5 【異端分子・2】
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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「お前は俺の味方だよね」
「はい」
「るぅの味方にもなってくれるね」
酷い人だ。グラウスは顔を背けた。
自分が彼の頼みを断れないことまで知っていて、そんなことを言ってくる。
「……ルチナリスのために?」
「そう。かわいい義妹のために」
背けて、目だけを青藍に向ける。
じっと返事を待っている。
その蒼い瞳は心の中まで見透かしているようで。1度絡めとられてしまったら離すこともできなくて。
わかっているのだ。
この人は主人として命令して来ない。いつもこうして頼んでくる。自分に、選ばせる。
命令してくれれば何も考えずにもっと楽に動けるものを、「自分の意思で、あの人間の娘を守れ」と言ってくる。
「何その顔。やきもち?」
「なっ!? 違います!」
やきもちと言われれば、本当はそうなのかもしれない。
何故ただの人間の娘を。何処にでもいるような平凡な、平凡なくせにやたらと不器用な、しかも人間の中ですら何の後ろ盾もない弱い娘を、上級貴族であるこの人はこんなに気にかけるのだろう。
ただ押しつけられて育てているだけ、と言うわりには彼女のことを気に入っているのはわかる。わかるけれど。
「最近構ってあげてないから妬いてるんでしょ?」
「違います」
「だってすっごい顔で睨んでるよ? るぅのこと」
睨んでいる私にその義妹の味方になれ、と、そう言うのですね? あなたは。
沈黙のままどれほど経っただろう。
青藍はくしゃり、と破顔した。そのまま両手を取られる。
不意を突かれてグラウスは固まった。
「かわいいねぇ、ポチ」
……かわいい!?
無邪気に笑っている顔から邪念は感じない。感じないけれど、それがこの人の厄介なところだ。
何を考えている?
グラウスは黙ったまま目の前の人を窺う。
そりゃあ自分はこの人の執事だし、忠誠を誓っているつもりだし、まぁその他諸々をとって見ても犬と呼ばれても仕方ない。
でも、今まで彼が自分を犬扱いしてくることなどなかったのに。
――何を、考えている?
グラウスは取られたままの両手に視線を落とし、そのまま目線を上に上げる。邪気のない、天使の微笑みなんて称してしまいそうな顔。背後にたんぽぽ飛んでいますよ、あなた。
しかし他の者ならあっさり落ちるだろうが、これでも毎日顔を突き合わせているのだ。耐性はある。
この顔は……言うことを聞け、と思っている時の顔だ。
「ね、お願い」
そこまでして言うことを聞かせたいなら、命令すればいいのに。
手を取られた時からずっと止まっていた息を、グラウスは大きく吐き出した。
「グラウス、聞いてる?」
声が聞こえる。
しかしそれに返事を返さないまま、グラウスはただ手だけを見て相手の指を1本ずつ外す作業に没頭する。没頭するふりをする。作業の間に息を整えながら。
執事としてその態度はどうよ、と我ながら思うが仕方ない。
この人が悪い。
いくら忠犬でも聞けないことはあるのです。
「ねえ」
「……昔はそんなことを言う人じゃありませんでしたのに」
指を全部外し、相手の膝の上に乗せる。
2度と不意を突かれることがないように、自分の両の手も指を組んで握る。
そう! この邪険な態度を取らせるこの人が! 悪い。
「どんな人だった?」
先ほど自分をポチと呼んだ時とは全く違う暗い口調で、青藍が問いかけてくる。
「どんな人だった? お前の知っている俺は」
知らないよ、そんなことは。とでも言いたげな、そんな声で。
覚えていないとでも仰るんですか?
あなたにとってはその程度の過去なのですか?
