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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 10:勇者様は暴走中
225/626

45 【落花流水の情・4】




著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!


 挿絵(By みてみん)




 そんなグラウスの心の揺れを読んだのだろうか。ソロネはわずかに表情を硬くし、それから肩を(すく)めた。


「あれはただの聖女の成り損ないよ。あの子にご主人様は治せないわ」


心にもない口調でごめんね、と呟くのも何処(どこ)までが演技だか。

 今までの言動からいってこの女が裏のない意見を口に出すのは(まれ)だ。今の言葉も、表情も、嘘ではないだろうが全てでもない。


「聖女になることはない、と?」

「こんなことをしでかした娘を据えたって、信仰の対象にはならないと思わない? 聖女も政治家もクリーンなイメージが大事なの」


 そして、やれやれ、とオーバーアクションぎみに語るのもわざとらしい。

 ここで聖女が担ぎ上げられたとして、その娘の過去を知っている者がどれだけいるだろう。現に海の魔女にしてもその正体は長い間不明のままだったではないか。

 ひとり暮らしだの遥か遠方から流れ着いただのという経歴ならば、その素性を知らない者ばかりでもおかしくはないが、隣町で、少なくとも兄と住んでいたとなれば、他人との関わり合いを断って暮らしていたわけではない。

 それなのに家族も隣人も、彼女が海の魔女として人々を襲っていることは知らなかった。

 もしひとりでもその違和感に気付いていれば、事件はもっと早期に解決していた。


 彼女がどれだけ他人(ひと)を殺めていても、自分たち以外にそれを知る者はいない。それどころかルチナリスに手を出さなければ自分と青藍はこの件に関わることはなく、その罪を知ることもなかった。勇者は今でも知らないし、ソロネも確証を持っていたわけではないだろう。

 そしてそれ以外の一般の……聖女を(あが)(たてまつ)る人々は知る(よし)もない。担ぎ上げたところでありがたがるばかりではないのか?



「理解に苦しみます」

「理解されようとは思わないわ」

「でも力は貸せ、と」

「……(ひが)み根性(はなは)だしいわよ、ポチ」



 (ねた)み。恨み。疑惑。

 人の心には大なり小なり暗いものが宿っている。白く塗り込めることで隠すことはできるが、なくすことはできない。奪った命の数を問題とするのなら、勇者など「殺人鬼」と名称を変えていいレベルだろう。

 人間の命だから問題だ――魔族の命はどれだけ断とうとカウントしない――というのであれば、だからあの娘は聖女にさせられない、という言い分もわからなくはないが。



 眠り続けている人を少しだけ想う。

 結局、道は塞がれたということか。ならば妥協することもない。


 足下を覆い尽くしていた氷から(きし)む音が走り、次の瞬間、噴き上がった。

 宙を舞う無数の飛礫(つぶて)が視界を覆う。

 そのいくつかは目標を見失って戸惑う男たちに付着し、静かにその動きを止めていく。

 

 男たちの元に蔓が走った。氷像と化した男たちに巻きつく。


 まるで獲物を呑み込んだ蛇のようだ。

 その(さま)に、本家の墓地で見た黒い(はりつけ)をも思い出す。魔力で言えば決して(かな)うはずがない青藍を難なく捕えていたあの蔓の十字架に、目の前のそれはとてもよく似ている。


 ああ。あれからだ。あの人の体調がおかしくなったのは。

 ずっと眠り続けるようになったのは。

 その眠っている間も、海の底に沈んでいるような夢を見ているのだと言っていた。



 そうだ。あの時に耳にしたあれは、悲鳴だった。

 声にならない悲痛な心の波。

 私を、あの時彼は確かに私を呼んだ――……。




「逃げて!」


 ソロネの叫び声に我に返ったが遅かった。

 男たちを呑み込んだ蔓は鎌首を持ち上げ、その膨らんだ首を勢いよくグラウスに叩きつけた。



「くはっ!」


 血の味がする。

 無駄に身長があるから腹にも叩きこみやすいのだろう。フロストドラゴンとの戦いの時に傷つけられたのも腹だった。

 妙に冷静に状況判断を下しつつ、グラウスは口内に溜まった血を吐き出すと、手の甲で口を拭う。



「考えごとをするなんて余裕ね」

「……あの蔓は何です?」


 グラウスを叩きつけた蔓は少女の手元に戻っている。

 攻撃を受けたせいで見ていないが、蔓の中にあった男はどうなったのだろう。元々霧の塊だから、再び吸収されてしまったのだろうか。砕けてしまったのだろうか。


 目の前にいるのは少女ひとり。

 彼女は薄笑いを浮かべると、歌うように何やら呟く。



「いや。闇というのは――」



 途端、衝撃波がふたりを襲った。

 吹き飛ばされるのを防ごうと身を沈めるふたりの横で、凍りついたまま残されていた男たちが、内側で小さい爆発でも起こしたかのように、続けざまに砕け散る。

 矢尻のように(とが)った氷の破片が頭上に降り注いだ。

 

