39 【意馬心猿・6】
※今回とてもBL寄りです。
著作者:なっつ
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寒風が吹き抜けていった。
はぁ!?
何だその発想は。その野望と罪もない男たちを殺めた理由――レパートリーが海の魔女の被害者ばかりという点で「彼女」が海の魔女であるのはもう確定と言っていいだろう――は何処がどうつながって来ると!?
宿屋を継ぐだの職人になるだのよりも自分の役に立てることを光栄に思え、みたいなことを言っていたけれど、身代わりに攻撃を受ける以外、大して役に立っていたようには思えないし…あれか? 領民を殺せば義兄が出て来るから? だから殺したのか?
しかしそれで出てきたところで「海の魔女」として退治されるのがオチ。間違っても義兄のお嫁さんにはなれない。
と言うか、あたしはいつ義兄の嫁候補になっていたのだ。少し前に当人からきっぱり玉砕宣言されたばかりだと言うのに。
だが。
ここに来てあたしに人生最大・最悪の事態が降りかかろうとしている。
さっきから突き刺さる氷点下の視線が痛い。
「違う違う違う! あたし知りませんっ! 何かの間違いですっっ!!」
ルチナリスは慌てて否定した。首も振れないし手も動かないけれど、執事の誤解を解かないと今度こそ氷の海に投げ捨てられる。ご丁寧に海藻でグルグル巻きにして、隙間に石を詰め込めるだけ詰めて、2度と帰って来られないように遠洋漁業の船に頼んで最果ての海に捨てさせる、くらいの手間は何とも思わない男だ。
目の前で静かに攻防が繰り広げられているとは露知らず、漁師は陶然とした顔で屈み込むと、眠っている義兄に手を伸ばす。
思い出した。
そう言えば「彼女」は現れた時にも義兄に手を伸ばそうとしていた。
城に入り込んで何をする気だと執事に問われた時、既に「あたしの代わりに」と口にしていた。
「彼女」の目的は最初から義兄だ。
男たちを手にかけた理由はわからないが、あたしの体を乗っ取った理由はそれだ。
何処であたしが義兄の嫁になるなんて話が湧いているのかは知らないが、きっと覆せないと感じたのだろう。だからあたしに成り代わろうとしたのだ。
「触らないで!」
ルチナリスは叫んだ。
あたしの体よ? あたしのお兄ちゃんよ? 何処の誰だか知らないけれど、そのために平気で関係ない人を殺すような人に、関係ない人の人生を馬鹿にするような人に、「あたし」も「お兄ちゃん」も絶対に渡さない!
「触らないでぇ!」
人形の身が、動けないことが、これほど辛いと思ったことなどない。動きなさいよあたしの手ーー!
だが。
それよりも早く、執事の手が漁師を払い除けた。
パァン! と力任せに叩きつける音が空気を揺らした。
「気安く触らないで下さい」
声に怒りが滲んでいる。あんな野望を聞いた後では「彼女」がルチナリスの姿をしていたとしても振り払うだろう。まして得体のしれない漁師の手では尚更だ。
……狼に噛み殺されるルート確定。何処の誰だかしらないけれどご愁傷様。
もう何度目になるかわからない同情をルチナリスは「彼女」に向ける。とは言え今回ばかりは、その同情と同量の「ざまぁみろ」が心の中を占めているのも否めない。
漁師は払い除けられた手を胸の前で握り込むと数歩よろめいた。小刻みに震える様はよく少女漫画で見かける「傷ついた女性のポーズ」っぽいのだけれども、目の前にいるのは屈強な(以下略)。
ああ! このシリアスだかギャグだかわからない光景、誰か何とかしてぇぇぇぇぇぇええ!!
「な、何よ! あんたの許可がいるとでも言うの!? ただの執事のくせに!」
それでも漁師は言い返す。
この粘り強さがあればあたしでも進展したのだろうか。いや、粘り強さも押しの強さも段違いだけれども、それでも進展しないのが目の前にいるじゃない。そんな野望は抱くだけ無駄なのよ。諦めなさいよ。
ルチナリスは「ね」とばかりに、その「進展がない仲間」を見上げた。
そしてその仲間は、と言えば。
「許可? いりますよ。ええ、頼まれたところでそんなもの出しやしませんが」
冷え冷えと、呪い殺しそうな低い声でそんなことを仰った。
怒ってるどころではない。黒過ぎる。
何これ闇堕ち? 嫉妬が高じてとうとう暗黒面に堕ちたのか?
