49 【池魚の殃(わざわい)・3】
著作者:なっつ
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ルチナリスがひとりで煩悩と戦っている頃、妹の元に辿り着いた勇者も窮地に立たされていた。
妹は冷たい目のまま、自分に指を突きつけ、視線も離そうとはしない。
ああ妹よ! 口は冷淡だけれどもほんの片時も兄から目を離したくないんだね! と、いつもの自分なら言うのだろうが、妹のほうもいつもと違う。軽い言葉をかけにくい雰囲気が漂っていて落ち着かない。
何が気に障ったのだろう。
勇者と名乗るのは今に限ったことではないし、主人公の口上が長いのは当たり前。それ以外には……?
「本気で妹を守るって言うのなら、そいつらを倒して」
妹は指先を、つい、と執事とソロネに向ける。
「だ、駄目だよ。ソロネちゃんや執事さんは味方だか、」
あの異様に怖い執事を倒せるわけがない。
ボンキュッボンなお姉様は倒したくない。
勇者はふたりを見、妹に視線を戻す。
ふたりとも黙ってこちらの動向を見守っているばかりで動こうとはしない。執事は腕を組んで、お姉様は腰に手を当てて。
一見、気の抜けた見物客にしか見えないが、ああいう状態こそ危ない。攻撃の「こ」の字でも出そうものなら瞬時に戦闘スイッチが入るのだ、ああいう輩は。
だから、
「勇者よ!!」
突如、妹は叫んだ。
「はひっ!」
「聖女として命じます! その者たちは怪しい力を使う異形の者。世界平和のために倒すのです!」
「ははーっ!」
有無を言わさぬ口調で命令に、グチグチと考えていた理由が吹っ飛んだ。
そうとも。僕は勇者。聖女の勇者! 聖女の命令は絶! 対!
勇者は、妹の前にひれ伏した。
「あの人、どちらの味方ですか?」
「勇者様はドラマチックなのが好きなのよ」
そのひれ伏した勇者の耳に、異形と呼ばれたふたりの会話が聞こえてくる。
……何故自分だけがひれ伏しているのだろう。
頭を地面に擦りつけたまま勇者は思う。
聖女である妹はいい。でも今しがた敵と言われたふたりは? 勇者たる自分が無様な醜態を晒していると言うのに、何故奴らは頭を下げないのだ。
「こうも簡単に寝返るのを勇者と呼ぶんですね。勉強になります」
「いいわね。いくつになっても学ぶ姿勢は大切よ?」
おかしい。理不尽だ。…………………………そうか!
キュピーン! と閃いた。
勇者は立ち上がると剣を抜いた。
「聖女の命により、お命頂戴つかまつるっっ!」
頭を下げないのが聖女の敵である何よりの証拠。
思えばあの執事は勇者の僕に最初っからやたらと攻撃的だった。ああ、もしかしたら領主の体調が悪いのもあの執事のせいかもしれない。毎日の食事に毒を盛るくらい奴なら朝飯前だ。
ソロネちゃんはナイスバディなお姉様だと思っていたけれど、何時の間にやら人間をやめている。おっ〇いには良いお〇ぱいと悪いおっぱ〇があるけれど、彼女が悪い〇っぱいだったなんて。ああ、あのおっ〇いに挟まれてみたいとかちょこっとだけ思ったりもしたけれど、実行する前でよかった。もし挟まれていたら、あのお〇ぱいが悪いおっぱ〇だと見抜くこともできなくなっていたに違いない!
そう! あのふたりを改心させるのも勇者たる僕の崇高な使命! 頭が高いなら下げさせるまで!
そしていいおっ〇いになったあかつきには、思う存分パフパフさせてもらおう!!
呆れたように見ているふたりに、勇者は剣を振りまわしながら突っ込んで行く。
理不尽だ!
理不尽だ!
ひれ伏せ!