 

                挿絵(By みてみん)



「闇とは(いにしえ)の魔王が使ったと言われている魔法。あまりに危険なので封印されて、もうずっと世の中には出てこなかったのよ」


 破片を払い除けながら立ち上がるソロネの頬や腕に、いくつもの紅い筋が付いている。だがさすがは白魔術師と言えるだろう、その程度はさらりと手を滑らせるだけで治していく。

 口調や表情にもダメージは(うかが)えない。もし彼女と再戦することがあったら、自分(グラウス)では太刀打ちできないのではないだろうか、などと今考える必要のないことを思う。


「……それなのに」

「まるで魔族が悪いような言い方ですね」



 力があれば。

 グラウスはところどころ裂けた袖に視線を落とす。

 手っ取り早く青藍の傍にいられるのが執事だったからこの職に飛びついたが、日を追うにつれ軍属、もしくはそれに準ずるもののほうがよかったのではないかと思う。それに執事では無理だが、軍でなら階級が上がれば爵位も上げられる可能性がある。少しでも青藍に近付ける。


 自分は戦い方を知らない。今だって10年見てきた魔王(青藍)の真似ごとをしているに過ぎない。こうして戦いにあてる時間が増すにつれ、その思いは顕著になるばかりだ。

 もっと力の出し方がわかっていれば効率よく戦える。

 咄嗟(とっさ)の判断も的確にできる。

 青藍にどれだけ紅竜がその手を伸ばしてこようとも、その手を退(しりぞ)けることができる。


 もし。いつか。

 自分が弱いばかりに青藍を失うことになったら……。



 ……そう言えばあれを「闇」と最初に称したのは誰だっただろう。

 その存在を感じたのは第二夫人の葬儀のために本家に行った時。暗闇の中からこちらを探るように(うごめ)く「音」だった。

 自分は、いつも暗闇から聞こえるその「音」をいつしか「闇」と称していたのだろうか。



 しかし魔王が使った、と彼女は言うが、魔族が使う魔法は四大精霊に基づく炎・水・風とそこから派生する亜流。四大精霊のひとり、メイシアが司る「大地」の属性がないのは彼女が魔族嫌いだからと言われているが真偽のほどは定かではない。

 聖女が使う「光」に対して「闇」属性の存在もあるのではないか、という話はたまに聞くこともあったが、それはあくまでも噂でしかなかった。


 なのに。


 あの黒い蔓は紅竜も使っていた。

 だとすれば、封印を解いたのは彼なのか?

 人間界にまで「闇」が現れたのはどうしてだ?



「闇が現れたのに聖女はいない。これはあなたがたが思うよりもずっと危険なことなの。だから聖都は今新しい聖女を探すと共に、世界に蔓延し始めた闇を浄化して回っている」



 歌うような抑揚のついた言葉の中に身を置いていても、グラウスにはあの時の光景しか見えてこない。

 聖女も闇もどうでもいい。探したければ探せばいいし、浄化したければ浄化すればいい。


 しかしそれが青藍の不調と関係があるのなら。


 最近の華奢(きゃしゃ)で儚い青藍は最初に出会った時の「姫」そのものだ。この10年、自分の隣にいた(魔王)とは違う。自分はずっと「姫」を求めていたのではないのか、今のままでいいのではないか、と何度も自問したが、それでいい、という答えは1度も出てこない。

 再会した時の、記憶とかけはなれた「彼」に覚えた違和感ですら、10年の月日で馴染んでしまったのだろうか。むしろ理不尽に振り回されるのが当然だと思うようになってしまっている。

 大人しく従順で、たとえ運命が相手だとしてもただ従い続ける(さま)はあの人には似合わないし、それに。


 「姫」も「魔王」も。

 もうどちらが欠けても、自分を魅了し続けた彼にはならない。


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◆◇◆

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『魔王様には蒼いリボンをつけて』設定資料集
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