33 【水天彷彿・5】
※空気がとてもBLな箇所があります。
著作者:なっつ
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そして、だ。
「……あのー……そろそろ……」
下ろしてもらえませんか? と続くはずだった口は、いきなり顔を上げた執事のその形相に固まった。
とんでもなく冷ややかな目をしている。
その目はご主人様に向けられているのだろうけれど、当のご主人様は自分の顔の前あたりに人形を捧げ持っているわけで……言い換えれば、人形――つまりルチナリス――はその冷ややかな視線の盾にされている、というわけで。
「何で勝手に出て行ったりしたんですか? ご自分も守れないような時に」
言葉遣いからいって確実に相手はご主人様だ。
なのに、立ち位置のせいでルチナリスが言われているように感じる。
さっきまでの「世界はふたりのためにあるのよ~」とピンクがかった歌が聞こえてきそうな声色で言われるのも虫唾が走りそうで嫌なのだが、噛み殺しそうな顔で怒られるのはもっと嫌だ。
早く下ろしてくださいお兄様。
そう心の中で懇願するも全く下ろされる気配はない。絶対にあたしのことを盾にしている。
「時間がなかったし、仕方ないじゃ、」
「仕方ないで済む問題ではないでしょう!? 何故ひとりでやろうとするんです。何故いつも私を置いていくんです! そりゃあ私は戦闘力も魔力も低いし頼りになどならないとは思いますけれど、それでも場所が場所でしょう!? 今のあなたよりは向いているってこともあるでしょう!?」
あの、痴話喧嘩は帰ってからにして、先にあたしを元に戻す方法を模索してはもらえませんかねぇ。
自分宛ではない怒気を真っ向から浴びせかけられながら、ルチナリスはわずかばかりの反撃としてそんなことを思う。いつものようにその思いが前後のふたりに届くことなどない、と、わかってはいるけれど。
そう。この男にとっての全てはご主人様。そのご主人様が目の前にいるのに、ルチナリスに回す頭などあるはずがない。
今この男にとって最も重要なのは「ご主人様に置いていかれた自分の怒りをぶつけること」と「勝手に何処かへ行かないように確約させること」。そして「もっと自分を頼らせること」、だ。
きっともうルチナリスを元に戻すことなど忘れている。下手をすると目の前に突き出されているこの「自分の趣味ではない不細工な人形」がルチナリスだということも忘れている。
「あなたはいつもそうだ。ご自分が犠牲になればそれで済むとそう思っている。それであなたは良いかも知れませんが」
「だから時間がなかったんだって、」
「違うでしょう!? 階段で別れる時にはもうあなたはひとりで行くつもりだったのでしょう? あの時だってどうして考えていることの一端でも教えては下さらなかったんです! 知っていればもっと早く此処に来ることだってできたのに! もしこれで間に合わなかったら……もしあなたが、」
「だって勇者が」
「あんなもの放っておけばいいでしょう!!」
こら。
魔王の存在意義をぶん投げてどうする。
「だって」
「寝るんじゃありません!」
思えば助けに来た時も義兄は既に眠そうだった。意識のなかった時間がどれくらいあったかは定かではないが、きっと今は一時的に目を覚ましただけで、まだ睡魔は去っていないのだろう。
見えないけれど、かなり眠そうな顔をしているのであろうご主人様の両腕を執事は掴んで揺さぶる。
そしてご主人様が揺すられるとルチナリスもぐらんぐらんと揺れる。
半分眠りかかって手の力が抜けてきているから、何時落とされるかと気が気ではない。
すみません。あたしって投げつけたら壊れるかもしれない系の人形なんでしたよね?
