11 【翡翠色の嫉妬・2】
著作者:なっつ
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グラウスの性分なら疑わしいことがあれば黙ってうやむやにするなど耐えられない。それを我慢して感情のやり場に困った挙句よくわからないところに行ってしまった、とでも言えばいいのか、そんな無理矢理感が感じられる。
心配ばかりかけさせるくせに隠しごとまでする主人の振る舞いも、それに腹を立てる自分も。
こんな遠方にまで呼びつける侯爵も、馴れ馴れしいアイリスの態度も。
聞きたいことはいくらでもあるのに、答えてくれそうにない。
実際に侯爵らや青藍に当たるわけにもいかない。でも当たりたい。
そのやり場の無い感情の標的が、たまたま目についた「服」だったのだろう。
青藍が着ているのはアーデルハイム侯爵のものだ。
夜会用に、とアイリスに無理矢理着せられたその服は黒地のタキシード調で、同じ生地で作られた黒い薔薇の装飾が襟元を飾っている。ボタンも宝石を使ったものなのでちょっと動いただけできらきら光るし、無数の刺繍にも石が埋め込まれるように縫い付けられていたりする。
加えて香まで焚き込められているその服は、悪く言えば成金的。
普段嗅ぎ慣れていない臭いというものは総じて不快と感じやすいし、こんなところまで呼びつけた侯爵や散々振り回してくれたアイリスを不愉快な相手、と認識しているとすれば、彼らを連想させる臭い自体が不愉快なものになる。
借りてからかなり経った今、その臭いもかなり薄れてはいるけれど、狼の気質かグラウスは常人より鼻が利く。自分が気にならないからと言って、彼も気にならないとは言えない。
……眉間に刻まれた皺が、無駄に深い。
「そんなに言うんじゃ、やっぱり風呂入ったほうがよかったのかも」
臭う臭うと言われ、思わずそんな言葉が青藍の口をついて出た。
アイリスに勧められた時もこの執事の反応が気になって断ってしまった。彼女はその程度で気を悪くするような娘ではないが、10年ぶりに再会した妹(のような娘)の申し出を断ることに一抹の罪悪感を抱いたのも嘘ではない。
それなのにこの男は、ひとの気も知らないで。
頭ごなしに言いたい放題言われた反発からつい発した言葉だが、執事の神経を逆撫でする誘発剤としては十分だったようだ。
「……今、なんと仰いました?」
案の定、グラウスの声のトーンが2段階ほど下がる。
しまった、と思っても後の祭り。
「え? あぁ、アイリス嬢が薔薇の香油を持っているとか言って、」
「そこはどうでもいいです。余所宅で入浴を勧められるとか、あなたはいったいなにをしているんです」
「だって臭いんだろ!?」
アイリスが指摘する人間の臭い。
グラウスが言う服の臭い。
彼の言葉にどこまで本心が含まれていたかはわからないが、今、その臭いのする自分がそばにいることが余計に彼の不快指数を上げていることは間違いない。
「気がつかなかったけど、10年もこっちにいると染みついちゃうのかなぁ。この服を着ていても言われるってことは、」
「そんなもの言葉の綾でしょう?」
「でもお前も臭うって言った」
「私は、服が臭うと言っただけです。……私の見ていない間にいったい……あなたと言う人は、」
グラウスの目に再び暗い光が揺らめく。
服も掴まれたままなのでそのまま胸倉を掴んで持ち上げられそうな勢いだが、さすがに主人相手にそこまではしないと思いたい。
「いや、断ったからね!? ちゃんと!」
青藍は、断った、という事実を強調する。
そこは言っておかないと、今頃この男の頭の中ではどんなことになっているか知れない。
「……わかりました」
低いトーンのままグラウスは手を離した。
どう見てもわかってくれた顔ではないが、そこは執事歴10年、主人の言い分も聞くくらいの寛容性を身につけ……
「最高級の薔薇の香油を取り寄せましょう。余所で入浴を勧められることなどないくらい、きっちりと磨き上げて差し上げます」
「は!?」
何故そうなる!?
「あなたが気にする人間の臭いも、その服から染みついた臭いも、洗い流してしまいましょう。そうすれば全てが丸くおさまります。そう思いませんか?」
「思いません!」
「問答無用!!」
青藍の拒否を、グラウスはぴしゃりと否定した。そのまま人差し指を主人の鼻先に突きつけ、きっぱりと言い放つ。
「主人の世話が出来ていないなどと外で言われているようでは、執事としての立場がありません。服ももっと飾りの多いものを手配しましょう。ええ、難癖などつける隙も与えないくらいに!」
「いい! そんなことしなくていいっ!!」
こんなことなら彼が満足するまで根掘り葉掘り聞かれたほうがよかっただろうか。
そんなことを思っても、もう、どうしようもない。
「なんですか? アイリス嬢の誘いには乗るくせに私の世話は受けられませんか!?」
「お前のは身の危険を感じるんだよ!!」
「……そんな気の迷いも流してしまいましょう」
執事の笑みが、ただ怖い。
部下のしつけ方を間違えたかもしれない。
遠く、ノイシュタインの城で義妹が同じように思っていたことを、この義兄は知らない。





