19 【黒い森・1】
著作者:なっつ
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ルチナリスたちはまた森にいた。
柘榴の伯父がいた森ではない。あの森は木漏れ日が降り注く明るい森だったけれど、此処は暗くてジメジメしている。
木々に遮られて僅かにしか見えない空も灰色。ヒュウ、と時折吹く風は、昔、ミバ村で聞いた狼の遠吠えにも似て、此処に居てはいけないという焦燥感ばかりを煽る。
それでも。
「いやぁ、てっきりロボの操縦ができると思ったのに」
「無理」
別の世界に来られてよかった。あの世界にはついていけない。
6戦士のうちの半分がいなくなってしまって残った彼らがどうなるのか、全く気にならないわけではないが、素人の自分たちよりはあの白衣やツナギのほうが勝手もわかっているだろう。
ただ心残りなのは、あの世界では何ひとつ手掛かりが手に入らなかったということ。固有名詞だけは盛沢山だったが、間違ってもアジノヒラキとメンタイコは重要アイテムには成り得ない。
「いや。もしかしたらマスターキーを召喚するための呪文なのかもしれない。
アジノォォォヒラキトォォォォォ! メェェェェェンタァァァァァィィィコォォォォォ! とか」
勇者は古の人々が太陽に向かって祈りを捧げるように、跪き、空に向かって両手を上げる。しかしそれで笑える気力などルチナリスには既に残っていない。
「まるであなたのためにある世界みたいだったわね」
一緒になって喜んでいたくせに、アイリスは勇者に向かってそんなことを言っている。
出会って数時間なのにもう勇者の人となりを認識するとは。なかなかに洞察力が鋭い。
「あの世界にずっといたかったんじゃない?」
「んー。でもやっぱりあの世界じゃ僕の類稀なる才能は発揮できないと思うんだよね。機械っていうのは使い方さえ知っていれば誰でも同じだけの能力を発揮できるものだから、個々の能力は問題にされないでしょ? そんなところにいても勿体ないと思わない?」
「だからこそあの世界は適任だと思うわよ?」
「あ、僕が平凡なモブだと思っているね? ふふふ、能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ? 僕はこれでも、」
本当に能ある鷹なのだろうか。
ルチナリスは魔族のお嬢様が相手でも、いつもの勇者節を展開している男を見やる。
メグの兄だから、やはり何らかの才能があるのだろうか。彼らとは同じミバ村の出身で、だから自分と大差ないと思っていたけれど、それは間違っているのだろうか。
義兄や執事が自分よりできるのは、単に大人だからだと思っていた。
しかしここへきて現れたメグは聖女になると神託を受け、その兄もただの勇者モドキではなく。アイリスは貴族のお嬢様で、柘榴はウサギのくせに執事で。
それだけではない。スノウ=ベルもガーゴイルもマーシャさんも、専門の仕事を請け負っている。小間物屋の女店主も宿屋のおかみさんも城下町の町長も、柘榴の伯父や椿、先ほどの紅蓮たち3人も博士も、そして名前も出て来なかった白衣とツナギの集団も、誰も彼も、自分より上を行っている。
平凡なのはあたしひとりだけだ。ルチナリスは俯く。
「それにしても此処は何処なのかしらね」
俯くルチナリスとは逆にアイリスは上空を見上げる。
周囲に生えているのは針葉樹。天に向かって槍を突き出すような、尖った樹木ばかりだ。
「少しわかったことがあります」
あの世界から抜け出したことでやっと正気を取り戻したらしい柘榴がアイリスの腕の中から声を上げる。
「しがない考察ですが、先ほどの世界はそちらの、ええと」
「勇者と呼んでくれたまえ!」
「ゆ、う……!?」
そう言えばアイリスたちに彼が勇者だと紹介していなかった。それどころか呼び合う台詞で名前を把握しただけで、お互いに名乗り合ってもいない。
勇者と名乗られ、絶句する柘榴を見、ルチナリスは過去を思い返す。
魔族にとって勇者とは自分たちに敵対する者。よもや魔王の妹と一緒にいたのが勇者だとは思わなかったのだろう。妹が聖女候補から外れた時点で勇者でいる必要がなくなったと公言した男だけに、今更、魔族だから、というだけで切りかかったりはしないと思うが、騙していたようで申し訳ない。
