8 【酒池肉林・4】
著作者:なっつ
Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.
掲載元URL:http://syosetu.com/
無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)
这项工作的版权属于我《なっつ》。
The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!
ルチナリスの返答を聞いて、勇者はがくりと肩を落とした。
「今日……どうしよう……」
「勇者様?」
「ソロネちゃんと宿屋で待ち合わせなのに、泊まれないって知ったら」
ソロネちゃん、って誰だ。
やる気皆無な勇者のくせに女連れで魔王退治とか舐めるにもほどがある。
ルチナリスの頭の中で、対・勇者親しみメーターの目盛がさらに下がる。
そしてその侮蔑に近い感情はさすがに隠しきることができなかったらしい。今までの友好的な態度からしてみれば急変したように感じたのだろう、勇者が慌てたようにつけ加える。
「あ、ソロネちゃんは近くの街で化粧品買うからって途中で別れちゃって」
そんなことは聞いていません。
勇者はコレで相方は買い物? 頭が痛い。
「食べるところも寝るところもないなんて。予定じゃ今日のうちに悪魔を倒して、今頃は町を上げての歓迎会で酒池肉林を味わってるところだったのにー」
それなのに。
勇者はそんなご都合主義な未来を思い描いていたらしい。
「……失礼ですが、強いんですか? 勇者様」
「えー? これでも伝説の勇者だってソロネちゃんから太鼓判押されてるんだよ? 何かさっきから僕のことを弱そうだとか思ってるみたいだけど、僕だってきっと魔王を前にしたら封じられた勇者パワーが解放されてもの凄く強い必殺技が撃てるようになるんだ」
「必殺技」
いや、その前に。「きっと」? 確定じゃないんですか?
その自信はいったい何処から来るんですか?
「必殺技を撃つまでのポージングも考えてあるんだ。”出でよ封印されし偉大なる勇者のパワー! ウルトラァァァァアルティメットォォォォ! 勇、者っ! ビィィィィィィィィィィィムっ!!” とか」
勇者はルチナリスの目の前で腕を振り上げ、片足で立ち、ポーズを決める。
何だろう、残念すぎて目から水が。第一、そのくそ長いポージングが終わるまで相手が攻撃もせず待っていてくれると思うのが既に間違っている。
その伝説のパワーとやらの根拠も問い質したいし、どう考えたってその「ソロネちゃん」とやらに騙されているのは間違いない。ヨイショされすぎて頭からお花畑に埋まった挙句、脳からぺんぺん草でも生えてきたんですか?
ここまでくると呆れるを通り越してイラッとしてくる。
しかしだ。
「……海の魔女を倒しても歓迎会で酒池肉林ですよ」
そうだ。この勇者が情報を持っている必要はない。
この勇者が海の魔女を倒せばいい。
ナントカビームが撃てる伝説の勇者なら、こんな片田舎の殺人事件くらいパパっと解決できるだろうし、むしろそのほうが町から歓迎される率は高い。酒池肉林のボンキュッボン度も上がる。
こちらとしても義兄や執事を危険な目に合わせずに解決できればそれに越したことはないし、もし失敗したところで出会って1時間の勇者になど未練も罪悪感も感じない。何より、冒険者組合に依頼するより安く済む。
ルチナリスは胸の前で両腕を組むと、自称・伝説の勇者を見据えた。
「で、でも聞いた話じゃ海の魔女は襲ってくるって」
「ノイシュタインの悪魔は襲って来ないとでも思ってるんですか?」
襲ってはこない。しかしそれは勇者に、ではない。
いくら義兄でも向かってくる敵に黙って討たれてやるほど甘くはないし、万が一そんな気になったとしても、それは敬意を表するに値する歴とした勇者に対してだけだ。何が悲しくてこんな思い込み勇者モドキにやられなければならないのだ。
「で、でも」
「酒池肉林が待ってますよ」
「うん、そうなんだけどさ、でもやっぱ今日は……何処かに泊まって明日にしようかな、とか……ほら今日はもう遅いし、」
ちょっとでも期待しただけ無駄だったろうか。
実際に倒す算段になると問題を先送りにする勇者を尻目に、ルチナリスは空を仰いだ。
じきに日も沈む。人ではない者の時間がやって来る。帰りが遅くなれば義兄も心配するだろう。早く帰らなくては。
クルリと勇者に背を向けると、ルチナリスはもと来た道に足を踏み出した。
が。
その背に勇者の声が追い縋る。
「あ、あの、こういう時って『じゃあ我が家に1泊して下さい。何もないところですが』って言うもんじゃないの?」
は?
