12 【気宇壮大・3】
著作者:なっつ
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ロンダヴェルグの聖女とは、人間の間で信仰されている生き女神様とでも言えばいいだろうか。
人々は神頼みならぬ聖女頼みで教会に祈りに来る。熱心な信者ともなると、自宅に聖女の像を持つ者もいる。
それは悪魔の城のお膝元でも変わらない。ノイシュタインの町にも――城からは見えない位置にひっそりと、ではあるが――教会は存在していたし、そこには聖女の像も当然の如く鎮座していた。
だが義兄や執事が城下の人々に友好的だったとしても、さすがに魔族が教会に足を運ぶことはない。
執事が知らなくても仕方がない。
「聖女が復活すれば人間狩りもなくなるんだ。悪魔が大手を振って横行することも。それなのに、妹はいなくなってしまって」
「復活って、聖女様は今までいなかったの!?」
ルチナリスは思わず身を乗り出した。
初耳だ。聖女が不在だなどと。
聖女は魔王と違い、神託によって選ばれた娘が「聖女の力」を引き継ぐことで誕生する。亡くなれば、新たにその力を受け継ぐ娘が選び出され……そうして何代も続いて来たのだ。
だからその席が空席になるなど理論上はあり得ない。
確かな情報なのだろうか。
そして、何故このポンコツの勇者モドキがそれを知っているのだろう。
「……あ」
勇者は慌てて口を塞いだ。
口止めでもされているのだろうか。悪魔に唯一対抗できる聖女が不在だなどと、人々に知れたらパニックになることは必至だ。
だが。
「どういうことです?」
「教えて、勇者様」
今更黙秘権を行使しても遅い! 洗いざらい吐きなさいよ! と追及の視線を浴びせること数分。
自分が口を滑らせたことを誤魔化しきれなかったのか、黙っていてはこの針の筵状態が終わらないことを察したのか、勇者はゆるゆると口を開いた。
「ええっと、ね。これはオフレコでお願いしたいんだけど」
もちろん、と頷くふたり。
まぁ見えるふたりが頷いたところで、その周囲にいる見えない皆様の口には、戸を立てるどころか網戸を取りつけることすら至難の業なのだが。だが、そこは勇者が知り得ないことなので黙っておく。
勇者は左右を見回し、ひそりと声を落とした。
「聖女様は、もう何十年も前から行方不明なんだ」
悪魔に敵対する存在として狙われることも多い聖女は、最も対悪魔警備の充実した町と言われているロンダヴェルグに留まる者が多かった。ロンダヴェルグが聖都と呼ばれる所以でもある。
だが、その行方不明になった聖女に限ってはそうではなかった。ロンダヴェルグにいることは義務ではない、と各地を飛び回っていたらしい。
そして旅の途中で襲われたのか、病気にでもなったのか。……突如としてその消息を絶ってしまったのだと言う。
ただし、絶ったのは消息だけ。
亡くなっていれば次の聖女をまつり上げれられるのだが、今回に限ってはその神託が曖昧ではっきりとしない。はっきりとしない、と言うことは、言い換えれば何処かで生きているということだ。
そして聖女が生きている限り、次の代に力が引き継がれることはない。
しかし悪魔の台頭がより顕著になり始め、今日にも襲ってくるかもしれないという懸念が広がりを見せる昨今、聖女が行方知れずのままになっている、と世間に知られるわけにはいかない。
そう考えた司祭たちは「聖女はロンダヴェルグにいる」と口を揃え、その裏で何時行方不明の聖女が消えても対処できるように、新たな聖女となる可能性のある娘を探していたのだと言う。
攫われたと言う妹は、その候補者のひとりに選ばれていたらしい。
10年前。ミバ村が人間狩りに襲われた時には既に聖女はいなかったのだろうか。