先ほどからの雑な扱いの連続で、もうヒビくらい入ってきているのではないだろうか。もし本当に壊れてしまったらあたしはどうなるのだろう。
しかし執事は人形の状態など全く気になどしていない。
「ルチナリスが無事ならいいってもんじゃないでしょう!? ひとりで出かけるなとあれほど言ったのに。行き先も知らせないで、心配させて、どれだけ探したかっ!」
「……探さなくても良かったのに」
一方的に怒られて、眠いなりにもカチンとくるものがあったのか、義兄が拗ねた声を出す。
あぁ、また何でそんな、神経を逆撫でするようなことを。ここは心になくても「助けてくれてありがとう」と言うところですお兄様。それで相手は満足するんです。嘘くさい社交辞令なんか言いなれているでしょうに。
「何か仰いましたか?」
「いいえ何も」
「仰ったでしょう? 何て言ったんですか? 今!」
噛みつきそうな剣幕、とはこんな状況を言うのだろう。
少し前までの沸点を越えても自分が引きさがることで場をおさめてきた執事と同一人物とは思えない変わりようだ。主を主とも思わないような言動が増えて来ているように見えるのは、奴が親友ポジションを意識したせいなのかもしれない。
もともと口うるさかったのに、完全に保護者面になっている。
いっそのこと嫌われて親友ポジションも撤回されてしまえばいいのに。
義兄は執事に甘いところがあるけれど、身分の差やお互いの立場が消えたわけでもなし、度が過ぎたらまずいんじゃないですかねぇ、と、ふたりの間に挟まれて身動きが取れない人形は思ったが、思うだけなら害はない。
「ルチナリスひとり助かって、だか何だって言うんですか。いや、この状態ではあまり助かったとは言いませんが。ぶっちゃけて言えば私はルチナリスがどうなろうとどうだっていいんです。あなたを、それであなたを失うことになったら!」
ぶっちゃけ過ぎ。
仮にもあたしの前であたしの命なんかどうでもいいとか言わないで欲しい。
「この際だから言わせて頂きますが、あなたは思いつきで行動し過ぎです。調子がいい時ならいざ知らず、こんな時まで勝手をされては困ります! 探しに来なかったら怒るくせに。面白いですか? そんなに心配ばかりさせて……そこは笑うところではないです! なんで笑っているんですか!!」
笑ってる? この状況で?
振り返りたいけれど、正面で固定されている顔が背後の義兄を向くことはない。
向くことはできないけれど……きっと義兄なら笑うのだろう。そして、
「うん。グラウスが心配してくれるの、きっと好きなんだな、俺」
そんな顔でそんなことを言うから、執事があらぬ誤解をするのだ!!!!
視界の隅で執事の指が震えている。震えながらも義兄の腕に喰い込んでいる。
しかし顔のほうはと言えば、少し怒り度合いが下がっているような……。
あれだ。
怒ってるところに好きだと言われて、その怒りを何処にやっていいのかわからなくなっちゃいました。みたいな。
そして義兄に捧げ持たれたままのあたしは未だもって真正面から執事に詰め寄られている格好で。黒とピンクが混ざった微妙な空気のど真ん中に固定されたこの状況には耐えられそうにない。
何故だ。何故こんなことになった。
10年も一緒にいると存在が空気になってしまうものなのだろうか。それとも、今の見た目がよくないのだろうか。このふたり、真ん中にいるのがあたしだってことを完全に忘れている。
ルチナリスは途方に暮れる。きっと顔は笑顔のままで。
そんな義兄はルチナリスから片手を外すと、執事の鼻先で小指を立てた。
「何処まで、も……付いて来るって、言った」
「……付いて行きますけれど。せめて行き先は知らせて頂かないと」
「探して」
やーーめーーろーーーーーーー!!!!
耐えられない! このピンクな空気に堪えられない!
心の中でのたうち回るルチナリスをよそに、執事は溜息をつくとその小指に自身の指を絡める。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やめろよこの空気!
そして見たくないのに目を閉じることもできないあたし! 何の罰ゲームなの!?
「約、束……した、よ?」
ルチナリスが心の中で絶叫し続ける中、絡めていた小指が、そして手がぱたりと落ちた。
同じくしてもう片手で支えられていたルチナリス自身も傾く。抵抗空しくその身は手を離れ、膝を経由して地べたに落下した。
義兄が起きていてくれれば即座に拾い上げてくれたのだろうが……わずかばかりの期待を込めて、起きているはずのもうひとりに目を向ける。
と。
逆さまの視界に、義兄を壊れ物でも扱うかのように大事そうに抱き寄せる執事の姿が映った。
「はーなーれーろーーーーーー!」
逆さまのまま怒鳴りつける。
そんな人形に、執事は今初めて気が付いた、とでも言いたげな顔で目を瞬かせた。
「いたんですか」
「さっきからずっといるでしょ!」
それじゃあ今まで貴様の眼前にいたのは何だ!
そう言い返したいが、それよりも頭からずり落ちている体勢のせいで首が痛い。後頭部が冷たい。まずはこの体勢をどうにかしてもらいたい。
そんなルチナリスに、執事は舌打ちすると手を伸ばした。
助けてくれるのかと思いきや、またしても頭を掴まれる。
「むぎゃぐぎゃ!」
「人形は人形らしく静かにしていなさい。起きてしまうじゃないですか」
「ぐぎゃむぎゅぎゅ(ここは起きてもらったほうが本人のためにもなります)!」
口を塞いでいるつもりなのだろうが……人間の時は顔を掴んで来たし、この男にとってあたしの頭を掴むのはデフォルトなのかもしれない。
指の隙間から義兄の寝顔が少しだけ見えた。
心底安心しきっているようなその顔を見たら、何も言えなくなった。