「そんなに驚くことかなあ。まぁ、一般人からしたら勇者なんて高嶺の花みたいなものだとは思うけど、でも僕は気さくでとっつきやすいから気軽に話しかけてくれればいいよ」
何故かとてつもなく上から目線に聞こえる台詞を吐きつつ、勇者は前髪を掻き上げた。さっそく赤ヘルメットの真似をしてみたのかもしれない。歯が光らなかった。15点。
「あ、ええっと。で、ですね。考えたのですが、この世界は皆、僕たちの心、と言うか内面を映しているのではないかと思うんです」
柘榴はそんな勇者の謎ポーズにツッコむつもりも、そして勇者が勇者であることもスルーすることにしたようだ。
髑髏の扉から出てきた喋るウサギというだけで既に普通ではないし、アイリスや自分も「魔族」という単語を口にしてしまったが、それだけで彼らが人間たちの言う「悪魔」と同一の存在である、と立証はできない。
誤魔化しているようにも聞こえるが人間を襲うのはあくまで「悪魔」であり、見た目も醜悪な化け物ばかり。今になって考えてみれば、それも魔族の戦略のひとつではないかと思われる。
魔王が表向きは人間界の一領主を装っていることと同様に、自分たちを襲う「悪魔」は自分たちとは姿形がまるで違う生物なのだと――そう思わせること。
人間の娘と何ら変わりない少女や愛玩動物が「魔族」と名乗ったところで、認識としてはエルフや妖精のような無害で平和を好むファンタジーな異世界の人、としか思わない。自分たちを襲う「悪魔」だと思われることは、まずない。
悪魔が人間を狩ると言っても、それは数にものを言わせてのこと。
1対1に近い環境で、武器を携帯している相手にわざわざカミングアウトするのは自らの首を締めるだけだ、と柘榴もわかっているのだろう。
それに関してはルチナリスも何も言うつもりはない。
アイリスがあまりにも義兄や執事と知り合いだというアピールをし過ぎている。「魔族」と「悪魔」が同一のものだと教えることは、義兄と執事もそうだとバラすことと同じだ。
「心?」
「先ほどの世界がいい例です。あの世界は魔界ではない。しかし人間界でもない。まるで、その勇者さんの心を読み取ったかのような世界だと思いませんか? あの世界を認識できるのは勇者さんだけ。僕には全く理解できませんでした」
大丈夫。あたしも理解できなかったから。
大声で自慢できることではないが、ルチナリスは柘榴の推察に強く頷く。
「そしてその前の森。あれはきっと……僕の心からできた世界です」
「私の、とも言えるんじゃない?」
「いいえ。もしお嬢様の心から作ったのなら伯父よりも椿さんが前面に出てくるはずでしょう?」
アイリスの言葉に、柘榴は首を横に振る。
やはり彼らと椿には何か関連があるのだろう。それもきっとアイリスのほうに、深く。
今となってはどうしようもないとわかってはいるものの、やはり彼らと椿を合わせるべきだった、と思わずにはいられない。
そして、だとしたらあの少年少女のいた城も、柘榴たちならば気付くものがあったのだろうか。
それにしても心を読み取った世界だなんて、だんだんややこしくなってきた。
あたしはただゲートを消したいだけだったのに、何故今更、自分の心と向き合わなければならないのだろう。
だとしたら、どうすることがマスターキーの入手に繋がるのだろう。
「それじゃ、この暗い森は誰の?」
ルチナリスの問いに、3人の目が一斉にルチナリスに向いた。
「へ?」
「あなたに決まっているじゃない? ずーっとジメジメジメジメと考え込んで、鬱陶しいったらないわ。残るは私とあなたのふたり。それでこの森の何処に私の要素があると言うの?」
「う、鬱陶しい!?」
「鬱陶しいわよ。どうしてこんな娘を妹にする必要があったのか、青藍様に問い質したい気分だわ」
アイリスの口から無数の棘が吐き出される。
ああ、そうか。この子、あたしのこと嫌いなんだわ。
ルチナリスはスカートの裾を握り締めた。
そう言えば言っていなかったか? 「兄のようなものだ」と。自分がメグや執事が義兄に近付くことを快く思わないように、アイリスもそう思っていたかもしれない。
それも人間で。貴族ですらなくて。顔だって平均で、背も低くて、地味な茶髪で。頭がいいわけでもなくて、咄嗟の判断で動くこともできなくて、いつも内にこもって考え込んでいる。
あたしがアイリスの立場でも、どうしてこんな娘が? って思うわ。
自分はこんな娘に劣るの? って。





