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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 10:勇者様は暴走中
199/626

19 【半醒半睡・1】


※挿絵があります。


著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!


挿絵(By みてみん)




 視界の先に青いものが見える。光りながら揺らめいている。

 誘われるように手を伸ばすと、指の間に小さな抵抗を感じた。水中で水を掴んだ時のあの感触に似ている。

 だとすると、これはいつもの夢なのだろうか。

 目が覚めるのを待つしかない、いつもの……。


 と、その手を伝うように黒いものが視界に入り込んできた。

 するすると腕に巻きついて来るその異形の影に、何処(どこ)から? と見回す間もなく体をぐっと引っ張られる。


 青い揺らめきが遠くなる。

 逃れようと身をよじっても動かすことができない。黒い「何か」に巻きつかれた腕だけではなく、腰も、足も、首も。見れば、何時(いつ)の間にかその黒いものは全身に巻きついている。

 その黒を辿って視線を巡らせる。

 後方……と言うよりも下方といったほうが正しいだろうか、自身に巻きついているよりもずっと多くの黒が(うごめ)いているのが見えた。


 挿絵(By みてみん)


 蔓、だ。

 うねうねと動く黒い蔓が視界の中で1本、2本、とその数を増していく。否応(いやおう)なく巻きついてくる。腰に、足に、そして伸ばした指先はもう覆いつくされて元の形を見ることもできない。



 ……眠い。

 こんな時に、と思いつつ、意識はまどろみの中に落ちていく。

 ああ、それでもこのまま眠ってしまえば、次に目覚めた時にはこの夢は終わっているだろうか。だったら、



 ――眠ッテシマエ。



 何処(どこ)からか声が響いた。



 ――怖ガルコトナド 何モナイ。



 怖、い?

 怖いって何? これはただの夢で、少し我慢すれば元の世界に戻れる。

 目を覚ましたことに気が付いた彼が「おはようございます」って、言っ



『意識が途切れる時にね、このまま目が覚めなかったら、っていつも思うんだ』



 そうだ。怖いんだ。

 「今」が途絶えてしまうのが。「明日」がやって来ないのが。

 夢と(うつつ)はいつしか重なり合って、混ざり合って、そして立場を入れ替える。

 会えなくなる。ずっと、ひとりで、水の中で、



 ――眠レ。眠レ。繭ノ中デ眠ル”サナギ”ノヨウニ。

 ――今マデノ自分ヲ 全テ忘レテ、姿マデ 新タニ変エテシマエ。



 忘れるのは嫌だ。

 変わるのも……嫌、だ。

 変わってしまったらもうきっと会えない。見つけてもらえない。助けに来て、くれない。

 

「   」


 なのに、声を出そうにも口から漏れるの(あぶく)ばかり。

 伸ばそうにも、もう、伸ばせる手は何処にもない。


「    ……」


 いくら呼んだって、どうせ

 


『ずっと一緒だって言いました』



 声が聞こえた。

 動けないまま、その声に(すが)るように意識だけが滑り出していく。



 ずっと、

 いてくれる?

 見えなくても、会えなくても、姿が変わってしまっても。

 生きる世界が、違ってしまっても。


 だったら――



 青い世界を覆いつくしたそれは、さらに巻きつくところを求めて生き物のように(うごめ)く。



              挿絵(By みてみん)



 目覚めた時に映った簡素な天井が、一瞬、見慣れないものに見えた。

 天蓋は眠っている間に外されてしまったのだろうか、などと突拍子もないことが浮かんだが、すぐ、此処(ここ)が魔界を遠く離れた地にある城だということを思い出す。

 此処はノイシュタイン城。人間界にある城。そしてこの部屋は領主執務室から扉1枚隔てた先にある仮眠室。

 以前はほとんど使うこともなかったこの部屋は、ここ1ヵ月ほどの間に、私室以上に寝室としての役割を果たしている。


 左手を持ち上げて、天井に向かって伸ばしてみる。

 視界に映るのは見覚えのある自分の手。なのに違和感を感じる。

 自分の手はこれではない、という奇妙な違和感は、今はもう輪郭を留めていない夢に起因しているのだろうか。




「青藍様?」


 気配に気が付いたのか、扉を少し開けてグラウスが顔を出す。

 目が覚めるまで部屋の外で控えていたのだろう。いつも目を覚まして最初に見るのは彼の顔だ。


「今ルチナリスがお茶を淹れて来ますが、飲めますか? あいも変わらず毒のような味がしますが」


 アーリーモーニングティーは彼が淹れていたのに、今日は義妹(いもうと)が淹れるのだろうか。しかも毒のような味を主人に飲ませるつもりなのか。

 ああ、その前に此処は寝室ではなかった。もしかしたら朝ではないから義妹が淹れるという選択肢が増えたのかもしれない。だとしたら今はいったい何時(いつ)なのだろう。


「午後の3時になります」


 半ば抱えられるようにして起こされる。そんなにしなくても自分で起きられる、と言おうとしたが、まだ体のほうは目覚めていないのか、やけに重い。まるで何かが巻きついているかのよう……


 ……巻きついている?