ルチナリスは思いを巡らせる。
だから村は蹂躙されるまま滅ぶしかなかったのだろうか。もし聖女がいれば、自分は襲われることもなく、義兄に会うこともなく、一生をあの村で終わっていたのだろうか。
小さな偶然がひとの人生を左右する。
だからと言って、聖女が不在でよかったとは言わないし、それに。
「生きているか死んでいるかわからないって、そんなことある?」
どうにも腑に落ちないことばかりだ。
「……大怪我をして、植物人間か仮死状態にでもなっているのかもしれません」
ルチナリスの呟きに執事も考え込んでいる。
魔族ならこの聖女不在の事態を諸手を上げて歓迎するだろうと思っていたのだが、やはりそれでも疑問に思うところはあるらしい。聞き方によっては本気で聖女の行方を心配しているようにも聞こえる台詞のおかげで、勇者は目の前の執事の正体に一点の疑問も持っていないようだ。
「まぁとにかく聖女様のことは置いといて、うちの妹は攫われちゃってるわけですよ、悪魔に」
置いといて、と脇に避けていい話ではない気もするが、何十年と行方不明の聖女を此処でどう考えたところで結果など出ない。だったら最初の目的どおり妹の話題に戻すのは賢明な判断だろう。
だがしかし。
「執事さんたちは普通の人だから知らないかもしれませんけど、此処は悪魔の城でしょ? 領主様だけじゃなくて執事さんたちみたいな普通の人たちが普通に住んじゃってるのには僕も驚かされましたけど、きっとそのあたりは結界とか隠し通路とか、そういうギミック的な何かで遮られているんです。
だから執事さんたちみたいな普通の人たちは知らなくて当然です」
このまま聖女の話を続けていたほうが余程建設的だと思うのは何故だろう。
自分たちの周囲に荒涼とした空気が流れているのは、絶対に気のせいではない。
勇者はしたり顔で「普通の人」を連呼するけれど、この場で実際に「普通の人」なのはこの勇者面した男と自分くらいなものだ。
ルチナリスはハナタカ状態で喋り続ける男に目を向ける。
ものすごくツッコミを入れたい。でも言えない。口から出すことのできない鬱屈は手の中で発散するしかなく、硬かったはずのパンは団子にジョブチェンジしてしまっている。
「魔王を倒せばその結界が解けて、悪魔がはびこる場所に立ち入れるようになるんですよ。あるでしょ? 入っちゃ駄目とか言われてる場所」
「……あるけど」
「ほらやっぱり! 何処?」
「玄関ホール、とか」
勇者はふんふん、と鼻息を荒くした。
「そうだよね! そこに魔王が出るんでしょ? 僕の推測どおりだ!!」
確かに立ち入りを禁じたのはそこに魔王が出るからだけれども。
だけど、結界はない。隠し通路も隠し階段もない。倒したからってそんなものは出てこない。
わかってるのに! すっごく間違ってるってわかってるのにツッコむことすらできないもどかしさ! ああ、イライラするっ!!
「……結界云々は置いておくとして、妹さんが本当に聖女とやらだとすると……余計にもういない気がします」
そんなルチナリスを尻目に、執事が眉をひそめる。
ここまで勇者の話に付き合わされるとは執事も思っていなかっただろう。多分にご主人様はもうお休みになっているだろうから、後に残すのは城内の見回りくらいだが……だから情報収集も兼ねて勇者の話を聞く気になっているのかもしれない。
ルチナリスとしても数時間前に出会った勇者などそれほど親しいわけでもない。執事がいてくれるのは場繋ぎ的にも助かる。
「聖女は悪魔と相反する存在なのでしょう? そんな存在をずっと生かしておくメリットがあるでしょうか。悪しき芽は早々に摘むに限る、とそう判断するものではありませんか?
