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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 10:勇者様は暴走中
211/626

31 【水天彷彿・3】

※BLっぽい箇所があります。



著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!


 挿絵(By みてみん)




 ふいにルチナリスのすぐ横で誰かの気配がした。


 ……誰?

 と見上げようにも、首が正面固定の人形の身では勢いをつけて仰向けにならなければ視界に入らない。

 何て不便なのだろう、と嘆息しつつ、ルチナリスは体を左右に揺らし、勢いをつける。


 ゴロン(右)。

 ゴロン(左)。

 せーの!


 仰向けになろうとした瞬間、その誰かと視線が合った。

 嫌悪交じりの引きつった表情が顔に浮かぶ。

 転がっていた小包(布の塊)がいきなり動き出して、しかも中の人形と目が合ってしまったのだから当然かもしれない。しれないけれど、古今東西、ヒロインが姿を変えられていたら大抵の男は駆け寄って抱き上げたり、「こんな姿になって」と嘆いたりするじゃない? 何なのその嫌そうな顔。


 ……と文句を言う暇すらなかった。

 相手は無造作にルチナリスを払い除けた。



 自力で動くのはものすごく大変なのに、他人に転がされるのはこんなに楽なのね。

 なんて言っている場合ではない。ルチナリスはゴロゴロと穴から遠ざかり、岩の窪みに頭から突っ込んで止まった。

 最後に見えたのは、自分が落ちるんじゃないかと思うほど身を乗り出して穴を覗き込む人の、月の光を弾く髪。

 

 そして。


 あたりは静寂に包まれた。

 何も聞こえない。

 ごうごうと響く音も、岩が崩れる音も。水が流れ落ちる音も、何も――。



                挿絵(By みてみん) 



「ぎゃん!」


 頬に痛みを覚えて、ルチナリスは目を覚ました。


 あれからどのくらい経ったのだろう。

 音も何もない世界は時間まで止まってしまったかのようで、だから、というわけではないのだろうけれど……いつの間にか眠っていたらしい。

 右頬を下にして倒れている。視界が90度の角度で傾いている。


 そこにあるのは一面、鏡のような氷の世界。

 水位が上がったのだろうか。昼に見たゴツゴツした岩場ではなく、何処(どこ)までも真っ平な海面を氷が綺麗に覆い尽くしている。冴え冴えとした月からは蒼い光が降り注いでいる。

 90度傾いていることを省いても、先ほどとはまるで様変わりしてしまっていることは間違えようがない。



 頬が冷たい。

 伝わってくる冷気に一気に我に返った。立ち上がろうとして今の(おのれ)の状況をも思い出す。


 そうだ。夢じゃない。

 あたしが動けないまま捕らわれていたのも、義兄が助けに来てくれたのも、義兄の上着に包まれて投げられたことも。上着がクッションになってくれたおかげで痛くはなかったけれど、ほどいてもらえないから視界がほとんど覆われてしまっ……て。いない?

 気がつけば、自分を包んでいた義兄の上着がなくなっている。

 だからこんなによく見えるし寒いのか、と合点はいったものの、自力で結び目を(ほど)くことなどできない今、誰が(ほど)いてくれたのだろう。義兄だろうか。義兄は脱出できたのだろうか。



 先ほどと同じ手順で転がって穴に近寄ると、ルチナリスは落ちないように細心の注意を払いつつ、穴を覗き込んだ。

 その中も同じように凍りついている。噴き出した水も、崩れかかった岩も、まるで時が止まったかのようにその動きを止めている。壁面は砕いた硝子(ガラス)を固めたように光を乱反射し、穴の中ほどまで達していたでろう水は丸い鏡のように――きっとそれも凍っているのだろう――月を映している。

 その下は、見えない。


「……せ……!!」

「無事ですよ」


 穴の底に向かって声を張り上げかけたところで、声が聞こえた。

 我ながら緊迫感に欠ける動きなんだろうなと思いつつ例の動作で振り返れば、執事が義兄の体を腕の中に収めたまま座り込んでいるのが見えた。肩で息をしている。

 義兄のほうはうんともすんとも動かないが、無事だと言うのだから息はあるのだろう。義兄の上着の上からさらに執事の上着をかけられているせいで顔は見えない。


 ああ。

 もしかして、さっきいきなり頬が痛くなったのは。

 こいつ、義兄の上着を回収するためにあたしを振り落としたわね!? それであたしは顔面から落ちた、と。身長約190cmの高さから叩きつけられてよく無事だったわ、あたし。

 義兄なんか、



『壊れるなよ』



 って割れ物でも扱うみたいに……。


 ちょっと待て。

 あたし、落としたら割れる系の人形なのかしら。肌が陶磁器製のビスクドールみたいな人形だったなら壊れないとは言えない。そんなあたしを。こともあろうにこの男は――!


