2 【prologue・2】
著作者:なっつ
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そんな怖い想像の世界から現実に帰って来てみると。
「あー! なにこの袖ーーっ!!」
視界に入ったのは義兄のシャツの袖にバッサリと付いた切り裂き痕。さらにはところどころ汚れているし、焼け焦げたような染みまで見つけてしまった。
怪我はしていないようだが日常生活で付くものではない。
冗談ではない。誰が洗濯していると思っているのよ! あたしはアイロンがけだって苦手なのに!!
と言うより、このシャツは既に洗濯で再生できる域を超えている。
「何で破れてるの!? ここも、ここもこんなに汚して!」
「あ、いや、ええと」
義兄の腕を両手で掴み、引っ張るようにして勢いよく振り返る。もうちょっと腕力があれば背負い投げもできるかもしれないが、そこまでは求めていない。
求めてはいないが効果は十分だ。振り返った義妹の形相に義兄が怯む。怯んで緩んだ腕から、あたしは身を引き抜いた。
首尾よく逃れた今度はあたしのターン。今の今までベッタリと張り付いていた人を上から下まで見直してみれば、破れているのは袖だけだけど、全体的に埃っぽい。
「なん、で……っ」
衝撃の事実! と言うのは大袈裟だけれども、ショックは否めない。
これでも自慢の義兄だ。お貴族様だ。この素材を前にして、美しく(と言うか、夢を壊すなと言うか)いてほしいと思うのは決してあたしだけではないはずだ!
「何で!? 髪も梳かしたばっかりなのにクチャクチャじゃないですか! いったい何やったらこんなことになるんです!? また地下室でネズミでも追いかけてたんですか!?」
せっかくの見た目が台無しじゃない!
いい歳した大人が、しかもそれなりの地位にいる人がどうして朝から埃まみれになっているのよ!!
前に似たようなことがあった時はネズミを追いかけていたなどというふざけた答えが返ってきて、呆気にとられた間に逃げられたが……2度目は通じないわよお兄ちゃん!
何故だ。デスクワークが主な成人男性が、何をどうするとこんなに汚れると言うのだ。
まさか掃除の邪魔をするためにわざと埃を撒き散らしにきたわけではあるまい。
そんなことを企んでいると言うのならあたしにだって考えが――。
だがしかし。あたしのターンは強制的に終わりを告げた。
「……いい加減にしなさい、ルチナリス」
なおも義兄に突っかかるあたしを制する冷やかな声。
見れば、執事がこの世のものとは思えないほど冷たい目で見下ろしている。
これが先ほどの「もっと犬っぽい人」。
城唯一の執事で、名をグラウスと言う。
義兄には劣るがやはり顔立ちは整っているほうで、それで執事。女性向け恋愛小説でよく主人公の不器用なメイドと恋仲になるのはこういう奴が多い。ツンデレと言うか恋に不器用と言うか、そんなメンドくさいところが萌えるらしい。
現実でもたまに城下町の奥様方に付き合っているのか、などと聞かれることがある。
け・れ・ど!
何処をどう見ると付き合っているように見えるのだか!
こいつと恋仲になるなど天地がひっくり返ってもない! と先に断言しておこう。何かにつけてネチネチネチネチと……わかる、あれはツンデレの裏返しなんかじゃない!!
……っと。話を戻すとして。
そんな陰湿な執事だけれども、執事としては優秀であるらしい。例えば背の高さひとつ取ったとしてもこの執事は及第点だ。高ければ高いほどいいのだったら満点が取れるに違いない。
つまりそれくらい高い。あたしとは30cm以上の身長差。だから余計に見下ろされているように感じる。
義兄の背丈からなら10cmちょっとの差だが、それでもやはり見下ろされているように感じるらしい。今だって上目遣いで、それでいて目を合わせようとしない。
あぁ、そんな悪戯がバレた子供が親を見るような目をしなくても。
弱みでも握られているのだろうか。
10年も傍に居座られていれば、強請りに使えそうな失敗を見られることだってあるだろう。そう邪推してしまいそうになるほど、義兄は執事に弱い。
まぁ、あたしもこの男は苦手だ。
弱みは握られていないつもりだけれども。
「……グラウス様。何時から此処に?」
義兄といい執事といい、気配を消してくるのはやめてもらえないだろうか。心臓に悪過ぎる。
心の中でならいくらでも強がれる。散々苦情を言ったところで彼らに伝わるはずもないから、ここぞとばかりに言い放題……
いや。もしかしたら伝わったのかもしれない。
執事の射るような視線があたしに突き刺さった。視線に毒でも仕込んでいるのだろうか。心の声が、心の舌の根が痺れて動かなくなる。
そんなあたしに執事はと言えば。
「青藍様があなたに抱きついている時からずっとです。いいですかルチナリス、長い付き合いかもしれませんが主人が大目に見ているからと言ってもあなたは使用人。自分の立場はわきまえなければいけません」
反論できないのをいいことにチクチクと嫌味を投げつける。
ちょっと待て!
