13 【花は折りたし梢は高し・1】
著作者:なっつ
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翌朝。
「やっぱり海の魔女を退治しようと思うんだ」
昨日と同じ食堂の、昨日と同じ1番端の席で、昨日は違う焼きたてのパンと温かいスープを口に運びながら、大言壮語の権化のような男はそう言った。
「一晩中考えてたんだけどさ、勇者たるもの困っている人を見捨てることはできないよ。聞こえるんだ、人々の嘆きが! 僕に救いを求める声が!」
空耳です。さっさと寝て下さい。
喉まで出かかったそんな言葉をルチナリスはスープと共に流し込む。
どうせ報酬目当てに違いない。この男の当初の目的は行方不明になった妹の捜索だが、身内では「ありがとうお兄ちゃん」という家族からの労いの言葉がせいぜいだし、あの後聞いた話では「聖女になる可能性のある娘」は神託が曖昧なせいで数十人に及ぶらしい。聖女になると決まっているわけでもなし、それではロンダヴェルグからの報酬など期待できない。
それに比べれば海の魔女は確実に謝礼が出る。町からと領主からのダブルGETも夢ではない。宿屋のおかみさんが言っていたように、町の人々の関心も「城の悪魔」より「海の魔女」。期間限定のイベントは付加価値も高い。
しかしだ。
「お気持ちはとぉぉってもありがたいのですけれど、勇者様は妹さんを助けに行ってあげて下さいな」
この男は己の実力にもっと向き合うべきだろう。コスプレで勇者の力が手に入るのなら詰め物の胸だって本物と言い張ることができるはず……いや、だから今はあたしのことは置いといて。
ルチナリスは大きめにちぎったパンを口の中に放り込む。
昨夜は何時の間にやらパンが消滅したので食べ損ねてしまった。無駄な皮算用で眠らなかったあんたと違ってこっちは空腹で眠れなかったのよ! と言う文句はちょっとだけ自業自得が混じっている気もするので言わないけれど……
「ってことだから海行ってくる!」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「ってこと」って何!? 前後が全く繋がってないわよ!
他人の話を聞きもせずさっさと朝食を流し込んで席を立った勇者に、ルチナリスは慌てて残りのパンを口の中にねじ込んだ。
「待っ、もぎゃぐぎゃ」
「ほれ、るぅチャン。水」
「あ、あひがど」
見かねたガーゴイルが水を手渡してくる。
その間にも勇者は悠々と食堂を出て行ってしまう。
「待てって言ってるでしょ!!!!!!!!」
絶叫に窓硝子が震えた。
厨房からマーシャさんがチラリとこちらを見る。無言だが、食事中に大声を出すなんて、と内心では思っていることだろう。今晩の夕食はあたしだけおかずが1品少ないかもしれない。
だが! それどころではない!
この男を城内で好き勝手に歩き回らせるわけにはいかない。グラウス様も言っていたじゃない、「無闇に歩き回るな」って。ガーゴイルたちの姿は見えないことになっているけれど、だからと言って他に魔王や悪魔を連想させるものがないとは限らない。自分たちが見落としているものもあるかもしれないし……
「お城の中で迷うといけないから送るわ!」
とっさに出た台詞は100%建前だけれども。
通用門の外に出しただけでは不安だ。町まで、いや海に行くまで監視したほうがいい。
なんせ義兄と握手をしていない。サインも使用済みグッズも手に入れていない。絶対に城内で紐を外すわけにはいかない。
ルチナリスは勇者を追って食堂を飛び出した。
勇者を通用門へ連行していく途中、ルチナリスはテラスに佇む人影を見つけた。
義兄だ。白銀の狼が寄り添っている。
傍目にはペットを連れて朝の散歩をしている図。その狼が巷で有名な「ノイシュタインの悪魔の新入り」だと知らなければ、風景画にもなりそうな光景だ。
ガーゴイルの話では今日も朝早くから勇者一行が来たらしい。夏は朝が早いし、涼しいうちに一仕事終えたい気持ちはわからなくもないが、最近は営業時間外に押しかけてくる奴が多すぎる。昨晩の今朝では義兄も休まらないだろう。こっちは病人がいるというのに非常識な。
何を話しているのか、話などせずとも伝わっているのか、そこにルチナリスが入り込めそうな雰囲気はない。それが悔しい。
執事はずっと義兄の傍にいられるのに、あたしは――。
歩む速度が遅くなる。
ぽかりと胸に浮かんだ小さな針の穴のような黒が、じわり、じわり、と広がっていく。
だが。
通り過ぎる直前、義兄はふっと顔を向けた。
ピッカピカのフルアーマーが目に刺さったのかもしれない。わずかに怪訝な顔をしたものの、ルチナリスの姿に敵ではないと認識したのだろう。ひらひらと手を振った。
「人間狩り?」
昨夜の勇者の口上を一通り聞かされた後、義兄は不思議そうに首を傾げた。
「変だな。そんなはずはないんだけど」
歩廊に規則正しく並ぶ柱の、その土台のところに腰かけて義兄は少しだるそうに呟く。やはり体調はよくないのかもしれない。
物憂げに傍らの狼の頭を撫でるのを見て、ペットって精神安定剤の役目もあるからなぁ、などと迂闊にも思ってしまったが……そのペットは昨夜の怖い人だということを忘れてはいけない。
「そう言えば勇者様は海の魔女を退治しにわざわざ来て下さったとか。ありがとうございます」
「え! は、はいっ!」
