18 【襲来・2】
※BLっぽい場面があります。
著作者:なっつ
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剣は右肩から背中にかけて刺さったまま止まっている。
切り口からは見る間に赤い血が噴き出し、銀色の毛並みを赤く染めていく。
しかし、ばっさりと切られたわりに流れる量は少ない。それは傷が浅かったのではなく……滴り落ちるより先に、白い灰と化して消えていくほうが大半だからだ。
この剣も浄化魔法か。
我ながら随分と冷静だ。冷めた頭で、銀狼は視界の端に映る己の毛並みとは違う輝きに目を向ける。
よく見れば血だけではなく、剣を受け止めた肩そのものもサラサラと霧散し始めている。心臓を一突きにされたのではないから少しずつ灰と化しているのか。このまま剣を受け止め続けていれば、遅かれ早かれ、全身跡形もなく消え去るのだろう。
だが全く痛くない。自分の体がただ消えていくのを見るのは、何処か不思議な感覚ですらある。
視線を、今度は両前足の間で倒れている人に移す。
こんな時に眠り病が再発するなんて。
猛々しかった魔王はすっかりなりを潜め、そこにいるのは昏睡状態の我が主。
女が防御一辺倒だったように見えたのは、どうやらこれを狙って時間稼ぎをしていたから、であるらしい。
ふたりがかりのほうが良かったでしょう?
銀狼は鼻先を眠り続ける人の頬に擦りつける。
わかっている。
もしふたりがかりで行けば、劣る自分のほうが狙われることも。
そして、弱いにもかかわらず、身をもって彼の盾になってしまうことも。
だから置いて行かれるのだということも。
でも。
……無事で良かった。
笑いごとで済まされる状況ではないのだが、どうにも笑みがこぼれる。
良かった。この人が無事なら、それでいい。
「偉いわね、ポチ。そんなにご主人様が大事?」
頭上からそんな声が降り注ぐ。
前にも同じような台詞を言われた気がする。何処だっただろう。
いや……何処でもいい。今となってはもう意味を持たない。
「ご主人様と一緒に死にたいなら殺してあげるわよ?」
またしても声が降って来る。
見上げると剣の柄を握ったまま、女が勝利を確信した笑みを湛えて見下ろしている。
いちいち上から目線の女だ。先ほどは仲間がいれば上手い連携攻撃もできるだろう、と思ったが、この性格では仲間などできなかったに違いない。
「命乞いでもしてみる?」
侮辱も甚しい。青藍が本調子だったら今頃命乞いをしているのはお前のほうだというのに。
銀狼はふん、と鼻を鳴らす。
『――私はそう簡単に死を選んだりはしませんよ』
紅に染まった第二夫人の部屋で、私は青藍に誓った。彼を置いては死なない、と。
だから死を回避できるのなら這いつくばって無様に泣き叫ぶ醜態をさらしたところで安いものなのだろう。
でも。
……「一緒に」、か。
ただひとりで逝くのではなく、共に。それを悪くないと思うのはどうしてだろう。
この人には生きていてほしいと思うのに、死なないと誓ったのに。その隣で、共に生きられないのならせめて共に死んでほしいと願う自分がいる。
消える時は一緒にいてくれ、なんて言うくせに、この人はきっとその時になれば自分だけは生かそうと妙な小細工をするだろう。けれどこの人の意識がない今なら――。
矛盾している。
きっとそれは、今生で結ばれることなどないとわかっているからかもしれない。
最後の最後まで……私はこんなにも、醜い。
右足がぐらつく。崩れかけた肩で支えるのはもう限界なのだろう。
銀狼は足を折るとゆっくりとうずくまった。最愛の人を潰さないように、そして守るように身を寄せる。
そんな銀狼の態度に女は露骨に顔をしかめた。勝ったつもりでも、その相手が自分を無視しているのは気に入らないらしい。
「ポチ。会話にならないから人間に戻ってくれる? あたし、犬相手に独り言やってる危ない人みたいじゃないの」
知ったことか。
銀狼は無視を決め込む。殺したければ殺せばいい。
「……戻らないと、大事なご主人様の顔に傷が付くわよ」
会話が成立しないと踏んだのだろう。女は剣を狼の肩から外すと、青藍の瞼に切っ先を向ける。