ふたりとの距離0.5メートルで急停止。そして勢いよく剣を右から左へ払う。
払い終わり、しばらくその形のままでポーズを決める。
一陣の風が吹く。
きっと兜の紅い羽根飾りも格好良く流れたことだろう。
うん。……カ・ン・ペ・キ☆
「……何をやっているのですか? 彼は」
「カッコよく切ったつもりなのよー」
ふたりまとめてバッサリと切り払うイメージを抱いていた勇者は、呻き声を上げるでもなく会話を続けているふたりの声に慌てて振り返った。
さっき立っていた場所から寸分違わぬ位置でふたりは顔を見合わせている。
バッサリと切られているはずの胴体もつながっているし、血も出ていない。
「あのー、何で切られてないの?」
「避けたからでしょう」
「やぁだ、あっさり切られるのを待ってるわけないでしょ?」
何か残念なものを見るような目の執事と、ケラケラと笑い転げているお姉様。
ちょっと待て。剣を向けられて、切られそうになって、どうしてこんなに余裕ぶちかましてるわけ?
いや、今はまだ強がりを言っているだけだ。次はない!
勇者はもう1度剣を握る。
そして! 今度こそパフパフを!!
あ、執事さんのほうは黙って切られていて下さい。
だがリベンジは叶わなかった。
勇者の足が地を蹴るより先に、黒い蔓が飛んできたのだ。
蔓の餌食になる位置にいたふたつの人影が一瞬で消える。吹っ飛んだわけではなく、ただ消える。
そして蔓は勢いを弱めることもないまま、勇者に叩きつけられた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
舞い上がる砂埃の中で勇者の絶叫が響いた。
あぁ、僕はこれで死ぬんだ。
薄れゆく意識の中で、勇者はそんなことを思う。
歴戦の勇者も死ぬ時は呆気ないもんだ。
そう、勇者というのはわりとみんなこういうあり得ない死に方をするもんなんだよ。子犬をかばって馬車にひかれた、とか子供を助けに木に上って足を滑らせて落ちた、とか。
僕が死んだら、その大いなる栄光の数々は代々伝わるのだろう。きっと町の広場に銅像も建てられるに違いない。その台座に腰掛けた年寄りが語る冒険譚に、集まった子供たちが感動の涙を浮かべる様までが目に浮かぶ。
「……勇者様、そろそろ帰ってらっしゃい」
声が聞こえる。女の声だ。
帰る? 何処へ?
あぁ、そうか。きっと僕みたいな勇者はただ天界に住まわせておくには惜しいから、また生き返らせて世のため人のために勇者をしなさいって言うんだね。
さっきのはきっと天使の声。
ラッパを吹く天使に連れられて、僕は神々しく天から旅立たねばならない。その時間がやってきたのだろう。
アデュー、束の間の平穏な日々よ。
僕はまた戦場に舞い戻る。
目を開けると執事がいた。残念を通り越して呆れた、と言わんばかりの目をしている。
あれ? 僕はいったいどうしたのだろう。
生き返ったのに足が宙に浮いている感覚。ただ生き返るんじゃなくて、人間を超越した存在に進化したのだろうか。
ほら、戦うための人型機械も最初は空すら飛べないのに、改良に改良を重ねて最後には羽根が付くでしょ? 歌姫のドレスも上質になると羽根が付く。
あれと同じことが僕にも起こったに違いない。だとすると名前もバージョンアップしなければ。「極・勇者」とか……? と考えていた時、唐突に至近距離にお姉様の笑顔が現れた。
「妄想の世界からお帰りなさーい」
勇者はソロネに首根っこを摘ままれていた。足が宙に浮いているように感じたのは、ぶら下げられているだけだった。
戦場には戻ってきたらしい。予想していたより神々しくないけれど。
雑記:
ちなみに「アデュー」は永遠(かなーり長い間)の別れに使う言葉で、日常的なさようならは「オールボアール」と言うそうです。





