7 【酒池肉林・3】
著作者:なっつ
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海岸は町に比べて閑散としていた。
この時間、いつもなら明日の漁に備えて漁師が網や船の手入れをしているものだった。しかし今日は誰もいない。
それどころか漁自体を休んでいるのだろう。長く使われていないといった風情を漂わせた船が何艘も港の端に係留されている。
このあたりは昔は火山があったらしい。それを証明するかのように、固まった溶岩を連想させる歪な穴が無数に空いた岩場が続いている。
嘘か本当か、この穴を下っていけば水に触れることなく海底にまで辿り着けるのだとか。しかし見たところ人が通れそうな大きな穴はない。総じて親指の先程度~子供の拳大がせいぜいだ。
その穴――潮だまり――のひとつにカニを見つけた。運が良ければ小魚がいる時もある。
以前はそのカニや小魚を狙って穴を覗く子供の姿も見かけたのだが……今はそんな海遊びを楽しむ子供すらいない。
これも全て海の魔女の影響なのだろう。ルチナリスは人気のない海を見渡す。
と、誰もいないと思っていた堤防の先の方で何かが光った。
犯人の手がかりだろうか。
事件に関係があるのだろうか。
ホイホイ近付いては被害に遭った男たちの二の舞になりかねないのはわかる。わかるけれど気が急くのは止められない。
ルチナリスが事件について嗅ぎまわる必要なんて何処にもないことは知っている。
むしろ海には近付くなと釘を刺されている。
でも大丈夫。あたしは女だし!
ルチナリスは両手でスカートの裾を掴むと、見えない敵に「スカート姿」をアピールするようにバサバサと振った。
「似合うわとっても!」とお店のお姉さんに絶賛されて買った「今年の流行り」なスカートは、はっきり言って自分の趣味ではないレモン色。髪には金の縁取りにレースまでついた若草色のリボン。
ガーゴイルからは馬子にも衣裳などと失礼なことを言われたが、気合だけは入った「かわいい(自称)」コーデ。
これで男に間違われたらショックで立ち直れない……が、きっとそれはない。
「……馬鹿すぎよね、あたし」
きっと自分がしていることは10人が10人、馬鹿なことだと笑うだろう。
物語の中で、こういう場合に下手に動いて主人公をピンチに陥れるヒロインを何人も見てきた。その愚かさには眩暈がしたものだし、自分はこうはならない、と心にも誓った。
しかし今、同じことをしようとしている。
ちょっと見るだけ、無事に帰れば無問題なんて言えない。ヒロインたちもきっとそう思って行動を起こしたのだろうから。
でも何もせずにはいられなかった。
長引けば義兄は必ず首を突っ込んでくる。そして間違いなく事件に巻き込まれる。そうしたら――。
いつもなら笑って送り出せるけれど、今だけはどうしても最悪の事態を想像してしまう。
執事は情報収集は町長にやらせておけばいいと言ったけれど、あれでも男だ。万が一にも被害が及ぶかもしれないし、被害に遭うのを恐れて海まで来ないかもしれない。
だったら。
あたしのほうが絶対に向いている。
「グラウス様にバレたら殺されるわよルチナリス」
軽口のように自分をたしなめる。
最近親しくなってきたとは言えご主人様以外には冷血な執事のことだ。帰ったら制裁は免れないだろう。
執事の制裁……。怖すぎる。
近くまで寄ると、その「光り輝くもの」の輪郭がはっきりしてきた。
夏の陽光を受けて光り輝く真新しい鎧と、握り手部分に巻かれた革すら買った当時のままのような新品同然の剣。兜のてっぺんから垂れ下がる鳥の羽根らしき飾りも鮮やかな紅。
先程宿屋の前で怒鳴りつけられていた冒険者だ。フルアーマーのくせに膝を抱えて座り込むという難易度の高い技を……じゃなかった、目を疑いたくなる様相で佇んでいる。
……なんだ、勇者か。
と、義兄と似たような感想を思わず漏らしかけ、ルチナリスは失笑を隠しつつ足を止めた。