算段では「せめて主だけでも」と命乞いをしてくることになっていたのだろうか。命乞いをさせて、それでも弄り殺すのか、交換条件を突きつけるつもりだったのかは知らないが……だが。
銀狼は顔を上げると、面倒くさそうに鼻先で剣を押しやった。
「……まだ何かご用ですか?」
「あのね、」
人の姿に戻ってもなお見向きもしない執事に、女の口から失笑が漏れた。
「ねぇポチ、魔王様を助けたいとは思わないの?」
「命乞いならしませんよ。これでも一応は魔族の端くれ、誇りを売るような真似はできません」
「あんたらってプライドだけは無駄に高いのよねぇ」
余程返事を待っていたのだろうか。言葉のわりには楽しそうだ。
しかし油断はできない。この女は自分がただの銀狼ではなく、人間の姿を取ることも知っている。それだけではない。今回この女が取った策は、青藍が度々昏睡状態に陥ってしまうことも知っていなければ思いつくことすらできない。
おかしい。
青藍の病は本家にすら隠している事実。知っている者は城内のごくわずかな者に限られる。
内通者でもいるのだろうか。それともこの女の能力なのか。
「魔王様なら、あんたやメイドのお嬢さんの命がかかってるならあっさり命乞いするでしょうに」
「主人にそんな無様な真似はさせません。殺すならさっさとどうぞ」
そしてさらに。この女は青藍の性分までも知り尽くしている。
彼ならば自らの誇りよりも他人の命を取るだろう。自分がこうして生きながらえていることも、彼が兄に命乞いしたからに他ならないのだから。
「……潔いけれどあんまり頭のいい答えではないわね。いい? ポチ。本当に守りたいなら頭を地面にこすりつけてでも守るべきよ? あんたにはそれができないけれど、魔王様はできる。それがあんたと魔王様の違い」
「今度は説教ですか」
「魔王様が救ってくれた命を、当のあんたは放り出せるの? その程度のものなの?」
頑なに聞く耳を持たない執事に対し、情に訴えることにでもしたのだろうか。女は口調を変えてきた。
「あなたこそ、勝ったのならとどめを刺せばいいだけなのに何故それをしないんです」
「勝敗と生死は別。あんたの大事な魔王様だってそうでしょう」
無敗神話を終わらせに来た、とほざいたその口で何を言っているのやら。
だったら先ほどの戦いは遊びだとでも言うのか? 遊びでガーゴイルを100匹単位で消したとでも言うのか?
グラウスは女との間合いを測る。
灰化した右腕は使えないが、元々骨折で使えなかったのだから関係ない。油断している隙に剣を弾き飛ばし、あの女を青藍から引き離す。
負けを認めたわけではないと言えば無様な足掻きに聞こえるかもしれないが、形勢を逆転させれば追い出すことはできる。あわよくば一矢報いる。顔をやたらと気にしていたようだから、傷でもつければそれ以上のダメージを与えられるだろう。
倒しに来たのではないと言いながら殴りかかって来る相手にまともな交渉ができるとは思わない。
「用がお済みになったのなら帰って下さい。うちは人手が足りないんです。ただでさえ少ないところに誰かさんが減らしてくれたから」
「もともと滅ぼされるのが前提の仕事でしょ? 負けたからって根に持つのやめてくれる?」
「持っていません」
女は舌打ちする。
「だからね、用は終わってないわけよ。ご主人様が答えられないんならあんたに聞くしかないじゃない?」
「聞きたいことがあるのなら戦う必要などないでしょう? あなたの世界ではまず殴り合うのが基本なんですか?」
最初からものを尋ねる態度ではなかった。攻撃してこなければこちらとて反撃したりはしない。知っていることなら教えて、穏やかに別れることだってできた。
「だって魔王を倒さなきゃ地下牢の鍵が」
「あなたもあの脳内ファンタジーと同類だって言うんですか!?」
遮るように発した言葉に女の顔が強張った。
やめてくれ。世の勇者どもはもう少し常識があると思っていたのに、あの考えがデフォルトなのか? これからはああいう連中が押しかけてくるのか? それとも今までの連中もそうだったのか!?
「言っておきますが此処には人間狩りの被害者も、ロンダヴェルグの聖女になる予定の方もいませんから」
「それ何処で聞いたの!?」
グラウスは頭を抱えた。
あの勇者の妹とやらには懸賞金でもかけられているのか?
この城にいるという噂でも流れているのか?
