22 【半醒半睡・4】
著作者:なっつ
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「海の魔女のほうは勇者様とその有能なお仲間に任せておきましょうか」
長々と居座った町長を送り出した後、グラウスはずっと自分の世界に引き籠ったまま考えごとをしているように見える青藍に声をかけた。
情報収集は町長にやらせておけばいい、と言ったのは昨日の自分だが、まさか本当に持って来るとは。
あの嫌味が本人の耳に届く確率は0に近かったはずなのに何処から……と考えると、自分たちにはない能力持ちなのではないかという気にもなってくる。魔女に直接繋がる有力な情報ではないが、タイミングがタイミングなだけに薄ら寒いものも感じる。
「あのふたりと言うのが癪ですが、せっかく動いて下さると言うのですから使えるものは使うのも手です」
「……そうだね」
「こちらは万全ではありませんし」
「……そうだね」
何を言っても曖昧な相槌が返って来る。話を聞いていないのは明確だ。
だが。
妙なところに律義な青藍が「部外者に面倒をかけるわけにはいかないから自分が」などと言い出すのではないかとヒヤヒヤしていたが、町長の前で言い出さなかっただけ良しとしよう。後は城から出て行かないように見張っていれば巻き込まれることはない。
グラウスは自身の右手を見る。
不幸中の幸いと言うべきか、あの女のおかげで完治した。もしあの女が再戦を挑んで来ても、今度ばかりは青藍も力不足とは言わないだろう。
だが、完治はしたが勝てると決まったわけではない。
もし同じように屈することになったら……私は青藍だけは、と命乞いをすることができるのだろうか。
否。
できるわけがない。
私が死したその後に、彼の隣に別の誰かがいる状況など到底受け入れられるものか。
嘆息する執事に、カップを片付けていたルチナリスが不思議そうな目を向ける。
そう。
隣の「誰か」が彼女だったとしても、私は許すことができない。
……醜い。
自分の心の狭さと卑屈さを打ち消すように頭を振ると、グラウスは手にしていた菓子皿を彼女に差し出した。
最初は青藍がこっそりとお茶の時間に彼女を餌付けしていたことに端を発するそれは、着任して以降の自分も知ることとなり……そして今では、残ったお茶菓子は彼女に渡すという暗黙の流れが定着してしまっている。
ガーゴイルらが「結局グラウス様もるぅチャンには甘いんすよ~」とせせら笑っていたが、グラウス自身としては子供を甘やかすつもりは微塵もないし、どうせ青藍も自分も食べないのだから、という意味合いのほうが強い。
だが結果としては小さな子供に毎日のように菓子を与えることとなり、そこに遠慮を知らないガーゴイルたちが横から割り込んで相伴に預かりだしたせいで徐々に量が増えることとなり……それから数年、その子供が「ダイエット」というものを気にしだしたせいもあって、何故か今ではほとんどガーゴイルの胃袋に収まってしまっている、という何だかよくわからない結果に落ち着いてしまっている。
菓子を手渡されたルチナリスが困惑した表情を浮かべたのも、ガーゴイルに直接渡したほうが早いだろうに、などと考えているからに違いない。
それでも受け取り、彼女が部屋を辞そうとした時、
「るぅ」
ずっと考えに没頭していたかにみえたその義兄は、振り向きもしないで呼び止めた。
「どうして海に行ったの?」
ルチナリスは戸惑ったように義兄を見、それから執事に視線を移した。
その態度と声音から、彼の機嫌があまりよくないであろうことが窺える。叱られるかもしれない、と救いを求めてきたようにも見えたが、グラウスとしても生憎と助け船は出せない。
どうせ青藍に怒られなければ自分が怒るところだ。おとなしくお兄ちゃんに叱られておきなさい。
そんな気持ちでグラウスは苦笑いを浮かべつつ、視線を外すしかなかった。
歓談の時からずっと考え込んでいるように見えたのは、やはり引っかかっていたのだろう。
いくら女は襲われないとは言え、「だから行っていいよ」と言わないのがこのお兄ちゃんの過保護なところだ。そうやって子供扱いするから義妹に「もう大人なんだから」と宣言されるのに。
だが今回ばかりはルチナリスも強くは出られないだろう。
今まではたまたま男ばかりが被害に遭っただけ。女がその毒牙にかからないとは限らない。逃げおおせる力もないくせに安易に危険に首を突っ込むことが、最終的に義兄を巻き込むことになるとわからないのか?
