42 【落花流水の情・1】
著作者:なっつ
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「お連れの勇者が見つかったならそのまま帰って下さればよかったのに。暇な方ですね」
空中に浮かぶ黒い塊を見上げたまま、グラウスはひそりと悪態をついた。
攻撃の手は止まっている。このまま放置するわけにもいかず、かと言って攻撃を仕掛けても今の形態に効いているのかどうかは定かではない。
しかも標的は未だ自分であるらしく、離れれば同じだけ距離を詰めて来る。
自分が遠ざかれば青藍たちに被害が及ぶことはないのではないか、と思い、また、不意を突かれて攻撃された時に自分の足よりも蔓のほうが早かった場合、あまり遠ざかっていたのでは守り切れなくなるのではないか、とも思う。
待つのは嫌いだが迂闊な行動はとれない。そんな逡巡が足を縛り付けている。
すぐ隣にはソロネがいる。同じように黒い塊を見上げている。
ガーゴイルたちを消した張本人ではあるが、今のところ、自分を攻撃する気はないようだ。もっとも、あれだけ攻撃しておきながら「倒しに来たわけではない」と言っていたし、勇者と合流できたのなら再戦はないとも言っていた。その言を信じるのであれば、彼女も黒い蔓をどうにかするために此処にいるのだろう。
それにしても。
城に乗り込んできたソロネが勇者を探しに行くと出て行ってから、もう数時間が経つ。
ノイシュタインの海は海水浴に向かないため、屋台も海の家も出ない。30分もいればすることがなくなってしまうし、かといって町に戻ったところで暇を潰せるような店もないのに、今まで何をしていたのやら。
ずっと探していたとでも言うのか?
だとすれば青藍が海に入って行ったのも見たのではないか?
ソロネは彼が眠り病に侵されていることを知っている。対峙したから属性が炎であることも知っている。そんな義理がないことはわかるが命にかかわるのだ。止めるなり、城に一報を入れるなりしてくれればいいものを。
「あたしはあの子を倒さなきゃいけないの。話の流れでわかっていると思っていたけれど?」
「聖女になる予定の娘を探している、というのは聞きましたが」
「聖女になる予定の娘の所在は知らない」と言った途端にいい反応を返して来たことを思い出す。ソロネも、そしてあの勇者も目的は「聖女になる予定の娘」だった。
今対峙している敵が紅竜と同じ黒い蔓の使い手だったということで、少しでも戦力が増えるのはありがたいと思う反面、彼女らが何処まで味方でいるか、という疑問も残る。窮地に立った時に手のひらを返されたら、と考えると素直に背中を預ける気にはなれない。
さらに自分は勇者に対して「ノイシュタイン城の執事」として接している。ソロネがバラしていなければ、彼は自分たちのことを人間だと思っているだろう。
正体を隠して戦わなければならないのだとしたら魔法の使用にも制限がかかるし、間違っても狼に変化することはできない。
「ロンダヴェルグは人材不足なんですか? 同時進行できる依頼内容だとは思えませんね」
勇者の話では前の聖女が行方不明になってから、もう数十年が経つらしい。
魔族の自分が言うことではないが、台頭してくる悪魔に対抗するためにも、一刻も早く正当な聖女を擁立したいところだろう。
だが幻の食材探しや郵便配達程度ならまだしも、連続殺人事件の解決など同時に行う事案ではない。欲張ったところで結局どっちつかず。愚かの極みとしか言いようがない。
「同時進行じゃないのよ」
視線は塊に向けたまま、ソロネは意味深に笑う。
「……と言うと?」
「だぁってうちの勇者様が海の魔女を倒すんだって言い張るんだもの。だから町を出るのを延期して、夕食も此処で取ることになったんじゃない。本当はオルファーナの美食紹介本に載るような店に行きたかったのに」
わざとらしいほど盛大に溜息をつくソロネを横目で窺う。
グラウス自身、オルファーナには数度足を運んだ程度だが、ノイシュタインとは比べ物にならない街だった。あれだけの人と店があれば美味いものも多いだろう。
それに比べればノイシュタインなど田舎もいいところ。食事も提供する酒場が1軒、あとは魚屋が片手間に売っている焼き魚などの総菜が少々。落差を考えれば溜息が出るのも頷ける。
だが。
……外したか?
微妙に食い違う会話に不快感が増していく。
同時進行するふたつの案件。彼女がわざとはぐらかした部分があると思ったのだが。
「行って下さい。構いません」
「そう言わないで。ほら、此処の海老料理もなかなかいけたわよ。素朴と言うかおふくろの味と言うか」
「こんな田舎町の料理がお口に合ったなら光栄の至り」
蔓の動きが止まった。
グラウスは口を噤む。
警戒を見せる執事服の男に、ソロネも改めて塊を見上げた。その表情にはまだ余裕が見える。
「別に今の今まで優雅にディナーを楽しんでたわけじゃないわよ? 勇者のパーティが情報を共有するのは酒場って決まってるでしょ? そうしたら勇者様が海の魔女に目星がついたって言うし」
『――そこまでです、ルチナリスさん! いや、海の魔女!』
その目星がアレですか?
シリアスな場面に割り込んできた勇者の馬鹿面をグラウスは脳裏に思い浮かべる。昨夜、そのルチナリスに連れられて城に泊まりに来たのに、脳内の何処がどうなったらあの娘が海の魔女だという結論になるのだか。
鼻先で笑いそうになったが、その一方で城に入り込んでいた「ルチナリス」が別人で「海の魔女」だったらしい、という事実にもふと気付く。
ルチナリスはいつから入れ替わっていた?
もしかすると昨夜のルチナリスも偽物だったのか?
ただのボンクラに見えたが……もしかすると今まで城に来たどの勇者よりも鋭かったりするのか? 見た目も言動もただのモドキにしか見えないが、それは偽装で?
グラウスは暫し考え込む。
だとすると本当に魔法など使えない。此処で使えば彼に見られる。青藍は……まだ眠っているようだからボロが出ることはないと思うが……。
「腹ごしらえは重要よ?」
黙っているグラウスをどう取ったのか、ソロネは弁明を口にする。今の今まで遊んでいたわけではないのよとアピールしているつもりだろうが、進展がない以上、何処で何をしていようが大差ない。
「そう言えば今日は夕食を食べ損ねましたね、我々は」
自分たちは敵を前にして何故夕食を食べた食べないという話をしているのだろう。
こういう意味のない腹の探り合いは疲れる。
そう実感してしまったのは、やはり空腹だからだろうか。
ソロネは全てを語っていない。向こうにも守秘義務があるのはわかるし、つい数時間前に敵対していた相手にそう易々と手の内は明かさないだろう。だが、共闘するつもりがあるのならこちらにも情報を流してもらわなければ対処できない。
「お店で割引クーポン貰ったわよ。あげましょうか」
「結構です」
こういう時、青藍なら喜々として貰うと言うのだろうか。
社交辞令で済むのか、こんなものでも貸しを作ったことになると厄介なのだが、その見極めがわからない。
「それで? 何故あなたはアレを倒さなければならないんです?」
再び探りを入れる。
ソロネが未だ雑談に興じているあたりから言って、まだ塊に大きな動きはないと見ていいのだろう。もしくは気が緩んでいるふりをする必要があるのか。何にせよ動くには早い。
あの黒い蔓の塊のようなものをソロネは「あの子」と言った。
そう言えばソロネが現れた時にも、あの娘はソロネを「自分を消しに来た」と言っていた。
この女はあの塊が何か、あの娘が誰かを知っている。
「……アレは、誰です?」





