ることができなくなってしまった本物なのでは――。