この娘は自重という言葉を知るべきだ。
「え、えっと……勇者様に海までの道を案内するために、」
「それで、勇者様を置いてひとりで先に帰って来たの?」
「勇者様がおひとりで大丈夫だと仰るので。ほら、お強いお連れの方もいらっしゃるって仰ってましたし、あたしがいても役に立たないと思いまして」
いつ連続殺人犯が出て来るか知れない海で、ルチナリスだけを先に帰す男気があの勇者にあるとは思えなかったが、きっとそのあたりは美化して語っているのだろう。口喧嘩したか、はぐれたか、そのあたりが有力だ。
あの男のことだからひとりで帰るルチナリスを囮にしようとしたものの、あてが外れて何ごともなく帰って来られてしまった……かもしれない。
と言うことは。
少しマズいのではないか、との思いが首をもたげた。
ルチナリスが勇者と別れた時には、まだあの女は合流していない、ということになる。
「……そう」
青藍は無表情だ。同じことを懸念しているのかもしれない。
やはり自分が、と言い出さなければ良いのだが。
「そ、そんなことより体調はいかがですか? 少しお休みになった方が」
怒られなかったことに安堵したのか、ルチナリスは誤魔化すようにそう言うと義兄に擦り寄った。隣に腰掛けてしなだれかかる様はブラコンの義妹の行動としては普通なのかもしれないが、いつものルチナリスらしくはない。
どうにも娼婦が媚びているようにしかみえないのだが、またガーゴイルに吹き込まれたのだろうか。毎度、毎度、余計なことをする。
「ね、青藍様」
手が触れそうになった時、まるでそれを避けるかのように青藍は唐突に席を立った。
「それ、白いのが美味いらしいよ」
色とりどりの菓子のひとつを指差して言うと、そのまま扉に向かう。
何を思いついたのだろう。今度こそ勇者がひとりで残っているから海に行く、と言うつもりではないだろうな。
警戒の色を濃くするグラウスに、扉付近で1度だけ振り返った青藍は小さく手招いた。
「グラウス、ちょっとおいで」
「……どちらへ?」
「おいで」だなんて、子供を呼ぶみたいに呼ばなくても。
警戒していただけに拍子抜けだ。鳩が豆鉄砲を食らった、とまでは言わずとも、なかなかに間の抜けた顔をしていただろう。
次いで手招きとの相乗効果を思い出し、つい頬が緩んでしまいそうになる。が、後に残された義妹の目が痛い。
自分らしくなかった態度が義兄の機嫌を損ねてしまったことを悔やんでいるのか、自分ではなく執事だけを呼んだのが許せないのか……いつもの青藍なら気に入らなければその場ではっきり言うだろうに、グラウス自身も彼の思うところがわからない。
そうこうしているうちに、ご主人様は執務室を出て行ってしまう。
海と言った日には羽交い絞めにしてでも阻止しようと思っていたのだが、そう思っていたのを勘付かれたか。阻止されるのを見越して黙っているのかもしれない。
そりゃあ「ずっと一緒だ」とは言ったし彼ひとりを危険な場所に行かせるつもりは毛頭ないが……。
ルチナリスの視線は刺さり続けている。振り返るのを躊躇うほどに。
たまには仲裁役を引き受けなければいけないだろうか、などと柄にもないことを思いつつ、グラウスは青藍を追って執務室を後にした。