聖女や悪魔に夢を見るのは勝手だが、長年この悪魔の城に挑戦していれば魔王にそんな機能がついていないことくらいわかるだろう。魔王を倒せば謎のアイテムが〜なんて、非常識レベルの暴論だとは思わないのか!?
「黙ってないで知ってることがあるなら言いなさいよ」
「呆れてものも言えません」
「っ、死にぞこないのくせに……っ」
グラウスは侮蔑の色を目に宿したまま、またしても無視を決め込む。まともに相手をすることすら馬鹿らしい。
女はしばらく黙っていたが、大きく溜息をついた。
その溜息と共に剣が光の粒になって消える。
そのまましゃがみ込んだ女はグラウスの右腕を取った。灰の塊のようになっている右肩は触れただけで崩れ……右腕そのものが女の手にぼたりと落ちた。
何をするつもりだろう。
黙ったまま見ていると、女はその腕を、肩から繋がっていればそこにあるであろう位置に添え、手をかざした。
回復魔法独特の白い光があたりを覆う。力の源は浄化と同じもののはずだが――。
5分ほどそうしていただろうか。
光が消え、女が手を外すと、灰になったはずの肩と右腕が繋がっていた。
「ほら、治してあげたんだから答えなさい」
グラウスは自分の腕に視線を落とした。
白魔術というのは一度灰化した腕をも再生することができるのか? それともこれは別の術なのか?
何度も右手の開閉を繰り返す。回復してきているとは言えまだぎこちない動きしかできなかった右手は、肩の骨を折るよりも前の完全な状態に戻っている。
「ポぉチ、」
「どうせなら私よりも青藍様を治して頂きたかったですね」
「図々しいわねぇ。こっちはそれこそ聖女の力がいるの。あたしには無理」
「どう言うことですか?」
「それより答えなさい。誰から聞いたの?」
これ以上は無理か。
グラウスは女を見上げる。
無理と言うからには無理なのだろう。言動からいっても駆け引きができる頭をしているとも思えない。
「……昨夜一泊していった勇者Aに」
ああ、思い出してもイラッとする。よりにもよって青藍に色目を使うなど言語道断。
昨夜は遅かったしルチナリスの頼みだったこともあって泊めたが、連泊する気で戻って来ようものなら蹴り出すつもりだ。
いや。それは今はどうでもいい。どうでもよくないが、今、言及するべきはそれじゃない。
「ねぇ! その勇者ってもしかして、やたらと新しい鎧のボケッとした子だったりする!?」
案の定、女は身を乗り出した。
「うちの子、泊めてもらっちゃったわけ? 魔王の城に?」
「ええ。今は海に行っていますよ」
もしかしてこの女がルチナリスが言っていた勇者の仲間なのだろうか。買い物に行って行方不明なんだとか言っていた……?
この女はあの勇者モドキの何処が気に入って仲間を務めているのだろう。力の差は歴然だ。もしかして無能に見えて口だけは達者だったから、散々おだてて利用しているのかもしれない。先ほどの魔王を倒してアイテムGETも真に受けているようだし。
……一緒に出かけているルチナリスは大丈夫だろうか。
グラウスの脳裏にちらりと恋敵の小娘が浮かぶ。
しっかりしているようでいて義兄に似て人がいい。金目の物だけ取られて討ち捨てられたりしていなければいいが。
「どうりで宿屋探してもいないわけだわ。普通、宿って言ったら町の宿屋に泊まるもんでしょうに……なんでこんな城に」
「勇者というのは”何もないところですが”と通りすがりの村人に言わせて宿代を浮かせる人のことを言うのでしょう? 宿屋に泊まると思うほうが間違いです。こんな城で悪かったですね。何もないところが好みに合ったんじゃないですか?」
「え、いや、そう言う意味で言ったんじゃないわよ」
一宿一飯の恩義を強調する気はないが、勇者が勇者なら相方も相方だ。
人間どもがどれだけ勇者好きだからと言っても、こんな連中が持てはやされるのは理不尽すぎる。
「ま、いいわ」
女は未だ意識の戻らない青藍を見やると、ドレスの裾を軽く払って立ち上がる。
「海ね。いなかったら戻って来るから続きをしましょ、魔王様」
戻って来るな、なんて言う暇もなく。
女は言いたいことだけ言うと、霞むようにその場から消えてしまった。





