30 【お嬢様の庭・4】
著作者:なっつ
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少年が足を止めたのは、森の中に建つ小さな建物の前だった。
周囲には見覚えのありすぎるハリエンジュの木が、白い花を咲かせている。
「此処って、」
忘れるはずがない。
此処は伯父様がお茶の支度をしていた、あの場所だ。
だが、テーブルはない。伯父様もいない。まるで上から押し潰してしまったかのように、その場所には建物が建っている。
大きさでいえば納屋程度の――3平方メートルほどの――サイズだが、テーブルのあった場所に建てるには無理がある。見るからに窮屈そうだ。
此処にアイリスの祖母という人がいると言うのだろうか。
ノイシュタイン城にも似たようなものがあるが、そこには剪定バサミや肥料といった庭の道具が入っているだけで、間違っても貴族の夫人が出入りする場所ではない。趣味が庭いじりだとしても、窓もなく、肥料の臭いが充満している中で長時間待つ必要性も感じない。
それはアイリスも感じたのだろう。訝しげな顔を少年に向ける。しかし少年はただ黙って扉の横に立ち、入れ、と言いたげに頭を下げるばかりだ。
相手が柘榴ならズケズケと問い詰めるのがこのお嬢様だろうに……やはり別人だと思うと態度も変わるのか、アイリスは彼をただ一瞥し、扉を開けた。
「……さっきの扉が別世界へのゲートだった、ってこと……かな、これは」
扉の向こう側には真っ直ぐな廊下が伸びていた。奥は見えないが、どう考えても納屋の大きさではない。
今更ながら、少年が迎えに来た時の勇者の頷きは「此処でアイリスたちとは別れて、自分たちはアイリスの部屋から帰ろう」ではなかったか、と、第5の可能性が首をもたげたが、さすがに遅い。
「どうせこれも私の心の世界なら、私の部屋のゲートを使ってもとんでもないところに飛ばされるだけよ」
道中ずっと無言だったアイリスが、背を向けたまま面倒臭そうに呟く。
「もしかしたらこの先に最後のゲートがあるかもしれない……とは言わないけど」
「言わないんだ」
「何よ。最後なんだもの付き合ってくれたっていいじゃないの。……ひとりでお婆様と会うのは嫌なんだからっ!」
……ツンデレだ。ちょっとかわいい。いや違う。
そうよね。ゲートを無理やりに開けたことはそのお婆様って人にも知られているだろうし、此処がアイリスの心からできているのなら「此処のお婆様」も知っている可能性が高い。
だとすると、呼ばれたのは怒られるため、としか言えない。
この先に最後のゲートがあるのだろうか。
帰れるのだろうか。
2人目の柘榴が現れた時点で正しい世界とは言えないのだが、今は鍵がある。マスターキーだという証拠はないが……。
ルチナリスは鍵を握る。
証拠はないがこの鍵は本物だ、という妙な確証が消えないのは、この鍵を譲ってくれたのが執事だからだろうか。認めたくはないが、嫌いだと思っているつもりでも頭の何処かでは信じているのだろう。
み と め た く は な い がっっ!!!!