 それでも今は義兄が無事だという事実のほうが大事だ。

 運よく壊れていないわけだし、頬の痛みなんて、義兄を失うことに比べたら大したことじゃないわ! そう、あたしはお兄様が無事ならそれでいいの。


「……よかっ、」

「気色悪い」

「は?」


 「ヒロインが義兄の無事を知って涙する感動のシーン」で降って来たのはそんな声。

 そして顔に浮かんでいるのはやはり嫌悪。

 茶羽根でカサカサと動く頭文字Gの虫を踏み潰す寸前みたいな顔で、執事はルチナリスを見下ろしたまま口を開いた。


「何で人形が喋るんです。呪いの人形というやつですか? あまりに不気味な見た目だから海に捨てられたんですか?」


 待て。失礼すぎるだろう。

 そりゃあ喋る人形なんて、ホラーの代表みたいなものだけれども。


 絶句している間にも一斉掃射の(ごと)き毒舌は止まることを知らない。


「青藍様の悪趣味にも困ったものです。あのちんちくりんな小娘を妹だと言ってかわいがっているだけでも美意識を疑いたくなるというのに、今度はこんな不細工な人形を拾うために海に入るなんて。美しい人というのはどうしてこうも美的センスがないんでしょうね。考えれば服の趣味も地味だし、まぁ下手に飾り立てるよりシンプルなほうがあの人の良さは引き立、」

「ちんちくりんって何よ! さっきから聞いてりゃ言いたい放題言ってくれちゃってるけど! いい!? 妹を助けるのは兄の役目だって青藍様は、」


 途中から意味不明な賛辞が混ざってきたが、自分(ルチナリス)の悪口を言われていることには変わりない。

 義兄と執事で何故こうも対応が違うのだろう。いやその前に。


「…………………………ルチナリス……なんですか?」


 気付けよ!

 お兄ちゃんはあたしだってわかってくれたわよ!!

 怒りに打ち震えるルチナリスを、当の執事は口元を歪めたまま、まじまじと見直す。

 そして。


「随分小さくなりましたね。人間は歳をとると小さくなると言いますが」

「それは後60年は先の話よ!!」


 言うに事欠いてそれかよ!

 歳をとって縮んだところで此処まで小さくはならない。真剣な言葉を掛けてくれないのはこんな姿になってしまったあたしに気を(つか)って……いや、それはない。絶対。こいつが気を遣うのは義兄にだけ。


 それより気になるのはその密着率。

 上着を二重にかけて、それでも冷えないように温めている、のであろうことはわかる。もとから体調が悪かったところでずぶ濡れになったのだ。風邪などひこうものなら収拾できなくなる事態になることは火を見るより明らかだし、その理由に非を唱えるところはない。

 ないけれども。

 人形にされてしまった薄幸の美少女をその辺の氷の上に放り出して、そんなにご主人様が大事ですかそうですか。ええ、悔しくなんかないわよ。この男に抱きつかれるくらいなら転がっていたほうがずっとましってなもんよ。



「……離れなさいよ」


 だがしかし!

 悔しくはないけれど! 抱きつかれるのも御免だけれども!

 だからと言って義兄に抱きつくことまで許可した覚えはない!

 それどころかこの男は人形にされてしまった薄幸の美少女(大事なことなので2回言いました)を不細工な呪いの人形と認識した挙句、投げ捨てて帰ったであろう可能性が高い。

 それで「ルチナリスは帰って来ませんね、どうしたんでしょう」と口先だけでは心配しつつも捜索もせずに7年が経過し、「失踪者は7年経つと死亡したとみなされるんですよ」とか言っちゃって、悲しみにくれる義兄に「大丈夫です。私がいます」と……許さんぞ! このエロ執事!!


「青藍様に風邪をひかせるわけにはいきません」


 悪意ある妄想は伝わるのかもしれない。案の定、執事は冷淡な目を向けてくる。

 だが、引くわけにはいかない。


「だいたい前から思ってたんですけど、グラウス様って青藍様に近すぎやしませんか? 見ていられないんですけど」

「見なければいいでしょう」

「そうじゃなくて」


 くそう。どの行動にも「ご主人様のため」って口実をつけているのがありありとわかる。わかるから余計に腹が立つ!

 執事というのはみんなこうなのだろうか。いや、まさか。

 こいつは絶対に私情が混じっている。


「やってることが執事の範疇(はんちゅう)を越えてるんじゃないの、って言ってるんです!」

「では青藍様がお風邪をひかれてもいいと言うんですね」

「そうじゃなくて! だいたい男同士ですよ? 青藍様だって何度も男に抱きつかれたら嫌ですよ」

「…………私は青藍様の”親友”ですから」

「は!?」


 自称・義兄の親友は、その言葉の響きからは想像もつかないほど悪意のこもった笑みを浮かべた。

 そのせいで舌先まで出かかっていた文句が全て吹っ飛んだ。


 親友!?

 何時(いつ)からそんな立ち位置になった!? 親友だからその距離感は普通だと言いたいのか? だから最近やたらべったりとくっついているのか!?

 いや違う。絶対に違う。きっと義兄が言った「何か」を都合よく拡大解釈している。


 まずい。ただでさえ「執事だから」という免罪符を持っている男がさらに「親友だから」という切り札を手に入れたら、何をやってもOK! な事態にならないだろうか。

 ああ、いったいこの男に何を言ったんですかお兄様。下手すると貞操の危機……げふんげふん、非常事態になりかねないってことも少しは自覚してください。

 そうよ。ここはやはりあたしが正さなくては。しかしどうやって。


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