 何が巻きつくと言うのだろう。我ながら奇妙なことを思いついたものだ。




 挿絵(By みてみん)


 仮眠室を出るといつもの日常が広がっていた。その明るい光景に安堵する。執務机の上に積まれた書類の山にすら。

 此処にはグラウスがいる。もうしばらくすれば義妹(ルチナリス)もやってくるのだろう。いつもと同じ、いつもと……。



 ――同ジ?



 同じだ。

 頭の中で響いた問いに、頭の中で答える。

 此処はこの10年変わることがない自分の居場所。この先もずっと。



 ――ソウダロウカ。



 そうだよ。此処では自分は必要とされている。

 守るための存在として、そして、守られる存在として。此処にいればずっと、



 ――利用サレテイル ダケダ。仮初(カリソ)メノ幸福ハ 長クハ 続カナイ。



「まだ眠いんですか?」


 執務室に入ってきたものの扉付近で立ち尽くしたままの自分(青藍)に、グラウスが苦笑いを浮かべている。



 ――ココニ オ前ノ 居場所ハ ナイ。

   奴ラガ 欲スルノハ オ前ノ「魔力」。「オ前」ジャナイ。



 今は此処が居場所だし、魔王役に魔力が要るのは当然のこと。

 この力のおかげで今がある。仮初めと笑われたとしても、この日常と、幸福と、仲間のいる今が、



 ――利用サレテイル ダケダト イウノニ。



「そ……んなこと、ない」


 ひとり口籠り、そのまま長椅子に沈みこんだ青藍を、グラウスは書類を手にしたまま見ている。

 監視されているような居心地の悪さに青藍が目を()らした時、重苦しく感じる空気を裂くように反対側の扉が開いた。


 メイド姿の少女がワゴンを押して入って来る。場の空気を変えてくれた義妹の姿に、青藍はほっとしたように目を向けた。


 彼女は慣れた様子で紅茶を注ぐとサイドテーブルに置く。優しい香りが徐々に広がっていく。

 紅茶の淹れ方を執事(グラウス)から教わって以来、義妹の淹れるお茶は色も香りも彼のものと遜色(そんしょく)ない。ただ、味だけは以前と変わらず、それがグラウスから毒と言われる所以(ゆえん)となっているが――。



「……るぅ。久しぶりだね」


 前に彼女の顔を見たのはいつだっただろう。本家に行くより前だった気がする。

 同じ城の中にいても1ヵ月も会わずに済んでしまうものなのか。彼女の義兄(あに)離れと自分の義妹(いもうと)離れのために、探し出してまで会いに行くことは止めたけれど、だから疎遠になってしまったのだろうか。


「今朝会ったばかりじゃありませんか」

「そうだった?」


 微笑むばかりで返事をしない義妹の代わりに飛んできた執事の呆れ声に、青藍は首を傾げた。

 今朝、と言うことは眠る前だろうか。眠かったから覚えていないのだろうか。いつもなら「忘れるなんて酷い」と一方的に訴えて来る義妹も、今日ばかりは何も教えてくれなくて調子が狂う。


「……少し痩せた?」

「いいえ」


 会話が続かないので、場繋ぎ程度にしかならない話題を振ってみる。

 前はもっと他愛もないことを話していたのに、何を話していたのか全く覚えていない。何を話していいかもわからない。

 たった1ヵ月のことなのにすっかり他人になってしまったような距離を感じるのは、きっと人間の成長が早いからなのだろう。もう大人、と宣言したときのルチナリスは本当に子供だったが……成長したと実感することが少し寂しい。