漁師の周囲に漂う霧のようなものも黒いが、執事の背後にも何かが見える。以前、彼の背後に般若を見たことがあるが、今にして思えば全く大したことではなかった。それくらい黒い。
執事はくすりと馬鹿にしたように笑うと、勝ち誇ったように口角を上げた。
眠り続ける義兄をこれ見よがしに引き寄せる。
「……この人は、私の伴侶になる方ですから」
……。
沈黙が通り過ぎた。
ぬぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
予想の斜め上すぎる台詞を吐かれて、ルチナリスは息をするのも忘れて硬直した。今まで人形だったんでしょ? 息なんかしていないでしょ? というツッコミはしないでほしい。
それより!
何を言い出すんだ執事ー! と言うか、こっちはこっちで何時そんな話になった! さっきの嫁発言への反発か!? それとも本当に進展しちゃっていたのか!?
最近やたらと仲良いなと思っていたけれども、まさか、まさか……っ!!
「そんなこと信じないっっ!」
「信じる信じないはあなたの勝手です。私が先刻からずっとこの人を手放さないのを見ていて、何も関係がないと思う方がおめでたい」
嘘でしょ? 嘘って言って下さい。
執事はさらに意味不明な叫び声を上げる漁師には目もくれず、さも愛おしそうに義兄の髪を撫でる。その手をするりと頬に滑らせ、親指の腹で唇をなぞる。
いやもう、義兄しか見ていない。と言うか、その辺で手を止めろ。何処まで触る気だ!
「男同士でっ!?」
「彼女」の口がやっと意味のある言葉を吐き出す。
同じように意味不明な絶叫に脳内を支配されていたルチナリスは心の中で喝采を送った。
そう、それだ。よくツッコんでくれた! 「彼女」の外見が漁師でしかないから男3人で三角関係、というとんでもなくシュールな絵になっているけれど! とにかく気を強く持って反撃するのよ!
だがしかし。
「愛に性別など関係ありません」
そんな普通すぎるツッコミでは執事は止まらない。考えてみればこの10年、もしかするとそれ以前から「惚れた相手が男だった」という事実に向き合ってきた執事が、その程度の罵倒で揺らぐはずがない。
でも! でもっ!!
それでいいのかお兄様!
執事には歯が立たないと知ったルチナリスの思考は、そのまま義兄に向かう。
そりゃあこの執事は昔っから妙にあからさまな好意を見せるな、とは思ってはいたけれど。
魔族だからアピールの仕方がオープンすぎるのかとも思ったけれど。
でもお兄ちゃんはまともだと思っていたのに!!!!
「嘘よ! だって、」
野太い声の悲鳴が聞こえる。
頑張れ。奴を止められるのはキミしかいない! 氷の上に転がったまま、ルチナリスはなおも食い下がる漁師を応援し続ける。もうどちらが味方だかわからない。
ああ、きっとこの押しの強い執事に迫られて言いきられたに違いない。義兄はこの馬鹿執事に甘いから! 押して押して引くどころか押して押して押して押して押しまくられたのよ!
「何とでもほざいていなさい。あなたもご覧になったでしょう? この人は城でも私にべったりで、何処へ行くにも私と一緒じゃないと嫌だなんて仰って」
漁師がはっとしたような顔をする。城に入り込んでいた間に何かあったのだろうか。と言うか、あたしがいない間に何をしているのだこのふたりは! ああ、悔いても悔やみきれない。
ねぇ、上級貴族様には触るのも駄目なんじゃなかったの?
あなた少し前まで10cm手前で止まっていたでしょ?
なのに、なのに……。
「……ね? 私のかわいい、青藍様」
執事は指先2本で義兄の顎を捕えて持ち上げる。その顔を覗き込むように近付ける。
やめてぇ! 誰かこの悪夢、何とかしてぇぇぇええ!!