「……入って行って大丈夫?」
足を緩めないアイリスを気にしながらも、勇者はあたりを窺う。剣を背負い直す姿にも緊張が見て取れる。
アイリスの心が影響しているらしい世界、という勝手のわからない場所で、ドッペンゲルガーのような少年に連れて来られ、しかも外観に似合わず中は異様に広い。能天気なファンタジー脳でも「これはちょっと危ない、かも」くらいは思ったのかもしれない。
「柘榴が言うんだから大丈夫でしょ」
背後の扉は開いている。柘榴と呼ばれた少年がこちらを見ているのだろう、背に視線を感じる。
アイリスが振り向かないのは彼が見ているからだろうか。足を止めたり振り向いたりすると、何かまずいことになるのかもしれない。
実は背後では既に少年の形が崩れて謎の物体Xに成り代わっているとか、扉やまわりの壁に溶け込んで謎の家人間になっているとか……そんなことを考えてしまうと迂闊には振り向けない。
それにしても広い。
廊下の両端をズラリと同じ意匠の扉が並んでいる。これは既に屋敷を通り越して城レベルの広さだ。
「椿さんがいたところから何処かの城に行ったでしょ? あれって此処なのかな」
「どう……だろう?」
勇者が口にするまでもなく、そのことはルチナリスも考えていた。
情けないが同じと言い切るには記憶が曖昧すぎる。ノイシュタインではない、とは言えるのだが。
しかし、もし此処があの城ならハリエンジュの森に戻ることはできる。この先で危機が訪れても逃げ道がわかっているというのは強みになる。
ただ、この両側に並んだ扉のどれが当たりなのかはわからない。ひとつづつ開けて確認するとしても、ついうっかりハリエンジュの森に飛ばされるては困る。もしかしたらこの廊下の先――少年が連れて行こうとしている先――でノイシュタインに帰れるかもしれないのだから。
そうこうしているうちに、廊下の突き当りにある扉の前でアイリスは止まった。
「アイリスです」と一言発すると扉が開いた。
中には大きなテーブルがひとつ、据え置かれていた。
そのテーブルの最奥に若い女性が座っている。銀色の髪は結い上げられ、うなじに数本こぼれている分がキラキラと光っている。白い肌、白いドレスの中で紅い唇だけがやけにくっきりと浮かんで見える。
見た目だけで言えば義兄と同じくらいだろうか。
無論、彼女も魔族だろうから外見で年齢は推し量れない。義兄と執事との間に100歳ほども差があるという冗談のような事実をもってすれば。
そしてテーブルのこちら側の端には少女がひとり。
アイリスと同じ淡い金髪で、赤みがかった瞳をしている。
「キャメリア様!?」
思わず声を上げた柘榴にルチナリスは視線を向けた。
どうやら見知った顔であるらしい。名前が違うからアイリスの祖母という人ではないだろう。
手前の少女のことだろうか。アイリスと髪の色が似ているから姉妹かもしれない。
中途半端に聞いた限りでは確か、
「あ、いえ。すみません。キャメリア様は伯父と同様、100年ほど前に失踪されて、」
……確か、生きているはずがない、と言っていなかったか?
『千日紅はお姉様がいればいいのよ』
アイリスの吐き捨てるような台詞がよみがえる。
執事が姉ばかりを大事にする、と幼心に刻み込んでしまった彼女にとって、彼らは慕いたいと同時に恨みたい存在にもなっているのだろう。
「当時、伯父がキャメリア様をお世話していたものですから周りから色々言われまして。旦那様も方々に手を尽くされたのですが」
貴族のお嬢様とウサギの執事が駆け落ち?
いやまさか。何処かにふたりで出かけている時に事故に遭って行方不明になったのよ。きっとそうよ。
柘榴の目はずっと少女から動かない。
それだけ見つめられ、しかも自分のことを話題にされているのであろうに、少女は人形のように正面を見据えたままでいる。
「それ以来、我々は、人間の姿を取ってはいけないことに」
そしてきっと柘榴も。
くしゃり、と心臓を掴まれたような気がした。
柘榴がウサギの姿でいなければいけないのは、伯父様の罪を背負っているからに他ならない。
彼の祖父は「人の姿をとるなど色気づくつもりか」と言ったという。伯父様がどんな理由で失踪したのかはわからないが、彼らの中では「千日紅はキャメリアと駆け落ちに近い理由で失踪した」と捉えられているのだろう。
「僕だってウサギじゃなかったら」というあれは、きっと柘榴の本音。連帯責任のように自分のせいでもない罪を負わされ、ペットのようにアイリスに抱えられ、うちの執事と比べられる。さぞ屈辱だったに違いない。
しかし伯父様もなかなかやる……じゃなかった。あれは事故! 失踪したのは事故!! 主従で駆け落ちの前例なんて作らないで!
赤ずきんと狼のことを思い出してルチナリスは慌てて首を振った。