昨夜は執事の妨害にあって近くで見ることが叶わなかった領主様に間近で微笑まれて、勇者は勢いよく敬礼する。
「でも妹さんのほうが心配でしょう。魔女の件はお気になさらずに早く妹さんを助けに行って下さい」
「いや! 僕も勇者の端くれ。困っている人を見捨てるわけにはいきません! 魔女も妹も、ついでに魔王もっ!」
……だから、魔王も退治するって文言はこの城では禁句だから。
その魔王様はあんたの目の前にいる人だから。
数えるのも嫌になってしまったツッコミをルチナリスは心の中で繰り返す。
お兄様、もう面倒だからその勇者倒しちゃって。
そんなことまで思うけれど、領主モードのスイッチが入っている義兄にそれは無理な相談だ。
「誠心誠意頑張りまふっ!」
その証拠に勇者が舌を噛んでも、義兄は微笑むばかり。
代わりに狼が馬鹿にした目を向ける。……ああ。やっぱりこのペットは昨夜の怖い人だ。
「僕が来たからにはもう安心です。海の魔女も魔王も、」
勇者は胸をバーン! と叩く。錆びるのは気にするのに凹むのは気にならないのだろうか、と心配になるほど勢いよく。
そして両手で義兄の手を取った。
「パパーッとやっつけちゃいます!」
一瞬にして空気が凍った。
その絶対零度の出所は見なくてもわかる。と言うか目など向けられない。
しかし、
「それは頼もしい」
義兄が手を取られたまま微笑んでいるものだから強硬措置には出られないようだ。狼が歯噛みしているのを感じる。後で荒れる。絶対に。
今日の義兄は領主モードに気合いが入っている。体調が悪いせいで儚さ倍増だし、相手が初対面だということもあってか、居丈高に出る気もなさそうだ。
それでも、いつもなら知らない男に手なんか取らせる人じゃないのに。
ルチナリスはハラハラしつつも握り合っている手を凝視する。間違っても狼を見てはいけないし、ちょっと引いて義兄と勇者の姿を視界に入れて、背後に薔薇が飛ぶのも見たくない。
きっと色仕掛けで利用できると打算してるのだろう。そうであってほしい。義兄は自分の顔の利用価値をよく知っている。鼻の下が伸びきっている勇者にガーゴイルを足蹴にしている姿を見せてやりたい。
「でも勇者様が倒れられたら妹君が悲しまれます。ご無理はなさらず」
蒼い瞳の中で紫が揺れた。その目に勇者の顔が赤くなる。
「ま、任せて下さいっ!!」
下から見上げる狼の視線に憎悪としか言いようがない光が燃えている。しかしそれに気が付かないのが勇者の勇者たるところだろう。
「海の魔女もノイシュタインの悪魔も剣の錆にしてくれますよ! 僕が来たからにはもう安心です。大船に、そう、ガレオン船に乗ったつもりで安心して待っていて下さい! なんと言っても僕は聖女を守護する勇者の中の勇者、たかが片田舎に現れた魔女如き、僕の剣さばきの前では赤子も同然!! あ、」
「じゃあ、あたしたちはこのへんでっ!!」
放っておくと際限なく喋り続けそうな勇者を遮るとルチナリスは踵を返した。
引き摺りながら門へ向かう。
このまま喋らせていたら間違いなく命はない。犯人は言うまでもない。
ルチナリスは勇者の兜に付いた赤い羽根飾りを掴んだまま歩く。羽根が抜けないように必死に押さえながら勇者が後を追う。
「もっと喋りたかったなぁ」
「なに言ってるの! 青藍様は忙しいんだから!!」
起きている時間が少ない今は尚更のこと。偶然会ったからと言って話まで聞いてくれたことを今は感謝しなければいけない。
そして、それにもまして番犬の視線が痛いことに何故気付かないのだこいつは!
「あれ以上喋るとグラウス様に殺されるわよ!」
「え? 執事さんいなかったじゃない?」
「あ、いや、あの人は……何処から見てるかわからない人だからっ」
つい口が滑った。目の前で義兄の手を取ったのだから何時噛みつかれても文句は言えない。
もし噛まれたら事故だと思って諦めて。十中八九死ぬけれど。
「あぁ、でもまさか領主様とお話できる日が来るなんて」
乙女みたいに両手を胸の前で組んで陶然としている勇者にルチナリスは溜息をついた。
「……あたしだって」
もっと喋りたかった。
昔の義兄のように馬鹿話でいいから喋りたかった。でもそれは叶わない。
義兄には時間もなければ、くだらないことを楽しむ余裕もない。きっと今頃は意識を失くしている。眠ってしまっている。
話をしている間の狼の気忙しげな視線を思う。
義兄を見上げている時のあの目。あれは……”春だから眠い”以上の何かを危惧している目だ。
「ルチナリスさんは、領主様が好きなんだ」
「悪い?」
お兄ちゃんだもの。あたしの、たったひとりのお兄ちゃんだもの。
早く元に戻ってほしい。そのためなら会えなくても喋られなくても我慢するし、しなくちゃいけない。
なのに。なのにこの勇者はひとりで喋って、手を握って、笑ってもらって。あたしの分まで持って行って。
視界がじわりと輪郭をなくしていく。
勇者は何か言いたそうな顔をしたが、黙っていた。
【花は折りたし梢は高し】開始です。
このサブタイの意味は「欲しいと思ってもなかなか手に入らない」。簡単に言ってしまうと「高嶺の花」と同義です。
るぅちゃんのお兄ちゃんへの想い、グラウスの青藍への想い。勇者からその妹への想いはこの回には入って来ませんがどれも一筋縄ではいきそうにありません。
あ、勇者→妹のは恋愛感情ではないですが。