グラウスは握る手に力を込める。
指先が食い込んでいく手の甲が、白く変色している。
ガタガタッ、と馬車が揺れた。
そのまま強めの振動が続く。窓の外に、ごつごつとした岩場が見える。
「ねぇ。もし俺が倒された時はさ、るぅが人間界で生きて行く手助けだけでもしてくれると助かるんだけど。そんなお願いは聞いてくれるのかな」
車輪が道の凹凸を拾う音にかき消されながら、青藍の声が聞こえる。
「そういうことを仰るのはやめて頂けませんか」
いっそのこと聞こえないふりをしたほうがよかっただろうか。
そう思いながらもグラウスは返事を返す。
「あの子には身寄りがないから。ひとりで生きて行くにはまだ、」
「もっと小さくたってひとりで生きている子供はいくらでもいます」
顔は見ない。
こんなことを言いだす時の彼の顔は見たくない。
「パンひとつ買うために体を売るようなことをして?」
青藍の声にかすかに笑い声が混じる。
違う。笑っていない。
目を閉じて。心を閉ざして。私がどうしてこんなに頑ななのか、そんなこともわからないのでしょう? あなたは。
「グラウ、」
「あなたは!」
青藍がなおも畳みかけようとするのを、グラウスは遮った。
身寄りがないと知って10年手元に置いて育てた。そればかりかこの先のことも案じている。
なんの関係もないあの娘を。
昔からそうだった。この人は、そういう人。
最近やたらとふざけた言動が多いけれど、本質はちっとも変ってやしない。
「……どうしてそこまでルチナリスのことを」
変わっていないから、この人の頼みを断ることができない。
「似てる。から、かな?」
青藍の呟きに、グラウスは少しだけ顔を上げる。
かすかに微笑んでいるような口元が視界に入った。
似ている? あの人間の娘が、この人と?
どこが。種族も違えば性別も違う。髪の色だって目の色だって違う。境遇だって、
「お館様も母君も、……兄君だってご健在でしょう?」
「どうだろう。10年会ってないとなんとも言えないな」
……似ているはずがない。
「とにかくそう言うことだから、お願い。いい?」
「あなたは、昔からそうでした」
重いところを突いてくるのはなし、とばかりに話を切り上げようとする青藍に、グラウスはなおも続ける。
「何故ご自分を犠牲にしようとなさるんです。それの何処に得があるんです」
「さっき昔と違うって言わなかった?」
「そうやって同情して自分を切り売りしていくんです。その子にパンを与えるために」
割り込まれた茶々はそのまま流してグラウスは言い募る。
流してはいけない。ここで終わらせてはいけない。曖昧に誤魔化されて……それで後悔するのはあの夜だけで十分だ。だから、
「あの日も、」
「意味わかんないな」
喉まで出かかっていた言葉は、目の前の顔を見た途端に腹の底に滑り落ちた。
窓の外に映るのは蒼とオレンジが混ざり合う空。
その空にうっすらと浮かぶ白い月。
あの夜よりずっと小さい月だけれど……その月を背にして微笑んでいるあなた。
『――どうか、ご無事で』
言えない。
断る言葉なんて、何ひとつ。
「あなたは……ルチナリスのために、私に尽力しろと仰る」
「うん」
「それなら、私のためには何をして下さいますか?」
そう。これはただのやきもちでしかない。
無条件にこの人に想われるあの義妹への。降り注がれる想いを享受することを、あたりまえのように思っているあの娘への。
もちろんこの人は自分にも同じように信頼を寄せてくれている。
義妹だけを贔屓目に見ているわけではない。
でも。
「なら、私のために……生きていて下さいますか?」
これが、ただのわがままだとわかっていても。
くすり、とかすかに笑い声が聞こえた。
「善処する」
青藍はそう言うとグラウスの頭をぽんぽん、と叩く。
それはとても、小さい義妹をなだめる時に、似ていた。
「……昔はそんなことを言う人じゃありませんでしたのに」
「あなたは昔からそうでした」
同じ「昔」という単語を使いつつ、指しているものは違います。そこを掬い上げて茶化してくる言葉の駆け引きが伝わると良いのですが……。
ふたりの過去については5章、6章で出てきます。お楽しみに。