51 【池魚の殃(わざわい)・5】
著作者:なっつ
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煩悩を払拭すべく無心に樽を集めていたルチナリスは、3人がいたところに何時の間にか黒い檻ができているのを見て手を止めた。
見た感じは巨大な鳥籠、もしくは獣の檻。
此処は動物園じゃないのよ、誰がそんなもの置くって言うのよ、と自分の視覚を否定したくなる反面、その材料と材料を調達する人物には心当たりがあったりもする。
3人の姿は見えず、檻の外にはメグひとり。
単純に考えて、彼らはあの中にいるのだろう。
と、言うことは。
今、外にいるのは自分と義兄とメグ。言い換えれば彼女を抑えているものは何もない。
これって、もしかしなくてもマズい状況じゃないかしら。
そう思っていると、メグがゆっくりと振り返った。
その顔は見覚えのある幼馴染みの顔ではない。三日月状に弧を描いた口は耳まで裂け、目の位置にはぽっかりと開いた空洞がふたつ。その目でも樽の陰に隠れているルチナリスが見えているのか、焦点は確実にこちらに合っている。
そして顔よりも目を惹いたのは腹だった。縦に裂け、その中に牙が並んでいる。時折黒い蔓が蠢きながら首を出す。それはまるで寄生虫が湧いているようで――。
「ひっ!」
ルチナリスが息を呑んだ瞬間、メグの姿が消えた。いや消えたように見えた。
しかし、それはまさに一瞬。
眼前に、突如、その耳まで裂けた笑みが現れた。同じくして手をかけていた樽が粉々に吹き飛ぶ。
バアン! という至近距離での爆発音と、自分に向かって飛んでくる木片に、ルチナリスは思わずしゃがみこんで頭を覆った。
いけない。
また体を取られる――!!
前に体を取られた時がどういう状態だったのかは知る由もない。
頭を守れば取られない、とも言い切れない。
しかしメグはルチナリスには目もくれなかった。
つい、と視線を彷徨わせ、ルチナリスの後方、漁師小屋の壁際で眠っている青藍に視線を向ける。ゆらり、ゆらり、と操られているかのような動きで彼女は歩を進め、その脇に屈み込む。
「領主様、」
メグの手が伸びる。
その横顔は先ほどルチナリスが見た化け物じみた形相ではなく、昼前に此処で出会った――歳相応に成長した幼馴染みの顔だ。その顔で近寄られても危険を感じる男は誰ひとりとしていないだろうし、腹に口がある化け物の姿を今見たばかりの自分ですら、あの姿のほうが悪い夢だったのではないかと思うほど。
でも。
ルチナリスは四つん這いのまま、それでも義兄とメグの間に割って入ると、その手を払い除けた。さらに義兄の体に覆い被さる。
意識があったらまた胸がないとか言われるかもしれない。
けれど、そんなことを躊躇している場合ではない。
「駄目! 駄目駄目駄目ぇぇぇぇっ!!」
義兄にしがみついたまま、ルチナリスは叫んだ。
――何が駄目?
心の中で問う声が聞こえる。
――今のメグは普通の女の子でしょ?
見た目で判断するなんてナンセンスだわ。
その見た目でメグは何人の命を奪ったのよ?
「あたしの体が欲しいならあげるから! だから、青藍様には手を出さないで!」
強いくせにやたらと狙われやすいこの人を今守れるのはあたしだけ。あたしが守らなきゃ。
あたしが青藍様を。
あたしが「お兄ちゃん」を。
あたし、が……!
「何を言っているの? るぅ」
メグは微笑む。
昔と変わらない笑みは10年前、「孤児だから、他の村から来た余所者だから」という理由で何時まで経っても輪の中に入れてもらえなかった自分に、初めて向けられたものと同じ。
それ以来、メグは友達だった。
あたしは彼女の存在に救われていた。
――そうよ。メグは唯一の友達。でしょ?
その友達の何をそんなに警戒しているの?
友達だけど。
でも海の魔女なのよ? 警戒するのが普通じゃない。
――違うでしょ?
本当は「友達」だなんて思っていない。
警戒するのも自分に危害を加えるおそれがあるから、じゃない。
何人も殺されたから、でもない。
「メグ、」
――あなたが警戒するのは、
そう。あたしは義兄の「命」を守りたいんじゃない。
ルチナリスは義兄に覆いかぶさったままメグを睨みつける。
『あたしが、領主様のお嫁さんになるの――』
あたしから、この人を取らないで。
「邪魔なのよね」
メグは笑みを消すと不快そうに呟いた。
宙で止まっていた手をルチナリスに向ける。
指先が1度、ぐにゃりと曲がり、それからピン! と尖った。金属光沢のあるそれは、どう見ても人の指ではない。
「その人の隣はあんたみたいな娘がいていい場所じゃないの。あんたがどうこういう権利もないの。もうすこし立場をわきまえたらどう?」
「た、立場っていうならメグだって同じでしょ!」
ルチナリスはメグを見上げて言い返す。
どちらも人間で、ミバ村で生まれ育って、同い年で、女の子で。違うと言えば親兄弟がいるかどうかってだけのこと。
子供の頃はそれで劣等感を抱いたけれど、今だってそう思うことはあるけれど、でも親の有無であたしの価値は変わらない。
むしろいないことを隠れ蓑にして逃げるほうが価値を下げるだけ。親がいなくても、あたしが敵対する「人間」の子供でも、あたしを「あたし」として接してくれた人がいる。此処にいてもいいって言ってくれる。だから――。
「親もいないくせに」
「それが何!? あたしには関係ない!」
「あんたじゃ領主様には釣り合わないのよ!」
「それだってメグに決められることじゃない! 青藍様はあたしを義妹だって言っ、」
ルチナリスが言い切る前に、メグは黒く尖った指先をルチナリスの喉元に向けた。
声を失った幼馴染みに嘲笑を浮かべ、彼女はその先端をゆっくりと上げていく。
「……本当は”イモウト”だなんてこれっぽっちも思っていないくせに」
それは先ほど樽を破壊したものと、そして船の横腹に穴を開けたものと同じ。殺傷力は想像するまでもない。
メグはその切っ先を、ピタリ、とルチナリスの眉間で止めた。
「死んでくれる?」
それを、こんな至近距離に。
ルチナリスは息をすることも顔を背けることもできないまま、わずかに蔓の先端から目線だけを逸らした。