魔女でなければ問題ない。もし魔女が出て来ても、敵はこの勇者を先に狙うだろう。鎧の重さでもたついている間に逃げればいい。
ごめんね勇者様。あたしのために死んで。
そんな恐ろしい未来予想図を描いた後、ルチナリスはつとめて明るい声を上げた。
「どうしたんですか? 勇者様」
勇者とは義兄の命を狙う者。親しくする義理も義務もない。
しかし情報は欲しい。この勇者が有益な情報を持っているかは知らないが、善良な娘のふりをしていれば大抵親身になって何かしら教えてくれるもの。
ガーゴイル然り、小間物屋然り。
そうやって生きてきた幼少期、義兄から「よく見られようと演技している」と指摘された。
『他の奴はどうだか知らないが、俺はそういうのは好かない』
そう言われたのは後にも先にも義兄からだけだった。
あたしはそう言ってくれた人を、本質を見抜いてくれた人を失いたくない。そのためなら、見ず知らずの勇者からどう思われようが、その勇者がどうなろうが知ったことではない。
だから。
「鎧が錆びますよ」
明るく。親しげに。
そんな顔の下でルチナリスは勇者を吟味する。
勇者のくせにそのうら寂しい佇まいはなんだ。仲間はいないのだろうか。普通、魔王に挑戦してくる勇者と言うのは魔術師だの僧侶だのといった仲間を連れているものなのに。
そして、こんなところで座り込んでいるあたり、自分から進んで情報を集めようという気はなさそうだ。期待はできないかもしれない。
第一声の時はまるで反応がなかった勇者も、二声目では驚いたようにルチナリスを見上げた。
聞こえていたらしい。ということは聞こえていて無視を決め込んでいたと言うことか? ルチナリスの心の中で好感度メーターが少し下がる。
「錆びるんですか?」
「潮風に吹かれていれば金属は錆びるものでしょう?」
普通の勇者なら鎧もそれなりに使い古されているから、多少の海風など気にならないだろう。光り輝いているよりも重厚感があっていい、と思うかもしれない。
けれど、目の前の勇者は慌てて鎧を手のひらで擦り始めた。
今やることはそれか? と口には出さず、ルチナリスは話題を海の魔女に変える。
「こんなところにいると海の魔女に襲われますよ?」
「いえ、その魔女をやっつけろと言われて来たんですが」
「何か策でも?」
「あーええっと……け、剣でやっつけようかなー、とか」
「町の男性がもう何人も海に沈められているんです。剣だけでどうにかなるでしょうか」
「え、あ、ええと……」
最後のほうは何を言っているのか聞き取れないような声が続き、勇者は下を向く。
待て。これは演出か? それとも地なのか?
あまりにも不甲斐ない。そして無策だ。義兄や執事のように毎日戦いに明け暮れている人を見ているせいか、町の男――屈強な宿屋の息子――でさえ頼りなく見えていたものだったが、この勇者はとりわけ情けない部類に入る。
これでどうして悪魔の城に挑戦しようと思ったのだろう。思いたったが吉日の残念な冒険者なのだろうか。残念すぎて仲間が集まらなかったのだろうか。
ただわかるのは、この男は「勇者」とは呼べない。それだけ。
「そうですか、頑張ってくださいね」
これ以上は何の成果も得られなさそうだ。ルチナリスはさっさと踵を返した。
「あ、ちょっと待って!」
勇者は慌てて立ち上がった。鎧が重いのか、よろけて海に落ちそうになる。
その格好で落ちたら確実に死にますよ。
鎧着用の男なんて女の細腕で引っ張り上げられるはずもないから、もし落ちたら諦めてもらおう。
「あの、この町って宿屋は1軒だけですか?」
「そうですよ」
魔女ではなくて宿の心配か。その宿屋に断られたんだから泣いて野宿して下さい。勇者なら野営も慣れてるでしょう?
心の中のルチナリスは今日はとてつもなく雄弁だ。
まぁそれも仕方がない。我ながら冷たい態度だとは思うが、どちらかと言えば自分は親魔族派。これでもかなり譲歩していると言っていい。