もとはと言えば抱きついてきたのはそっちであたしは被害者。なんであたしが怒られるの!?
そう言い返したいが、言えない。言い返したところで、さらに正論で武装した嫌味が降って来るのは確実なわけで。
この男は苦手だ(2回目)!
何処にでもいそうなあたしの茶髪と違って羨ましいくらい綺麗な銀髪だし、平均より低いあたしと違って長身だし、顔もそこそこだし。さらにナントカという学校を首席で卒業した秀才なのだ、と義兄から紹介された覚えもあるけれど!
この若さで主から城の全てを任されている、という点からしても、それをソツなくこなしている点からしても、優秀なのは確かなんだろうけれど!!
あたしが苦手だと思うのは劣等意識の表れ……なだけかもしれないけれどー!!!!。
でも!
目が怖い。
言い方が怖い。
存在が怖い。
怖いし、冷たいし、言いたいことを言う。
他にメイドがいないからだろうか。仕事以外にも立ち居振る舞いからテーブルマナーに至るまで、この執事から小言を受けなかった日はなかったくらいだ。
赴任してきて以降、義兄ですら頭が上がらないくらいだから、実質この城のNo.1は彼だと言っても過言ではない。
この城に悪魔がいるのだとしたら、まず間違いなくこの人だ。
「グ、グラウス様もネズミ追いかけてたんですか?」
しかし悪魔の如き鬼畜であろうとも歩み寄りは大切だ。ひとつ屋根の下で10年暮らせば、それはもう家族のようなもの。苦手だ、苦手だ、と避けていてはお兄ちゃんだって悲しむわ。
向こうにその気がないのならまずあたしから。
執事の上着の袖にかすかに汚れが見て取れる。
例えばこれを話のきっかけにして――。
が。
「そんなわけないでしょう」
当の執事はにべもない。
ルチナリスの仲良し大作戦! ~完~
……って終わっちゃ駄目でしょうが! 自分で自分にツッコミを入れ、ついでに気合いも入れ直す。
気になる。
一蹴されると余計に気になる。
ふたりで何をやっていたのだろう。やっていないと口では言っていても、この執事の場合、ご主人様について地下室でも天井裏でも付いていくのは間違いない。
口調がきついわりに性格が完全に犬(但しご主人様限定)なのだ。義兄のいるところには大抵奴もいる。そんな彼だからこそ、生真面目な分、義兄より熱中して追いかけていたり……と言っても推測の域を出ないけれど。
じっと袖口を見つめながらそんなことを考えていると、執事がひとつ咳ばらいをした。
ヤバい。後で何を言われるかわかったものではない。
慌てて目を逸らしても、後頭部に視線を感じる。
あたしはこの執事に嫌われているに違いない。
そういう態度が端々に見える。例えば、義兄があたしにくっついてくる度に冷やかな視線が飛んで来る、とか。
それも視線だけで済んでいるのは最近で、最初は子供心に殺気まで感じた。この兄妹プレイのどこまでが彼の許容範囲なのかはわからないが、万が一にも一線を越える事態――血の繋がらない兄妹の恋愛フラグなど、立とうものならへし折りに来るに決まっている。
そしてあたしは義兄をキズものにしたと言ういわれのないレッテルを貼られて追い出されるのだ。実際にキズものになったのはあたしのほうだとしても。
「……そんなに目くじら立てずに」
無表情に見下ろしている執事を義兄が困ったようにとりなしている。矛先があたしに向いた時の緩衝材役を義兄に押し付けるのは申し訳ないとは思うけれど、この男は義兄の言うことしか聞かないのだからどうしようもない。
今回も――。
執事は溜息をつくと、つい、と義兄に視線を移した。
「青藍様。この際だから言っておきますが、あなたがルチナリスを甘やかすから」
毎度毎度ワンパターンのようにおさめられるのが癪に触ったのだろうか。
説教の矛先が変わった。義兄も思わず後ずさる。
本当に。
これではどちらが上だかわからない。
それでも義兄はまぁまぁ、と執事の肩を叩きつつ、肩に乗せた手を軸にしてクルッと踊るように背に回った。
背後を取られた執事が肩越しに義兄を見る。
「話は終わっていませんよ」
「うん、向こうでゆっくり聞いてあげるから。さ、俺たちはるぅちゃんのお仕事の邪魔になるから退散しましょう。ね」
言いながら、執事の背中を押していく。
「ルチナリスにもまだ言わないといけないことが、」
口は止まらないがおとなしく押されていくあたり、義兄は執事の扱いを心得ていると言えるのだろう。暖簾に腕を押すように、糠に釘を打つように、のらりくらりとかわしていく。あたしではああも上手くはいかない。
「あ、るぅちゃん。あとでお茶持って来てねー」
「だいたいあなたは、」
「うんうん、それも後で聞く」
「いつも聞いてないじゃありませんか」
「そだねー」
「そだねー、ではなく。いつも言っていますがあなたは」
小言が遠ざかっていく。そして。
何だったんだ? 今のは。
あたしが我に返った時には、既に彼らの姿はなかった。