仮初(カリソ)メノ幸福ハ 長クハ 続カナイ――』



 違う。

 ルチナリスはいずれ人間界に戻す。これは最初から決めていたこと。今の状態が長く続いてはいけないし、むしろ自分の庇護を離れて巣立つことを喜ばなければ。

 小さくて泣いてばかりいた幼子は、今では何処に出してもいい自慢の娘に育った。料理の腕だけは壊滅的だが、きっと上手くやっていける。


 青藍は神妙な顔つきで立っている義妹を見上げる。

 お守り代わりに与えた髪留めは、以前、その役目を果たして砕け散った。今はその位置に若草色のリボンが結ばれている。


「また作らないといけないね」

「何をですか?」

「……いや」


 自分はもうルチナリスには必要ないのだ。あの髪留めと同じように。

 彼女を守る役を他の誰かに譲る日は、きっと近い。それで……いい。

 青藍は少し(うつむ)くとカップを取り上げた。

 



「先ほどの方は勇者を探しに海へ行きましたよ。戻って来ないということは見つかったんでしょうか」


 戻って来なくてよかったですね、なんて呟く執事(グラウス)の笑みが湯気の向こうに見える。

 どうやら眠る前の自分は客とも会っていたらしい。思い出せないのは大して印象に残らなかったからだろう。町長との雑談に近いものだったに違いない。

 書類を分け終えた彼がこちらに来ないのは、久しぶりの義妹との時間に遠慮してくれているのだろうか。彼は執務机の前で直立不動のままでいる。


「海の魔女の件は(いま)だ何も」

「海、」


 挿絵(By みてみん)


 脳裏に青がよぎった。

 ゆらゆらと遠くなっていく青。遠く、遠く、小さくなって、見えなくなって……そう、これはさっき見た夢の断片だ。

 炎属性の自分が海に入ることなど、まして、あんな上のほうに海面が見えるほど潜ることなどあり得ない。しかし夢を見た、で済ませるには引っかかる。今回だけでなく、もう幾度となくあの海を見てきたような、そんな気がする。



「……海の夢を見たんだ」


 ぽつりと呟くとグラウスが意外そうな顔をした。

 水は炎に相対する属性。近付かずに済むならそれに越したことはない。それは彼も知っているし、だから見たことがないはずの水中の光景を夢とは言え見ることができるのが意外なのだろう。

 現にこの町に赴任してきて以来、海に足を運んだことは視察以外ではほとんどない。


「ずっと上のほうに水面があって、動けなくて」


 体調のせいで悪夢でも見たと思ったのか、グラウスはわずかに眉をひそめる。

 夢占いには詳しくないから何か意味するものがあるのかはわからないが、何度も見るということにはそれなりの意味があるのだろう。ただ、この過保護な執事に心配されてしまうだろうから、何度も、とは言えない。



 ――心配? 利用価値ガ ナクナル ノ ヲ 危惧(キグ) シテイル ダケ ダロウニ。



 頭の奥であの声がする。

 もし自分がずっと夢に囚われてしまったら、彼も執事としてすることはなくなる。そうしたら彼はどうするだろう。他の誰かを主人として勤めていくだろうか。


「変なこと言ったね。ごめん」

「いえ」


 険しい顔をしていたグラウスは、なだめるように笑みを浮かべる。


「溺れたら助けに行ってあげますから」

「溺れるの前提?」

「ええ。安心して溺れていて下さい」



 ――コイツノ 命ト 引キ換エ ニ。



 背筋に冷たいものが走る。

 そうだ。彼の忠義は度を越える。もし(おのれ)の命を差し出すことになっても彼は自分を助けに来るだろう。そうすることでまだ自分に価値があるのかを(はか)って来た。今の会話だってそうだ。でも。



「……それは……やったら駄目なことなんだ。きっと」



 何処(どこ)かから嘲笑が聞こえる。


 ゆらゆらと湯気を透かして見える景色が、夢の中の光景とダブって見える。

 窓から見える蒼い空は水面に、風に舞う木の葉は無数の泡に。



半醒半睡、開始します。

これは字のごとく、半分起きていて半分寝ている、意識が朦朧(もうろう)としている状態です。今回の青藍様などまさにその状態かと。

今回、少しわかりづらいかもしれませんが、青藍、グラウス、ルチナリスの会話の他に青藍の内面から聞こえる声がいます。

この4番目の声は当然青藍様にしか聞こえないわけで、だから青藍が「その声に対する返事」を「つい口に出して」言ってしまうと、それを聞いているグラウスさんは自分の台詞に対する返事だと思うわけです。

「返事」を自分宛だとして聞いたグラウスさんの心情は書いていませんが、推測して頂くと2倍楽しめるかと。2か所あります。


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