12 【ウサギのお茶会・5】
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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キィ、と扉の開く音がした。
よりにもよって足音の主はルチナリスたちが隠れている部屋に入って来たらしい。囁き声からしてふたり以上。重みを感じない足音は子供のものだからだろうか。
「何で入って来るのよー」
悪態をつくルチナリスの横で、勇者は納得したように頷く。
「うん、物語のセオリーどおり! こうして隠れている時は主人公が重要なキーポイントを目撃する時、と相場で決まっているんだよ。例えばお宝部屋に入るための暗号入力方法とか、魔人の呼び出し方とか、敵の弱点とかね。
思わない? 何でわざわざ敵が”右に3回”とか口に出しながらダイヤルを回す必要があるのか。あれは”主人公に聞かせるために”言わなきゃいけない法則なんだよ!」
いや、それは物語の中だけですから。
世の中の事件は定時で結末を迎えるようにはできていませんから!
犯人は全員、終了15分前に崖の上でネタバレするわけじゃないですからーー!!
第一、自分が主人公だと誰が決めた? もしかしたら敵ポジションかもしれないし、ただのモブかもしれないじゃない。主人公のつもりで敵前で長々と口上を述べて怒鳴りつけられたのは何処の誰だったでしょうねぇ。
ルチナリスは先日の海での一件を思い返す。
その間にも部屋に入って来た者はルチナリスたちが隠れているソファの前を通り過ぎ、奥の壁に作りつけられている暖炉の前で立ち止まった。
「……こんなところに?」
「そうだよ」
やはり子供。それも少年と少女であるらしい。
こっそりと様子を窺うと、金髪の子供がふたりして暖炉の中を覗いている。
閉じられたカーテンの隙間から漏れる光が、彼らの髪を煌めかせる。服装も簡素ではあるが、自分たちの着ている服よりは高価そうだ。この城の子弟と子女といったあたりだろうか。
どうせならカーテンを開けたほうが良く見えるのに、と思ったのはルチナリス自身、彼らが覗いている暖炉の中が気になるからだろう。明るくしてしまえば自分たちが見つかる率も上がるじゃないの。却下! と即座に否定したものの、暖炉への興味は消えない。
「彼は僕たちのことをわかってくれる。誰よりも」
「千日紅よりも?」
「あいつは……! 自分の思い通りに事が運ぶように動いているだけだ。だから、」
あの暖炉の中に「彼」が?
ルチナリスは眉をひそめる。
「あなたは努力しているわ」
「……天賦の才としてそれができる、と、そう見られなくては意味がないんだ」
「あなたはあの弟君を恐れ過ぎているのではなくて? どう足掻いたところであの子はあなたの上には、」
「立つ、かもしれない。魔族は才能が全てだ」
魔族、ということはやはり此処は魔界なのだろう。
マズい。絶対に見つかるわけにはいかない。ルチナリスは息を潜める。こういう時に限って足がつったり背中が痒くなったりするものだけれども、今、物音を立てたら一巻の終わりだ。
相手が子供だとしても彼らは魔法を使う。何より、悲鳴ひとつで兵士から使用人までが飛んで来るであろうことは間違いない。大半の魔族にとって人間は食料でしかないから、捕まれば確実に命はない。
「あなたには私がいるわ。そして彼も」
「だが否定する者もいる。千日紅がいい例だ。蘇芳も、きっと犀も」
どうにも少年に弟がいるということと、頑張っている割に評価が低いらしいということくらいしかわからない。怪しい暗号も口にしなければ、魔人を呼び出すこともない。この会話を縦読みしたら別の言葉が現れる……かもしれないけれど、そのつもりで聞いていなかったから最初のほうは何を言っていたか覚えていない。
しかし、成果が得られないからといってソファの陰から出ていくこともできない。
「は、は、」
その時だった。隣で勇者が変な声を上げたのは。
待て! それは主人公が隠れている時の十八番、「ついうっかりクシャミをして見つかってしまう」フラグではないのか!? それも主人公勢の中で3番手くらいのお笑い担当がやるやつ!
あんた一応は勇者でしょ!? 1番手がリーダー格、2番手がニヒルな奴、という振り方でいけばどう考えたって3番手が似合いだけれども、他に誰もいないんだからこんな時くらいはリーダーっぽさを行動で示しなさいよ!
ルチナリスは「鼻がムズムズします」とばかりに顔を歪ませている勇者の口を慌てて抑えた。抑えた勢いで勇者が背負っている剣がカチャ、と鳴り――。
「お嬢様! お嬢様! 何処にいらっしゃいますか!」
その音に重なるように、扉の向こうで声が聞こえた。
「いけない」
少年は1度扉を振り返り、それから少女を見た。
わずかに苛立たしげな色を帯びたその声は徐々に近づいて来る。
足音も踏み鳴らすものではないが、それが余計に静かな怒りを感じさせる。
彼女が頷くのもそこそこに、少年は暖炉の上に置かれている燭台を握って引き倒した。
それが秘密の通路を開ける鍵だったのだろうか。吸い込まれるようにして彼らが暖炉の中に消えるのと入れ替わりに、
「お嬢様!」
扉が開いた。
光を背に立っているせいで顔は見えないが、衣装と口調からして執事だろう。彼は暗い室内を見回し、それから黙ったまま扉を閉じた。
同じリズムを刻みつつ、足音は遠ざかって行く。
ルチナリスと勇者は引き寄せられるように暖炉の前に立った。
そうだろう。あんな意味深な行動をしてくれたら気にならないはずがない。しかもこの先に隠し部屋があるのは間違いないのだ。
勇者曰く、「主人公が隠れている時に目撃する行動は物語の重要なキーポイント」。だとすれば、マスターキーもこの中にあるかもしれない。
「ただ心配なのは彼らと鉢合わせするかもしれない、ってことよね」
「でも行ってみるんでしょ?」
「そりゃあ……」
行くでしょ。このシチュエーションなら。
少年がやったように燭台を引き倒すと暖炉の奥の壁が消えた。
真っ暗かと思いきや、点々と紅い石が続いているのが見える。その石がぼんやりと発光しているおかげで先が見通せる。
少年と少女の姿はない。きっとこの先へ行ってしまったのだろう。
「……どういう構造で光ってるのかなぁ。この石」
勇者は興味津々に手近な石を手に取った。
その途端。
ガシャン! という音と共に、足元の床が消えた。





