8 【ウサギのお茶会・1】
著作者:なっつ
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ハリエンジュの木が白い花を咲かせている。
木漏れ日が優しく降り注ぐ下に、白いクロスのかかったテーブルが据えられている。
椅子の数は6脚。そのうちの2脚は既に主を決めていて、ひとつには淡いクリーム色の毛並みをしたウサギが、そしてもうひとつには……いや、もうひとつの椅子の前には枝が手折られたまま置かれている。
枝の傍に落ちている茶褐色の塊は、かつて花だったものだろうか。
手折った花が枯れるほど長い間、此処でこうしていたのだろうか。
しかしクロスには汚れも皺もない。腰掛けているウサギからも退屈している様子は感じられない。ただ新聞を広げながらティーカップを口に運び続けている。
「扉を開けたら森でした」
勇者は物珍しそうに周囲の木々を見上げた。
ルチナリスたちはあの後、開いた扉の先に足を踏み入れた。
開けた先に執務室へと続く廊下があることをわずかながらも期待していたのだが、そこは何もない真っ白な空間で、「こっちです」と呼ぶ柘榴の声を頼りに歩を進めるしかなかった。
ゲートの片方はアイリスの家。まさか自ら進んで魔界に向かう日が来るとは。
しかし今回は人間狩りの時とは違う。着いた先で食糧庫に放り込まれる確率だって無きにしも非ずだが、こちらには闇の蔓を切った勇者がいる。きっと何とかなる。そんなことを考えながらもルチナリスは興味津々の体で初めて入った「ゲート」内を見回しながら後を付いて歩き……
……そして何故か、アイリスの家ではなく森の中に出た。
これにはアイリスや柘榴も予想外だったらしく、勇者と同じようにあたりを見回している。
マスターキーを探す、という目的があったから、その関連の場所に導かれたのだろうか。
未来には行き先の名称を唱えただけでそこに繋がる、という画期的な道具が発明されるらしいが、今の人間界の技術ではフィクションでしかない。
だがゲートは魔界産。さすがに魔界全土から鍵1個という無謀なクエストでは何時まで経っても終わらない、と都合よく誰かの意向が忖度された結果なのだろう。そう思っておく。
「まあ無難なところだね。大抵、秘密の通路を通った先っていうのは森、と相場が決まっているのさ」
そして。
順応力高すぎだ。勇者。
だいたい相場って何だ。他に前例があるとでも?
ついさっきあなたが彷徨っていた異世界は火の山と妖精のいる草原で、森でも何でもなかったじゃありませんか。それともたまたま火山と草原だっただけで、扉を開けたら森だったりすることが日常的に起きていたりするんですか!?
黙ったままツッコみ続けられているとは知る由もなく、勇者はルチナリスに笑顔を向ける。
「いやぁ、そんなに見つめられたら照れちゃうなぁ。でも安心して! 僕は勇者だよ? 賊が出ようとも怪物が出ようとも、この聖剣でパパーッ! と、」
「出たのはウサギよ」
いつもの演説はアイリスがあっさりとぶった切った。
この勇者の話が長いことを知っているわけがないのだが、素晴らしい切り返しですお嬢様。この反応の早さは日頃から柘榴と掛け合いをしている賜物かもしれない。
ゲートが消せないと知った時のふたりの会話を思い出し、ルチナリスはただ感心する。
相手が話し終わらないうちに切り返す。この技を習得できればあの執事に口で勝てる日が来るかもしれない。
そして大勢で騒がしくしていればさすがに気付くだろう、クリーム色のウサギがルチナリスたちが隠れて様子を窺っている茂みに顔を向けた。片眼鏡の奥の目がすっと細められる。
読んでいた新聞を折り畳むと、ウサギは茂みに向かって声をかけてきた。
「そこにいるのは柘榴かい? 久しぶりだね」
ウサギのくせにダンディボイス。人間で言えばスーツ&口ひげのオジサマといった風情すら感じられる……けれど、そんな悠長な感想を言っている場合ではない。
何故、柘榴。
知り合いですか? だったら「やァ、久しぶりー!」と出て行けばいいのに、どうして隠れて様子を窺っているのですか?
そしてそれは当の本人も思ったらしく、突然の名指しに、柘榴はアイリスの腕の中で目を点にした。
知り合いではないのだろうか。
それとも一方的な知り合いだったりするのだろうか。
自分と義兄のように、何処ぞの貴族様が口約束で弟にしているのが柘榴、その貴族様の実兄がクリームウサギ。いやいや、そんな面倒な関係、ボロボロ出てきても困るけれど。
「伯父、上?」
3人の目が集まる中、柘榴が掠れた声を上げる。
「なんだい、伯父の顔を忘れるとは。まだ痴呆には早いだろう?」
……どうやら本当に伯父様だったらしい。気が付かなかったのは滅多に会わない相手だからなのだろうか。それでもとにかく一人目の登場人物が身内、というのはかなり幸先がいい、と言えるだろう。
伯父様は眼鏡の奥から客人たちを一通り見回すと、鷹揚に空いている椅子を指差した。
「まぁ立ち話もなんだからお座り。今、椿がケーキを焼いている。一緒にどうだい?」
もうひとり(1羽かもしれない)いるらしい。
「ケーキ!」
伯父様の台詞に目を輝かせたアイリスの腕の中で、しかし柘榴は手を横に振った。
「申し訳ありません伯父上。今は先を急いでいるのです」
「ええ!? いいじゃない少しくらいー!」
出されそうになっていたケーキを目の前で取り上げられたのだ。当然、アイリスは抗議の声を上げる。
「疲れた時には甘いものがいいのよ? せっかくお誘い下さっているのを断るのはマナー違反だわ」
「まだ疲れるほど進んでおりませんお嬢様。その調子で休んでいたのではマスターキーなど永遠に見つかりませんよ?」
しかし食い下がるお嬢様にウサギはと言えば、にべもない。
それもそうだ。
この世界で見つけないといけないものは鍵1個。あの巨大な扉の鍵らしく、それ相当に大きかったり禍々しかったり、いかにも「此処にいますー!」と存在感をアピールしてくれればいいけれど、それにしたって鍵1個。
しかも色も形も不明。いくら扉が忖度してくれたところで、今の時点でゴールは全く見えない。この調子では生きている間に戻ることなど不可能だ。
だがしかし。
「旅で安全な食べ物は貴重だよ? 柘榴さんの伯父さんなら毒も入ってないだろうし、貰っておいたほうがいいんじゃないかなぁ」
その論理を根底から打ち崩す男がひとり。
「勇者様は黙ってて!」
ルチナリスは思わずその男を怒鳴りつけた。
これで食べていく派3人vs食べないで進む派2人、多数決で食べて行くことに決まりました! となったらどうしてくれる!!
あたしだって温かい紅茶と美味しいケーキを屋外で、なんてシチュエーションは捨て難い。しかしまだスタートして1時間も経っていないのだ。こうしている間にも、あの自称・義兄の親友な執事が親友の枠を取っ払っているかもしれないのだ。それは断固阻止したい。いや、しなければ!
固く心に誓うルチナリスに、勇者は溜息をついた。
「ルチナリスさんはさぁ、執事さんを信用しなさすぎだよ。町長さんが言ってたよ? 執事さんは今時珍しい忠誠心の塊みたいな人だ、って。だから領主様も信用してるんだ、って。……そんな理想的な主従の在り方を、」
そして、ふ、と蔑んだような鼻息をひとつ漏らす。
「妹が腐った目で見ているなんて、領主様が知ったらどう思うだろう」
「うっ!」
ルチナリスは言葉に詰まった。