ピシッ! と空気が割れる音がした。
親しみメーターの目盛なんて、とうの昔にマイナスの域に突入している。
ルチナリスは足を止めた。
肩越しにゆっくりと振り返る。
失礼な。それが他人に宿を頼む態度か?
勇者なんて、留守宅に上がり込んで勝手に薬草を盗って行く盗人同然の連中のくせに。
「……申し訳ありませんが、我が家はご期待に沿えるような”何もない貧相な家”ではありませんので」
勇者を魔王の城に泊まらせるなんて聞いたこともない。
義兄なら簡単にOKを出すだろう。だが夜の間に狼に身元が判らないくらいに潰されることは間違いない。
と言うか、潰されてしまえ。
態度が悪化する一方のルチナリスに、脳内お花畑の勇者も言い方がまずかった、と感じ取ったのだろう。慌てて膝と両手のひらを地べたにつき、頭を下げる――所謂土下座――を始めた。
鎧で土下座するのは大変だ。上半身も自由に曲げられないし、腹の装甲の厚みで身を屈めることも難しい。正座ができないので四つん這い。
そんな中途半端感が余計に小馬鹿にした態度に見える。本人はいたって本気で頭を下げているつもりなのだろうが。
「すみません、物置でも馬小屋でもいいので泊めて下さい。食事も布団もいりません!」
兜の頭頂部で赤い鳥の羽根飾りがゆらゆらと揺れている。雨風に当たったこともないような色鮮やかな羽根はどう見ても冒険者になりたて。いや、冒険者コスプレの人と言ってもいい。
ノイシュタインを訪れる冒険者は大抵、悪魔の城攻略が目的なので総じて「勇者」と呼んでいるが、どう見てもそう呼ぶに相応しい実力があるようには見えない。
だが。
「……海の魔女を退治してくれるなら、まぁ、泊めてあげることも考えてあげなくもなくもなくってよ?」
冷やかに、妖艶に。
何処ぞのツンデレキャラが言いそうな、考える気があるのかないのかも不明な台詞がルチナリスの口をついた。
斜に構え、片手を口元に当て、跪く男を見下ろす。
わかるでしょう?
世の中は何でもGive&Take。
泊めてほしけりゃ見返りが必要なことくらいわかっていますわよね? 聡明な勇者様なら。
義兄がよからぬことを企んでいる時のあの顔に似せられたらいいのだけれど。
あの堅物の執事ですら最終的には屈してしまうあの顔に。
「は、はい!」
効いたかどうかはわからないけれど、勇者は何度も頷いた。
正門の前には、ボコボコにされた鎧姿の一行がゴミのように捨てられていた。
もう夜だと言うのに勇者が来ていたらしい。正面玄関までの道に沿って並んでいる石柱にはガーゴイルの像が乗っているのだが、今はもぬけの殻だ。
「これは何ですかっ!?」
「勇者様のなれの果てです」
その「なれの果て」と化した皆さんは、下手をしなくても自分の後をついて来る男よりは有能だろう。魔王は無理でも海の魔女なら倒してくれそうだ。
一夜の宿を貸す代わりに海の魔女討伐を約束させたものの、このヘッポコ勇者に頼むのは早まったのではないだろうか。ルチナリスはしきりに浮かんでくるそんな疑念を抑えながら歩を進める。
正門を通り過ぎ、敷地の外周に沿って裏に回り、通用門をくぐる。
ルチナリスにとっては歩き慣れた道だが、今日はいつにも増して長く感じる。背後から聞こえる「うわー」だの「おおー」だのという、ツアーガイドの後ろをついて回る観光客が発するような歓声が余計に足を重くさせる。
「勇者様?」
「そうです」
まだガーゴイルたちは石像に戻っていない。と言うことは後片付けでもしているのだろう。
石像状態でも視界に入る分は見ている彼らのこと、勇者を城に招き入れる光景を目撃される可能性などないうちに通り過ぎるに越したことはない。