妹君の無事を案じるばかり、親切な牢番や小動物の助けを期待したくなるお気持ちもわからななくはないですが」
直訳すると「ご都合主義な脳内お花畑メルヘンもいい加減にしろ。そんな戯言を言っている間に妹は死ぬぞ」。
さすがに勇者のお気楽ハッピーエンドを鵜呑みにはしないし丸め込まれもしない。ルチナリスだけなら勇者の口車に乗せられて、いもしない妹を救出するために城内を案内させられているところだ。
この城にいるかいないかはスルーして、適当にぼかしつつ別方面から勇者の説得し、且つ嫌味も欠かさない。そんな執事には頭が下がる。この臨機応変さがあたしにも欲しい。
ルチナリスはわずかに尊敬のこもった目を執事に向ける。
当人にしてみればご主人様以外からそんな視線を送られても迷惑なだけ、ということはわかっているのでこっそりと。
「そんな、」
「それに、1度捕まった者が逃れて戻って来た例はかなり少ないのです。それこそ奇跡と呼べるほどに」
自分が義兄に助けられたのは、ものすごい偶然が幾つも重なった結果。
あの場所に義兄がいなかったら、第二夫人が助けるように言わなかったら、連行していた悪魔がもっと多かったら、あたしがもっと列の前のほうにいたら……あたしは、此処にはいない。
だから。
心の中で前向き上昇志向が首をもたげた。花吹雪が舞う中で、それは金のラッパを吹き鳴らす。
可能性がどれだけ少なくても、その結果は必ず0になるわけじゃない。
此処にいなくても、既に魔界に連れ去られていたとしても、だからと言ってもう死んでいるとは限らない。お兄ちゃんが諦めてしまったら誰が妹を助けに行くのよ!
ルチナリスは俯いている勇者の肩を叩いた。
「元気出して! 何処かで生きてる可能性だってないわけじゃないわよ。もしかしたら親切な牢番だっているかもしれないじゃない!」
とてつもなく無責任だとは思う。
その何処かが何処だってことすらあたしは知らない。勇者が熱弁を振るう横で「そんなご都合主義の牢番なんかいるわけないじゃない」と思っていたのもあたしだ。手のひらを返しすぎだと思う。
でも。
この勇者の妹にだってあたしと同じ奇跡が起きないとは限らない。
「ああ、大丈夫。わかってるから」
勇者はかすかに顔を上げて笑みを向けた。
憔悴しきっているようにも見える。やはりあのおめでたい持論は「妹は無事なんだ」と自分を鼓舞するためのものだったのだろう。内心では執事の言うような事態を予想しつつ、それを否定するための。
それを思うとほんのちょっとだけ好感メーターの目盛りも上向く。
あたしだって、もし義兄と離れ離れにされたら「何処かで生きていてくれる」と思いたい。
そして、
『――そう思うよ。何百年何千年経ってもこの空の下の何処かでお前が生きてるって』
義兄もきっと同じことを思う。思ってくれる。
だってそれが兄妹だもの。
世界で、たったふたりの兄妹なんだもの。
そうでしょ? とルチナリスは勇者を見上げた。
だから妹さんを助けに行ってあげて。と願いを込めて。
だが。
「此処にいなかったとしても、きっと魔王を倒せば空から特殊アイテムが降ってくるとか次元の扉が開くとかして助けられるようになるんです。普通の人にはわからなくて当然です」
勇者はすっくと顔を上げると、ガッツポーズを取った。
待て貴様。全然落ち込んでいないってどういうことよ! さっきの顔は演技? 演技なの? 「ニヒルな奴」でも気取ってみたの!?
全く、このRPG脳は何とかならないのだろうか。希望的観測にもほどがある。
今の執事の話を聞いたでしょ!? 隠し通路と隠し階段どころか、空からアイテムって何よそれ! どこまで脳内ファンタジーなのよ!! そのアイテムは何処から来たのよ。誰がくれたのよ!!
かつてパンであり、そして団子であったものが、ルチナリスの手の中で粉々になって落ちていった。
勇者への好感度と共に。





