4 【異端分子・1】
著作者:なっつ
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ガラガラと馬車が走っていく。
窓の外に見えるのは、のどかな港町ではなく切り立った崖が続く山道。
とても人など住みそうにないその先に、馬車の目的地がある。
「日中の呼び出しなど魔王役を理由にいくらでも断れますのに」
グラウスが溜息をつく。
魔王役とは、もともと勇者と呼ばれている武装した人間たちの相手をするための存在。その存在理由を蹴ってまで出かけなければならないことなどそんなにはない。
魔王の裏の顔であるノイシュタイン周辺の領主として出歩くことはあるかもしれないが、この領主だってもともとはお飾り的なものだ。どうしても出かけなければいけないものでもない。
歴代の魔王が人間の相手まではまともにしようと思わなかったので、何十年、何百年と経つうちにノイシュタイン近辺の行政はそれぞれの町で独自に行うようになった。
領主は口を出さない代わりに手も出さない。それで今まで動いてきたのだから、青藍のように領主としてまで顔を出すほうが珍しい。
が、魔王だけでなく領主としても忙しいのだと、人間に疑惑をもたれないためにはこれまでのように引き籠っているわけにはいかないのだと、くだらない集まりへの誘いを断る口実にできるので、グラウスとしては特に口を挟むつもりもない。
第一、悪魔の城に領主が住んでいる時点でおかしいと思われるのが普通だ。何百年何千年の月日の中で適当な言い訳が作られ、まかり通っているけれど、それは昔の話。
文明や知識がそれなりに発達してきた昨今、いつ疑う者が現れないともしれない。
魔王と領主の関連性を疑う者がひとりでも現れれば、それは自分たちの破滅につながる。
仏頂面の執事に、青藍はなだめるような笑みを浮かべた。
「相手はアーデルハイム侯爵だし、こうやって迎えまで寄こされちゃったらねぇ」
魔王は城に居るもの。
それは鉄則であり、暗黙の了解でもある。魔族の間でも、人間の側から見ても。
しかし魔王とて真の魔族の王というわけではない。自分たちより上の地位にいるものも当然存在するし、招待を受けて断れば波風も立つ。
それでも魔王役の重要さを知っていればこんな昼日中から呼び出す者などいなかった。青藍が魔王役に就任して10年、呼ばれるとしてもそれは悪魔の城での勤めを終えた夜――夜会が主だった。
それなのに。
「アーデルハイム侯爵と言えばヴァンパイアの一族、でしたっけ。よりにもよって真っ先に人間を捕食する方々が乗り込んでくるとは、穏やかではありませんね」
魔族は魔界に住んでいる。人間たちのいる世界とは次元すら違う場所にいる。
しかし、人間は魔族にとっては餌のひとつ。それもかなり美味な部類に入るとあって、昔から魔族による人間狩りは後を絶たなかった。
人間たちもただ黙って狩られるだけではない。武器を取り、力に自信のあるものは自ら魔族に戦いを挑んできた。それが勇者の始まりと言われる。
それに加え、力のない者たちも集団で単体の魔族に攻撃をするようになった。それは後に魔女狩り、と呼ばれるようになる。魔法が使えた「人間」までもが一緒に火あぶりにされてしまったのは不幸以外のなにものでもないが、そのために命を落とした魔族も多い。
そうして攻撃したりされたりすることを繰り返すうちに、自然と住み分けもできていったのだが……。
人間の味というものはそう簡単に手放せるものではなかったらしい。
魔族は狩りたい時にだけ、こうして出向いてくるようになった。人間界に「魔王」という標的を用意してまで。
「迷惑な話ですね。狩りに遭った人間たちの怒りは全てこちらに来ると言うのに」
狩りを終えた魔族は魔界へ帰る。
人間たちの相手をするのは魔王ただひとり。
昔から食用として狩ってきたものをいきなり止めろと言うのは酷なことかもしれない。
だが、その火の粉が自分たちに降りかかって来るとなれば悠長なことも言っていられない。それが仕事だとは言え……。
グラウスはのんびりと窓の外を眺めている主を見る。
悲壮感が全くないのが救いだ。顔に出さないようにしているだけだとしても。
「ある程度狩ったら帰るでしょ。彼らにとっては別荘に避暑に来るようなものだよ」
「その避暑で狩られる側はたまったもんじゃありませんよ」
怒りの矛先を向けられる側としても、たまったものではない。
青藍はくすりと笑う。
「お前が人間の肩持つなんて珍しい」
義妹を手元に置いていることにもあまりいい顔をしなかったこの執事にしては珍しい台詞だ、とでも思っているのだろう。
「肩を持っているわけではありません。ただ上級貴族の方々の場合、生きるために狩るのではなく半分は娯楽でしょう? それ……が、」
グラウスは口籠った。目の前の主も、その「上級貴族」のひとり。人間の娘を拾って10年も食べずに育てているような変わり種ではあるが。
彼らを身分のくくりで批判することは主をも批判すること。それは違う。
「……私も、人間に関わりすぎたのでしょうか」
初めてルチナリスを紹介された時、何故人間などをそばに置いているのだろうと思った。
魔王として人間の敵でいなければいけないのに。
人間はただの餌だったはずなのに。
「いいんじゃない? 案外、人間の生活も楽しいでしょ」
「いろいろ考えさせられるところはありますが。しかし、私は魔族です」
「そう、だね」
「あなたもですよ?」
その声に、窓の外に顔を向けたままだった青藍が、つい、と視線を向けた。
蒼い瞳の中にわずかに溶け込んだ紫が濡れたように光る。