幼少の頃、義兄から玄関ホールにだけは立ち入らないようにと口を酸っぱくするほど言われたが、今ならその気持ちもよくわかる。いきなり人外なものを見せて騒がれるのは避けたいし、誤魔化すのも一苦労。そしてたとえ「夢だった、見間違えただけだ」と納得させて帰したところで、その小さな綻びは、いつか収拾がつかない大きな亀裂になってしまうのだ。
あたしが、義兄の正体を知った時のように。
さらにそれ以上の問題もある。
ガーゴイルたちに見つかれば、連中はこぞってこのボンクラ勇者とのあらぬ噂を立ててくるだろう。嘘か真かは関係ない。面白ければそれでいいのだ。
そしてそんな無責任な噂が義兄の耳に入った日には……あのシスコンな義兄のこと、宿泊許可どころではなくなる。
だが。
その噂を立てる連中がホールに集まっているなら好都合。先に義兄に会ってしまえばいい。このボンクラ勇者があたしとは何の関係もないことを強調しつつ、話を通してしまえばこっちのものだ。
「勇者様って?」
ルチナリスは扉のノブに手をかけたところで振り返った。
さっきから何だこの男は。勇者と言えば悪魔の城に挑戦する冒険者以外に誰がいる。第一、あなただって同じ「勇者」でしょう? 実力は雲泥の差だろうけれど。
まさか悪魔の城に挑戦する冒険者が自分ひとりだと思っていたわけではないでしょうね?
そんな侮蔑の言葉を呑み込み、ルチナリスはあえて真実のみを告げる。勇者なら当然知っているはずの真実を。
「……此処は悪魔の城ですから」
仮にも魔王討伐を目指してこの町に来たのなら、その目的地くらいリサーチするのは当然のこと。
敷地内への侵入方法や扉の解除方法、敵の総戦力まで把握してから来いとは言わない。だが目的地の住所くらい事前に調べてから来るのが常識だろう。
なのに。
「悪魔!?」
勇者は目を丸くした。口もあんぐりと開けた様は顔に3つも穴が開いたよう。
大昔に出土した素焼きの人形にこんな顔の奴がいた気がする。
さっきまで観光気分さながらに「あのお城は何ですかー」と浮かれていたのは、まさか本当に知らなかったとか!? これで酒池肉林とか……魔王様と狼にボコボコにされてしまえ!
ルチナリスはこの勇者に出会ってから幾度となく心の中で呟いた呪いの言葉を繰り返す。
「何か出て来ても、く・れ・ぐ・れ・も・攻撃しようなんて考えないで下さいね」
ドアノブを捻る。
金属が軋む甲高い音に、誰かに聞きつけられやしなかっただろうかとヒヤリとする。
攻撃する意思がないことを表すために鎧は脱がせた。剣も荷物の奥底にしまわせた。
もし意思の片鱗でも見せれば、何と言っても勇者だ。それこそ命を落とすことになるやもしれない。が、そこまで面倒は見きれない。
とにかくガーゴイルと執事にバレる前に義兄から宿泊許可をもぎ取らなければ自分の身が危ない。いろんな意味で。
「何か、出るんですか?」
ルチナリスは溜息をつく。
お前は何をしにこの町に来たのだ。ノイシュタインの悪魔を退治するという名目じゃなかったのか?
だったら城に出てくるものなんてひとつしかないだろう!?
「……悪魔が」
「あ、悪魔!?」
「そうです。魔王とその配下。数は数百」
余程おどろおどろしい顔でもしていたのだろうか。
「……命の保証はしませんよ」
脱いだ鎧を漫画に出てくる泥棒のように背負ってルチナリスの後をついて歩いていた勇者は、顔を引きつらせると何度も頷いた。
前回あえて言いませんでしたが、るぅちゃんが履いていたレモン色のスカート。何故自分の趣味でもないのに買ったのかというのにちょっとした裏設定がありまして。
お店のお姉さんの口車に乗せられた、という以外に、Episode8-16で着せられたミモザ色のワンピースを見て青藍様が「黄色も似合うね」」と言ったことが原因だったりするのです。
似合うと言われて再び黄色を身につけてしまうるぅちゃんの乙女心w、気が付いた人いるかな?





